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29.

 《王都スコルア 大聖堂 ライスラ教会内》


 守護霊を盾にし、老婆が俺へと鋭い殺気を放ってくる。先程までの穏やかな雰囲気は微塵もない。もはやこの老婆は、ディアボロス風に言えば疑う余地のない程の戦士だ。

 俺はかつて、シスタリアとコルネスの大戦に冒険者として覗き見に行った事がある。イルベルサの民、ザナリアの戦いぶりを見る事は叶わなかったが、シスタリアの魔女と呼ばれる魔術師、リエナ・フローベルを見学する事は出来た。

 正直戦慄した。背筋が凍った。シスタリアの魔女は、魔女と呼ばれるに相応しい残虐性を持っていた。まるでそうする事が自分の役割だとでも言うように、リエナ・フローベルはコルネスの騎士を次々と葬っていった。驚くべきはその年齢だ。あれでまだ十五という若さだったのだから恐れ入る。彼女に比べればディアボロス傘下の魔人など可愛いものだろう、と素直に思った。


 そんなシスタリアの魔女と似た雰囲気を老婆からも感じた。守護霊は赤い外套を纏った騎士。巨大な鎌をかまえ、まるで敵の返り血に染まったかのような風貌をしている。幽霊のような朧気な存在感が更に不気味さに拍車を加えており、相手を恐怖させるには十分すぎるだろう。まともな神経を持つ者ならば、この時点で逃走という選択肢を加える筈だ。実際、俺も迷っている。この老婆は危険だ、と先程から頭の中で警鐘が鳴り響いている。


 だが老婆は素直に逃がしてはくれないだろう。その殺気から察するに、相当戦い慣れた魔術師だ。こんな奴が教会で優しい笑顔をふりまくシスターのふりをしているとは。畏怖を通り越して笑えてくる。


 俺は腰の双剣を抜剣し、ゆっくり老婆の出方を伺うように間合いを取る。見たところあの守護霊の武器は大鎌だ。先ほどは投擲してきたが、まさか真正面から再び大鎌を投げてくる事はあるまい。そんな物、たとえ数百本投げられたとしても余裕で躱せる。問題なのは老婆の方だ。守護霊よりも警戒すべきはあの魔術師。このまま戦うにしろ逃げるにしろ、一度探りを入れる必要がある。


 一度構えを解き、俺は古参の魔人達に習って名乗りをあげる。


「俺の名はギアラ。誇り高きディアボロス一派の戦士。魔術師よ、お前の名前は?」


 やばい、鳥肌が立ってきた。

 古参の魔人共は名乗りを上げて正々堂々と、まるで決闘を仕掛けるように戦うのが常識と思っている。俺は正直、そんな物は犬にでも食わせてしまえという世代だ。所詮生き残れなければ意味はない。どんなに汚いと、泥臭いと言われても、勝たねば戦う意味は無い。


 老婆は突然の俺の名乗りに顔を顰める。こちらはお前の欲しがる情報を与えたぞ。だからお前も少し情報をおくれ、と祈ってみる。


「ディアボロス……?! まさか仇を討とうというのですか?」


 断じて俺はそんなつもりは一切ない。ディアボロスとて、自分の仇を討って欲しいなんて一ミリも思ってないだろう。むしろ激怒する筈だ。奴は奴の望み通り、一対一の戦いで敗れたのだから。仇討ちなど、その戦いを汚すも同然の行為。だがディアボロスに心酔するあまり、その辺りを察してない奴は居るが。


「勘違いするな。俺は俺の目的の為だ。だがまあ……お前程の強者を逃がす手もない。貴様……十五年前の大戦に参加していたな」


 無論、色々とハッタリだ。老婆を逃がす手はない所か、むしろ俺が逃げる事を選択肢に加えている。そして俺は十五年前、あの大戦の場でこの老婆の姿など見ていない。だがここまでの殺気を放つ魔術師だ。参加していてもなんら不思議ではない。


 老婆の表情が一瞬曇る。どうやら図星のようだ。もう少し突っ込んでみるか。


「察するにシスタリアの魔女……あの怪物の師か何かか? その隠す気など微塵もない殺気……あの魔女と酷似して……」


「怪物……怪物ですって……?」


 何やら老婆の雰囲気が更にヤバくなる。背景が歪む程に殺気が放たれてる。不味い、何か癇に障っただろうか。


「彼女を……あの子を怪物呼ばわりするのか! 魔人風情が! あの子がああなったのは……貴様らのせいでは無いか!」


 突如、老婆を守るように佇んでいた守護霊が俺へと突っ込んでくる。俺はその瞬間、一気に守護霊と間合いを詰め懐に入り込むと、そのまま双剣を突き刺し左右に切り裂いた。しかし手応えなど微塵もない。当たり前だ、守護霊など幽霊に等しい存在。しかし術者という神殿を介し、この世界の物と干渉する事を許された神秘の技。五百年前に現れたクラリスという魔術師が編み出した……


 ……待て、そういえば……


 余計な事に頭を巡らせる暇など無いと言うように、切り裂き霧散した守護霊が俺の背後に回り込んでくる。そのまま大鎌を俺に向けて薙ぎ払ってくるが、それを前に転がるように避ける。しかし同時に俺の眼前へと灼熱の鞭が襲い掛かった。


 鞭を双剣で流しながら、今度は横に飛び回避する。そのまま教会に並べられた長椅子を破壊しながら転がるが、更に守護霊は俺を追撃しようとしてくる。まずはこの守護霊を黙らせるのが先か。


「どこの騎士か知らんが……少し撤退してもらうぞ」


 双剣を十字に構え、俺は俺の魔術を発動させる。通常、魔術師は何かと同調して魔術を行使するが、俺は同調というより共鳴だ。双剣が白い、淡い光に包まれていく。俺はそのまま追撃してくる守護霊へと、再び剣を突き立て切り裂いた。今度は先ほどとは違う。確かな手ごたえ、そして怨念のような叫び声をあげて、守護霊は撤退していく。


「それは……! グランドレアの召喚術……!」


 おう、流石だ。一目で俺が使う魔術を見破ったか。シスタリアに住む者には珍しいと思ったのだが……。いや、そういえばグランドレアとシスタリアは同盟国だったな。それなりに交流があるのも当たり前か。


 老婆は俺と間合いを取るように数歩下がる。俺も老婆と間合いを取った。というか間合いなど分からない。老婆はいつのまにか右手に炎で作られたかのような鞭を持っており、その射程距離は見た目では測れないだろう。何せ炎の鞭だ。どこまでも伸びて俺を捉えてくるかもしれない。かといって間合いを詰めるには老婆の情報が少なすぎる。これが並の魔術師か一騎士ならば、一気に間合いを詰めて首を掻っ切るのだが、その選択肢はないともう一人の俺が警告してくる。老婆から距離を取れ、そして出来れば逃走しろと。


 しかし同時に老婆が時間稼ぎをしているのも見え見えだ。このまま戦い続けていれば、いずれ騎士なり魔術師なりが駆け付けてくるだろう。そうなれば俺に勝機は……いや、相手にもよるが、逃げるならそちらの方が好都合かもしれない。


「……先程、シスタリアの魔女を怪物だと言ってすまなかった。悪気は無いんだ。察するに……貴殿は彼女の……親代わりか何かか?」


 ここは老婆の時間稼ぎに乗ってやろう。元々、この老婆と戦うつもりなど微塵も無い。別に俺は強い相手なら誰でもいいというわけでは無い。やはり剣を直接交える事のできる相手がいい。つまりは騎士。魔術師との戦闘は正直……面倒くさい。


 そんな俺に対し、老婆は少し頭に血が上っているようだ。俺の突然の謝罪に怪訝な顔を浮かべ、鞭を握る手に力が入っている。この老婆……武器を扱うのは慣れていないのか。鞭の軌道が読みにくいとは言え、そんな殺気丸出しでは折角の鞭も特性を生かせない。


 案の定、老婆は俺に対して鞭を振ってくる。だが軌道を読むまでもない。簡単に俺は鞭を打ち返す。


「っく……! 貴方は……一体何がしたいのですか! 一体何が目的でこの王都に……!」


 俺の質問はとことん無視か。まあいい、どうせ時間稼ぎ目当ての無駄な問答だ。今のこの老婆の状態ならば逃げ出す事も容易だろう。少し気になる事もある。


 そうだ、いっその事……無駄かもしれないが、この老婆に聞いてみるか。


「少し頭を冷やしたらどうだ。別に俺に目的らしい目的なんぞない。ただの観光……いや、友人に会いに来ただけだ。それよりも聞きたい事がある。守護霊というのは五百年前、クラリスという魔術師が編み出した物だよな。それ以前にも似たような術はあったのか?」


「……? 一体、何の話を……」


「だから守護霊だ。例えば……腕にびっしりと何かの文字が描かれて……」


 その瞬間、老婆の表情が明らかに青ざめた。腕からは鞭が消え、逃げるように背を壁に押し付ける。


「何故……それを……貴方はそれを何処かで見たのですか?!」


 なんだ、この焦りようは。

 どこで見たかと言われると……あれだ。先刻、ディアボロス傘下の魔人の元へと尋ねてきたイルベルサの魔術師……モンタナの腕に巨人族が使っていたと思われる文字が刻まれていた。まあ、俺は巨人族が使っていた文字など知らんが、周りの魔人がそう言いながら驚愕していたのだからそうなのだろう。


 俺が疑問に思っているのはそこだ。モンタナは巨人族の“守護霊”をその身に宿したと言っていた。だが守護霊という秘術はつい五百年前に編み出された物。それまで魂などあるかどうか分からない、不確かな物だったと聞く。つまり巨人族が生存していたのは数千年前の筈だ。なのに何故あのモンタナは守護霊として巨人族を宿しているのか。普通に考えればおかしい筈だ。巨人族が生存していた時代に、まだ守護霊という秘術は編み出されていないのだから。だがモンタナは確かに言っていた。巨人族との戦いのさなか、ザナリアに命じられ、未練半ばに朽ちた彼らの魂を顕現させろと言われたと。


 他の魔人達はこの矛盾に気が付かないだろう。なにせ奴らは人間の歴史など考慮しないし、長く生きすぎて時間という概念が抜け落ちている。


「まさか……魔人の中に妖精術を扱える物が……? そんな……」


「……妖精術? なんだ、それは」


 老婆は口を滑らせたと顔を顰める。その時、教会の奥から複数の足音が聞こえてきた。どうやら応援が来たようだ。潮時か。色々と気になるが、老婆が錯乱している内に逃げ出すとしよう。


 俺はそのまま後ろへと飛び、入ってきた扉から外へ。そのまま周りを警戒しながら路地裏へと潜り込んだ。老婆が追ってくる気配は無い。しかし……あれほどの腕の魔術師が、ただの教会のシスターとして常駐しているとは。少々……迂闊すぎたか。





 ※





 《ライスラ教会内》


「ソフィア様! 何事ですか!」


 魔術師ソフィアの元へと駆けつけてくる聖女達。ギアラが逃げ去った後、ソフィアは地面へと倒れこむように膝を付いた。体中が震え、自分はいつ殺されてもおかしくは無かった、という恐怖を今更ながらに実感していた。ギアラがソフィアを脅威と感じたように、ソフィアの目にも、ギアラは抹消せねばならない、危険すぎる魔人と映っていたのだ。


 ソフィアは駆け付けた聖女達の手を借りながら、なんとか立ちあがり、その中の一人へと耳打ちする。


「急ぎ……裏道を使いバルツクローゲンに連絡を……リエナ・フローベル、そしてその魔術師の精鋭を王都に……」


 聖女は耳を疑う。リエナ・フローベル。彼女を王都に招くというのか、と。

 何故王都と離れた位置、そして決して遠くはない所に“魔術師の街”があるのか。それはシスタリアの忌むべき歴史、悪しき風習のせいだが、今となっては考え直さなくてはならな事案の一つ。

 しかしだからと言って、あのシスタリアの魔女といわれた彼女を呼び出すのか、と聖女は驚愕する。だがソフィアは聖女達を束ねる存在。そして教会内は、明らかに戦闘の跡が残されていた。ここで何が起きたのか、優に聖女は想像する事が出来た。

 

 魔人だ、魔人が出現したのだ。

そしてその魔人はソフィアをここまで怯えさせる程の存在。

 かつて大戦に参加し、数多くのコルネスの騎士を屠った歴戦の魔術師。

 そんなソフィアに意見する事など、一聖女に出来る筈も無い。


「わかりました、ソフィア様はとりあえずお休みに……」


「そんな暇はありません……急ぎ、国王へ謁見の許可を……」



 

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