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28.ギアラ

 《王都スコルア 教会周辺の路地裏》


 生まれはグランドレア。ギアラという名前を付けたのは血族の長であるディアボロス。産みの親は既に死んでいる。他でもなく俺が殺した。魔人の母と人間の父を。

 

 母は人間を誘惑して食うタイプの魔人。だがある日、父に本気で恋をしてしまい子供をつくるハメになった。そして生まれたのがこの俺だ。父にとってはいい迷惑だったろう。まさか魔人と子供を作っていたとは知る由もなかったのだから。


 父はある事件をきっかけに、母が魔人だという事を知る。そして父がとった行動は単純明快だった。グランドレアの騎士だった父は母を迷うことなく処刑台へ連行しようとした。俺はその時まだ幼かったが、性格は父に似ていたのだろう。俺も迷う事なく母を連行しようとする父を殺した。

 その後、母は本気で恋をした父を亡くしたショックで自決。残された俺は騎士団へ連行され、魔人との混血だという事がバレると、すぐさま処刑という流れとなった。

 

 ご丁寧に衆目に晒されながらの公開処刑。別に、その時は死ぬのは全く怖く無かった。自分が回りと違う事は理解していたし、人間と魔人の関係性も当然のように知っていた。

 俺は死後の世界はどうなっているのだろう、などと考えながら、自分の首が飛ぶのを待っていた。だがついにこの首が飛ぶことは無かった。


 処刑される寸前、俺を助けたのは一人の魔人。処刑人を突き飛ばし、俺の首根っこを捕まえて民家の屋根伝いに逃走。正直、首が苦しくて殺されるかとも思ったが、街から逃げ出した時……俺は処刑から逃れられた事で安堵し涙を流していた。死ぬのは別に怖くないと自分に言い聞かせながらも、その場から脱した途端、生きている事が何よりも嬉しかった。


「大丈夫? 苦しかった?」


 俺を助けた魔人は人間の少女のような風貌をしていた。赤い髪に貴族のような上品な服。装飾品まで付けていて、見た目は完全に何処か良いところのお嬢様。


「私は……ガラドグレイジス。君の名前は?」


「……アルマ……」


「アルマ……ね。行く当てもないだろうから、友達の所を紹介してあげるよ」


 そうして連れていかれたのが……ディアボロスの元だった。

 これは後から知った事だが、ガラドグレイジスと言う魔人は相当に有名な奴らしい。なんでもディアボロスと同等かそれ以上に。太古から生き残っている神に等しい魔人。


 


 今更何故こんな事を思いだしてしまうのか。この街並みのせいだ。人間の街など久しく入ったものだから、昔の事を思いだしてしまう。俺は正体さえバレなければ……グランドレアの騎士にでもなっていたのだろうか。


 路地裏の樽の上に腰掛け、腰から武器を抜き意味もなく刃に触れる。この武器で今まで幾人も切り殺してきた。魔人、人間、善人悪人問わず。ディアボロスの血族には暗黙のルールが存在していて、それは武器を持たない者には手を出さない……という物だ。他の魔人が聞けば鼻で笑うだろうが、ディアボロスは誰も疑う余地が無いほどに戦士だった。俺に剣を教えた時も、常に強者と戦い続けろと口を酸っぱくして言っていた。俺はその言いつけを守り……いや、守っていたというより、そうせざるを得なかっただけだ。武器を持たない、戦う意志のない人間を殺そうとしても体がいう事を聞かない。殺そうと思えば殺せるのだろうが、それをしてしまうと自分の中で何かが壊れる気がする。


 なんとも意味の分からない言い分だ。ディアボロスの血族の魔人、その大半は戦う事、それ自体を楽しんでいる。人間からしてみればいい迷惑だろう。ただ戦いたいというだけで、三十万もの物好きな魔人を集め戦争をしかけようとするバカが居るのだから。


 刃を見つめながらそんな事を考えていると、路地裏に数人の人間が入ってくる。目線は明らかに俺を意識し、警戒しているのも分かった。

 男が二人、女が一人。見た目は街にすむ住人そのものだが、懐にはしっかりと武器を隠し持っている。俺をカツアゲしに来たのだろうか。だとしたら相当の阿保だ。わざわざ武器を持ち歩いている奴を狙うバカはディアボロスの血族だけで十分だ。


「失礼。間違っていたらすまないが、貴方は混血か?」


「……だとしたら何だ」


 あっさりと白状する俺に対し、話しかてきた男は眼鏡を直しつつ頬を緩ませる。そういえばこの男だけ、少し良い恰好をしているな。貴族か?


「私はこの王都の裏の顔を取り仕切る組織の……まあ、ひらたく言えばチンピラだ。少し貴方に興味があってね。少し時間を頂いてもよろしいだろうか」


「……断る……と言いたい所だが、連れと別れて夜まで暇なんだ。飯でも食わせてくれるなら付き合ってやってもいい」


「決まりだ。美味いパイを出してくれる店がある。行こうか」


 そのまま淡々と歩きだす男。

 俺は飯にありつけるなら……と、気軽に男達と共に……パイ屋へと向かった。




 ※




 「いらっしゃいー」


 店の中はガラガラ。王都がこれだけ人で溢れているというのに、この店の中では閑古鳥が鳴いていた。美味いパイとは嘘か。よし、帰ろう。


「待て待て待て。大丈夫だ、味は保障する」


 立ち去ろうとした俺を宥めつつ、男は一番奥の席へと俺を座らせ、計四人でテーブルを囲む。なんだ、この……なんとも言えない雰囲気。まるでこれからパーティーの打ち合わせでもするかのようだ。


「まずは自己紹介から始めようか。私は……そうだな、ガルドとでも呼んで貰おうか」


「明らかに偽名だな……じゃあ俺はブルーとでも呼んでくれ」


「ブルー? 青色が好きなのか?」


「別に。パっと思い浮かんだだけだ」


 すると男の取り巻きの内、女の方が「じゃあ私はピンクで」と。そして男の方が「むらさき……」と言い出した。ガルドは自分だけ仲間外れなのが釈なのか、自分の偽名も色にしようかと悩んでいる。


「じゃあ私は……」


「名前なんぞどうでもいい。とりあえず……何故俺が混血だと分かった。見た所……魔術師の類では無さそうだが」


 ガルドは肩を落としながら俺の質問に答える。少し寂しそうに。


「王都に入る時……運び屋を利用しただろう。奴は組織の末端でね。そいつから小耳に挟んだんだ」


 シェルスめ……混血だとバレていたのか。まあそれは別にいい。ガルド達は騎士に通報するつもりなど微塵もないだろうし。


「で……そんな俺に何の用だ」


「その前に確認したい。こんな警備が厳重な王都に……何故わざわざ入り込んでいる? 何か騒動を起こす気なら……」


「あぁ、今夜……ディアボロス傘下の魔人、五十ほどが王都に襲撃をかける。目的は話題の英雄の抹殺だ」


 あっさりと目的を告げる俺に対し、一瞬時間が停止したかのように固まる三人。


「……本当か?」


「本当だ。まあ、俺は別の騎士が目的だが……」


 ガルドは見るからに焦りだし、他の二人も今にも逃げ出しそうな雰囲気に。まあ、逃げるなら今の内だ。しかしディアボロス傘下の魔人は雑魚には用はない。一般大衆などガン無視するだろうが。


「五十……と言ったな。ディアボロス傘下となると……相当な驚異……」


「そうでもない。今、王都には戦力が揃っているんだろう? なら大した事は無い筈だ。すぐに鎮圧されるだろう」


「ブルーもディアボロス傘下なのか? 随分……自分達を過小評価しているんだな。まあしかし戦力が揃っているというのは……その通りだが」


 戦力か。俺の目的であるマルコシアスと言う騎士……。それ以外にも楽しめそうな手練れが居るなら試してみたいな。


「有名な……それこそディアボロス傘下の魔人と一対一で戦えそうな騎士はどのくらいいる?」


 ガルドはその質問に対し、眼鏡を直しつつ考える。その時、注文もしてないのに大きなパイがテーブルへと届いた。焼きたてで、ミートパイと思われるそれは食欲をそそる香りを漂わせている。ついでに酒も頼んでおくか。


 酒を注文し、店主が運んできた後……ガルドはゆっくり口を開いた。


「私は騎士を全て把握しているわけでは無いが……。王都直属なら全員それなりの腕だ。特に……ディアボロスを討伐した……いや、失礼……」


「構わん。俺は別にディアボロスが殺された事を恨んでるわけじゃない。根にもってる魔人は確かにいるがな」


「そうか……まあ、話を戻すが、ディアボロスと戦ったシェバという男は確実に強いな。言わずと知れた王都直属騎士……その隊長の一人だ」


 シェバ……そうか、シェバという名前なのか。覚えておこう。後々出会えるかもしれない。


「あと有名なのは……バイアルか。ベインクローバーという街の警護を担当している男だ。恐らく実力ではシェバと大して変わらないだろう。性格に少々難がある為、王都直属から外されたという噂もあるが……」


 バイアル……微かに聞き覚えがあるような無いような。まあ、その名前も一応は覚えておくか。


「それで……ブルーの目的の騎士っていうのは?」


「あぁ、マルコシアスという男だ。知ってるか?」


 ガルドは相も変わらず眼鏡を直す仕草をしつつ考える。そして何か思いだしたかのように


「マルコシアス……確か今話題の英雄様の幼馴染だった筈だ」


「……何?」


 まさか……シェルスの因縁の相手の幼馴染だったとは。奴に聞いた方が早かったか。


「しかし……確かディアボロス討伐の任で戦死したという話だった筈だが」


「……あ?」


 戦死した? まさか……あの戦場に居たのか?

 何という事だ。俺以外の魔人に仕留められるとは……。


「くそ……先を越されたか……」


「何でも仲間を庇って死んだとかなんとか……お人好しを通り越してバカだな……」


 仲間を庇って……死んだ?

 馬鹿な……よりにもよって……そんな……


「ブ、ブルー? 顔がものすごく怖いぞ……どうした?」


 俺は一気にやる気が無くなり、席を立つ。もう食欲も失せた。まさか久しぶりに手応えのある相手が……仲間を庇って死んでいたとは。馬鹿馬鹿しい。


「お、おい、ブルー? ぁ、墓参りに行くなら教会に行くと良い。なんでも死体はまだ魔術師の手で保存されてるって話で……確か……」


「…………」


 無言で店を出た俺は、そのまま何故か先程の路地裏へと戻っていた。あのあたりに確か教会があった筈だ。だが死体と対面してどうする気だ。俺は奴と死体をそんなに見たいのか? 見てどうする。一言文句でも言ってやるか?


「馬鹿馬鹿しい……」


 そういいつつも、俺の足は路地裏を抜けた先……教会と思われる巨大な建造物へ向かっていた。薄く扉は開いており、中に入ると一瞬、空気が変わるのが分かった。どうやら結界が張られているらしい。


「……失礼ですが、どのようなご用向きで?」


 教会の中へと足を踏み入れる俺に対し、一人の老婆が話しかけてくる。どうやら教会の管理を任されている人間のようだ。それにこの気配……この老婆、相当に腕の立つ魔術師だ。


「友人に会いに来た。マルコシアスという騎士の死体があると聞いてな」


「マルコシアス様のご友人の方でしたか……どうぞ、こちらへ」


 老婆に案内され、女神像の前へと。そこには棺が一つ、横たわっていた。

そのまま老婆は棺の蓋を開ける。すると中で眠る一人の騎士の姿が露わになった。長剣を大事そうに抱く騎士。その顔は間違いなく……


「くそ……っ、間抜けな奴め……仲間を庇って死んだだと……」


 悔しい……のか、俺は。

 こいつを自分で殺せなかったのが。それとも他の魔人と戦って死んだのならまだしも、仲間を庇って命を落としたという……こいつの間抜けな死にざまに腹を立てているのか。


「……何故こいつを……このまま残している。さっさと地面に埋めてしまえばいい」


 本当にどうでもいい質問を、俺は無意識に老婆へと投げかけていた。すると老婆は躊躇いがちに俺の横へと立ち、共にマルコシアスの顔を眺めながら


「この方の許嫁……その方に最後のお別れをさせてやりたいと……アーヴェン家のご当主様からのご要望で……」


「下らん……」


 そのまま背を向け立ち去ろうとする。その時、俺は明らかに油断していたんだろう。老婆が相当腕の立つ魔術師だとは分かっていた筈だ。


 背筋に走る寒気を避けるように、姿勢を低くし振り向きながら“それ”を躱す。

 それとは大鎌。俺の体を両断するかの如く、まるでブーメランのように投擲されていた。

 宙を舞いながら、大鎌は老婆の元へ帰っていく。いや、正確には……老婆の“守護霊”の手に。


「やはり……入ってきた瞬間に両断すべきでした。貴方のような……悪魔は」


 老婆の雰囲気は一変していた。先ほどまで穏やかな空気は吹き飛び、今そこに立つのは一人の魔術師。それも相当に戦い慣れた……そう、まるで“シスタリアの魔女”を見ているかのような……



「貴方はここで殺さねば……貴方のような……魔人は……!」




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