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31.アルフェルド

 《王都スコルア 宿屋》


 王宮から宿屋へと帰還する。宿屋の主人は俺との約束通りかなり張り切って飯を用意しているようだ。厨房からは香ばしい匂いが溢れ、宿屋全体を包み込んでいる。

 俺はシェルスに選んでもらった服を持ち、二人が休んでいる部屋の前へと。随分静かだな。まさか居ないなんて事はないとは思うが。


「シンシア、イリーナ、入るぞ」


 声を掛けつつ中へ。イリーナはベッドで心地よさそうに眠っており、シンシアは机で本を読んでいた。


「ぁ、おかえりなさい、アルフェルド。随分時間掛かってたみたいですが……どうしました?」


「話し出すと長くなる……。イリーナが起きてからゆっくり話すよ。というかシンシア、また口調が元に戻ってるぞ」


「ぅ……慣れないもので……今まで目上の人達ばかりに囲まれていたので……」


 まあ、無理やり口調を変えさせても違和感が残るだけだろうか。シンシアが喋りやすい方がいいか。


「まあ、無理せず……行きましょうか」


「ぁっ、アルフェルドも……」


おっと。



 ※



 とりあえず俺はシンシアへと彼女と再会した事を伝えた。シェルスはシンシアの事を妙に気にかけていた。シンシアの方はどうなんだろうか。シェルスの事を何処まで知っていて、どう思っているのか。


「シェルスさんですか。アルフェルドがザナリアと戦って……寝込んでいた間、様子を見に来てくれたんですよ」


 何だと。それは初耳だ。彼女が俺の様子を見に来た……。あわよくば寝込みを……いや、そんな手段で満足するような性格では無いはずだ。ディアボロスに育てられた戦士なのだから。


「この服もシェルスさんが選んでくれたんですね」


「あぁ……女物の服なんて買った事ないからな。助かった」


「イリーナと話してたんですよ。もしアルフェルドが鎖帷子を買ってきたらどうするって」


 笑いながら言い放つシンシア。成程、その手があったか。鎖帷子なら襲撃された時も安心だな。


「ほ、本気で言ってるんですか?」


「冗談だ。それより……シンシア、神聖術……って知ってるか?」


「……? 突然どうしたんですか? 知ってるも何も……聖女が使用する秘術の事ですよね? 知らないわけが……」


 不味い。俺は相当に世間知らずだったようだ。シンシアはまるで、ナイフとフォークを知っているか? と尋ねられたかのように、知ってて当たり前だろう、という顔で返してくる。

 

 しかし聞かねば一生の恥だ。ここは……ご教授願おう。


「シンシア、神聖術と魔術は……その、違うのか?」


「ルーツは同じですよ。でも神聖術を語るには、まずは妖精術から知る必要がありますね」


 また新しいのが出てきた。魔術、神聖術ときて今度は妖精術……。


「その……妖精術というのは……何でしょうか。シンシア先生」


「はい、今日は勉強熱心ですね、アルフェルド。剣以外にも興味が出てきたようで先生は嬉しいですよ」


 満面の笑みで言い放つシンシア。なんだかとても嬉しそうだ。あぁ、だがこの顔は見覚えがある。前もどこぞの魔術師に「魔術とは何か」と尋ねた時、日を跨るまで自身の研究を語られた。そういえば俺が魔術師に苦手意識を持ったのは、あれからだったような気がする。


「妖精術とはその名の通り、妖精を介して行使する秘術です」


「……妖精、というのは御伽噺の存在だと思ってたが……実在するのか?」


「あぁ、御伽噺のような可愛い存在ではありませんよ。隙あらば人間を食い殺す類の……」


 食い……殺す……。まるで魔人ではないか。


「食い殺すと言っても、むしゃむしゃ食べるわけじゃありません。人間の存在……その物を食べてしまうんです。妖精に食べられた人間は居なかった事になる……と言われています。実際食べられた人が居たかどうかなんて、忘れてしまうのでは……わかりませんしね」


 成程……。しかしなんでそんな物騒な存在を介して秘術などと……


「妖精術の始まりは、五百年前のシスタリアの英雄であるクラリス様だと言われています。クラリス様についてはご存知……ですよね?」


「ああ、勿論……」


 危ない。バルツクローゲンでモモルさんに解説して頂けなければサッパリだった。確かフィーリスの弟子で、魂と同調するとかなんとか……。


「その通りです。魂と同調できるクラリス様と妖精が契約を交わした事が発端です。妖精はクラリス様の事を天使と称え、人間に秘術を与える事した……と、この辺りは作り話かもしれませんが」


「その……具体的には何が出来るんだ? 妖精術というのは……」


「そうですね……私も師匠から聞いただけなので……実際の用途はそこまで知りません……。でも一番有名なのは、人が編み出した秘術……神聖術ですね」


 ここで神聖術が出てくるのか。


「はい、神聖術は妖精の世界を仲介して行使する秘術です。魔術と大きく違うのはそこですね。神聖術は習得さえすれば誰でも同じ熟練度で使用する事が出来ます。初心者でも上級者並の秘術が扱えるんです。精度の問題は出てきますが……」


「同じ熟練度……?」


「はい、例えば……魔術で火を起こそうとした時、まず何故……火という物が燃える事が出来るのか、から始めなくてはいけません。しかし神聖術は、その根本的な所さえ理解してしまえば誰でも火を起こす事が出来るんです。極端な話、マッチを擦れば誰でも火は起こせますよね」


 つまり神聖術は一度基本さえ習得してしまえば、ありとあらゆる秘術が使えるようになると。それに対して魔術は一つ一つ、習得していかねばならない……と。

 ここだけ聞いてしまえば魔術が劣っているようにしか聞こえないが……。


「むむ、聞き捨てなりませんね。神聖術にもいくつか制約はありますよ。例えば……妖精術を習得している人が居なければ行使する事すら出来ないとか」


「それは……困りますね」


「そうですね、困ってしまいます。なので妖精術を習得している人物は……大抵王宮に居ますね。これは他言無用でお願いしたいんですが……実はその習得している人物というのは、王族の次女であるルインティア様の聖女……リュネリア様なんです」


 名前だけなら聞いたことがある。なんでも聖女になりたてで、いきなり王宮付きの聖女になった出世頭とかなんとか……。


「ちなみにシスタリアに妖精術を扱える人間は二人しか居ません」


「たった……二人ですか。一人はリュネリア様……もう一人は?」


「あー……これも他言無用で……絶対に私から聞いたって言わないで下さいね……。もう一人は……私の師匠です……」


 リエナ様か。シンシアはリエナ様に叱られるのが怖いのか、絶対誰にも言うなと釘を刺してくる。相当きつく口止めされたんだろう。それなのに俺に教えてしまっていいのか。


「……しかしシンシア、リエナ様は魔術師では? 何故妖精術など……。神聖術は妖精術を扱える者が居ないと行使出来ないのなら、バルツクローゲンに常駐しているのは不利益というか……」


「まさにその通りですね。しかし師匠とリュネリア様の妖精術は微妙に違うというか……。リュネリア様が生者のための秘術なら、師匠は……死者のための秘術です」


 随分物騒な話だ。死者のためとは。


「私も詳細は知りませんが、師匠は……その力を使って大戦を戦い抜いたという話です。元々、師匠の妖精術は歴代ナハトに受け継がれている物なんです。なのでナハトになれば……その妖精術を受け継ぐことになります」


 成程。シンシアはナハトを目指す一人だ。ならリエナ様から多少なり説明を受けているのも頷ける。


「なんだか……結局良く分からない解説になってしまいましたね。まあ、神聖術の根本には妖精術があると覚えて貰えれば十分だと思います。しかしここで注意点なんですが……魔人は妖精術の存在自体、知りません」


「……そうなのか? シェルスが知ってるからてっきり……」


「てっきり?」


 いや、不味い。シンシアはシェルスが魔人と人間との混血だとは知らない。別に知られたからと言って……シンシアなら即座に敵視するような事は無いと思うが……。


 ……敵視? それのどこが不味い。魔人は敵だ。なら別に敵視したところで……。


「アルフェルド?」


「あぁ、すまん。それで……魔人に知られると不味いのか? 妖精術は……」


「はい、何せシスタリア独自の秘蔵の業ですからね。妖精術の存在自体……限られた者しかしりません。王宮内に駐在している聖女、マシル上層部の魔術師……くらいでしょうか」


 そんな貴重な知識を俺に与えて良かったのか。いや、それなら……何故シェルスは神聖術の存在を知っていたんだ?


「それは……あえて間違った知識を流布しているからです。神聖術は魔術と似た聖女が使用する秘術……。という事くらいしか普通の人は知らないと思います。そこまでしてでも、妖精術の存在を隠す必要がある……らしいのですが、理由は私も知りません。恐らくナハトになれば……師匠から妖精術と共に聞かされると思います」


「成程……よくわかりました……(たぶん)」


「ぁっ、そうそう……妖精術で分かりやすいのがありました。裏道という秘術なんですが……」


 裏……道? 路地裏の事だろうか。


「似て非なる物ですね。裏道というのは、この世界とは別の世界……つまり妖精の世界を通って近道しようっていう秘術です。その道を開けるのは妖精術を習得している師匠とリュネリア様のみで、使用する時も聖女ソフィア様の許可が要ります」


 聖女ソフィア……教会で出会ったあの老婆か。彼女はそこまで権力のある聖女だったのか。


「何を隠そう、ソフィア様は先々代のナハトですからね。昔ちょっとあってマシルから抜けて……その後は聖女として過ごしていますが、魔術の腕は鈍っていませんね。教会にも堅牢な結界が設置されていましたし」


 結界……そんな物が教会に。

そういえば聖女ソフィアはこんな事を言っていたな……神など居なくとも構わないと。

 聖女がそんな事を言ってもいいのかと思ったが……根っからの聖女では無かったから言える事だったのだろうか。


「……ん……あぁ、帰ってきたのか……アルフェルド……」


 そこでイリーナが目を覚ました。目を擦りながら起き上がるその姿は、どこぞの町娘その物。とても王族護衛団の団長として剣を振るっていた騎士には見えない。


「おはよう、イリーナ。さて……起きていきなりで悪いが……少し報告したい事がある」





 ※





 俺はシンシアとイリーナへと、聖女に王宮へと呼ばれ国王に会ってきた、と伝えた。シェルスの事は伏せておいた。特に理由は無いが、あまり話をややこしくしたくなかったからだ。


 イリーナは俺の報告を聞いて、今にも吐きそうな顔に。どうやらチェーザレが国王の間に押し入ってきた……という辺りが気にかかっているらしい。


「あのバカ……何考えてる……」


「イリーナ、チェーザレは軽率そうに見えて……実は結構頭が回る男だ。少なくとも俺はそう評価してる。チェーザレの事だ、もしかしたらイリーナが生きている事にも……感づいているかもしれない」


「……それで下手してライオネルやラインに何かあったら……あぁ、あいつが絡むと状況がいつもややこしくなるんだ……」


 それもそうだが……。俺はそれよりも気になっている事がある。今夜……何かが起こる。それが何かなのは分からないが、シェルスは俺を王都から追い出そうとしていた。シェルスが何か起きると知っている……という事は、魔人絡み……。まさかとは思うが、魔人が攻めてくるとか……。


 そんな事を考えていると、シンシアも何処か暗い顔をして悩んでいた。こちらはどうやら祝賀会に呼ばれた事が悩みの種になっているらしい。


「あ、アルフェルド……私も……行かなきゃダメなんですか? その……祝賀会に……」


「……国王の真意を確かめるチャンスがあるかもしれないから……俺は行こうと思ってる。出来ればシンシアも来て欲しい。何かあった時、あそこが一番安全だ。当然の事ながら警備は厳重だからな」


「うぅぅぅ……」


 何がそんなに嫌なんだ。こんな時になんだが、美味しい料理もたくさん並ぶぞ。


「そんなのはどうでもいいんです! た、ただ……そういう改まった場所は苦手で……」


「何をいまさら……」


 その時、イリーナはシンシアを鼻で笑う。シンシアは頬を膨らませつつ、イリーナへと抗議。


「な、何がそんなに可笑しいんですかっ! そこまで笑わなくても……」


「そんなに笑って無いだろ。というか……お前も貴族だろ。オルレアン家といえば、シスタリアで有数の名家。オルレアンの聖女の話はあまりに有名だしな」


 オルレアンの聖女……? なんだ、それ。


「アルフェルド……グランドレアと何故同盟関係にあるのかも知らんのか」


「隣国だからじゃないのか?」


「家が隣同士だからとお前は命を預けるのか? 同盟とは単なる友好とは違う。グランドレアと同盟を結んだのは、たった一人の女性の存在がきっかけだ。その女性こそ、オルレアン家の当時の当主であり同盟の立役者。シスタリアの罪を背負い、グランドレアで焼き殺された生贄であり英雄だ」


 グランドレアで焼き殺された……。なんだ、何故それで同盟に繋がる。本来なら戦に繋がるような話だが……。


「少しは自分で勉強しろ。いつかグランドレアに行って調べてこい」


「なんだ、教えてくれないのか。ケチ」


「あぁ、よく言われる」


 そんな俺達のやり取りを見て、シンシアは肩を揺らして笑い出した。


「とても一国の姫君と騎士のやり取りには見えませんね……イリーナが国民に慕われる理由が分かった気がします……。そうですね、私も……怯えているだけでは始まりませんよね」


 どうやらシンシアは祝賀会への参加を決めたようだ。イリーナは……聞くまでも無いがどうする?


「行くわけ無いだろ。今親父を見たら斬りかかりそうだ。そんな事をすれば騎士にタコ殴りにされるのが目に見えているしな」


「イリーナなら返り討ちに出来るだろ。王都直属の騎士が何人束になろうとも……」


 俺の発言に、シンシアは目を丸くする。イリーナ……サラスティア姫君はそこまで強いのかと。


「強いも何も……シスタリアの騎士の中で三本指には入るんじゃないか? イリーナならディアボロスもザナリアも単独で討伐出来ただろうに」


「出来るわけないだろ。今はお前の方が強いよ。私も……王宮に籠っている内に腕が錆びた。チェーザレが羨ましい。私も好き勝手に暴れまわっていた方がよほど性に合ってる」


 チェーザレ……そういえば、国王の間に詰めてきた時に妙な事を言っていたな。コルネスの事は俺に任せろだの、コルネスの王家は子供だけだ、そんなに子供が怖いのか……だの。


「……アルフェルド、なんだその話は。あのバカまでコルネスに関わっているのか?」


「よくわからないが……」


「……気が変わった。私も祝賀会に出るぞ。シンシアの護衛でも何でもいい。捻じ込んでくれ」


 それは構わないが……何をするつもりだ。


「探りを入れる。アリアクランゼの英雄を祝う式だ。それなりの貴族が雁首揃えているだろ。そこにチェーザレも来る筈だ。奴も情報収集をしておきたいだろうしな」


「つまり……国王の思惑が何かは知らんが、それを知る貴族が居るかもしれない、それを探すという事か」


「少なくともチェーザレはそう考える筈だ。最も……あのバカ兄も国王の側の人間かもしれんがな。嘘か本当かは分からないが、国王はコルネスを潰す気だ。しかしそれに待ったを掛けたバカ兄……。状況だけ見れば親に反発するただの息子だが、お前の信用を得る為にやった三文芝居という線も捨てきれない。それを確かめる。あのバカはバカだが確実に味方に引き込めるなら……それに越したことはない」


 なんだかんだ言って……チェーザレを信用しているだけでは?

本当に仲のいい兄妹だな。


「なんか言ったか」


「別に……」






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