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27.アルフェルド

 《王都スコルア 王宮内 国王の間》


 この二十四年間、ここまで緊張した事があっただろうか。今俺の目の前には母国を統べる国王陛下が鎮座している。サラスティアの事が無ければ光栄だ、とも思ったのだろうが、今の俺は国王と目を合わせる事すら出来ない。


「アルフェルド・マルカル。どうした? そんな生まれたてのヒヨコのような態度では皆を失望させるだけだぞ。もっと堂々としなさい」


「は、はっ……」


 国王の顔はにこやかだ。とても自分の娘を手に掛けたとは思えない程に。そんな国王は、俺の隣にいる白いドレスを着たシェルスにも目を向け、声をかける。


「その娘がシンシアか? 稀に見る美しさではないか」


 さて、この言葉に対してシェルスはどう答えるのか。俺はこの一瞬で最悪なパターンを想像してしまう。シェルスに礼節などという言葉は程遠い気がする。このまま王の言葉を無視し、大きく口を開けて退屈そうに欠伸(あくび)をする姿が容易に……


「恐れながら……私はアルフェルド・マルカルの愛人にございます。正妻であるシンシアは只今、旅の途中で怪我をしてしまい……失礼ながら私が……」


 ドレスのスカート部分を摘まみ、丁寧なお辞儀と共にそう国王へと告げるシェルス。その姿は何処ぞの貴族か何かに見えてしまう。

 なんてことだ。シェルスはこんな事が言える娘だったのか? 

 俺はもっと……彼女はこんな場に立つこと自体に嫌悪感を憶える類の人間だと思っていたのに。


 いや、ちょっと待て。

 愛人ってなんだ。


「ほほぅ、流石勇猛果敢な男は違うな、アルフェルド。すでに愛人までこしらえているとは。しかもこんな美女を。これならば英雄と呼ばれても差し支えないな」


 まずい、なんだか俺のイメージが大きく改変された気がする。

 しかし言い訳じみた説明など出来る筈が無い。違うと言えばそれまでだ。ならばその娘は何なのだという事になる。


「は、はっ……」


 相も変わらず同じ返事しか出来ない自分が情けない。これならばシェルスの方が余程俺より礼節をわきまえている。


「さて、それで今夜の祝賀会だが……」


 その時、国王の間の外から慌ただしく聖女が声を張り上げるのが聞こえてきた。国王も何事かと扉を見つめる。すると勢いよく扉が開かれ、入ってきたのは何を隠そう王族の長男、チェーザレ。


「チェーザレ様! いけません! 国王陛下は謁見中で……」


「すぐに終わる」


 チェーザレの腕を掴み止めようとする聖女。その手を振り払い、チェーザレは堂々と国王の間へと足を踏み入れ、俺と国王の間へと立った。


「チェーザレ? よく私の目の前に立てるな。お前は宮殿内に私の許可なく足を踏み入れるなと申しつけた筈だが……」


「緊急時ならいいだろ。それに今は騎士として来たわけじゃ無い。あんたの息子としてここに来た。俺の言いたい事は分かるよな、父上」


 そうか、チェーザレにはライオネル様からの手紙が……。そしてこの横暴な態度、もうサラスティアの事は伝わっていると言う事か。しかしチェーザレも国王も知らない。サラスティアが実は生きていて、俺達と行動を共にしていると言う事を。


 国王は横暴な態度のチェーザレに対し、一体何の話だ、といいたげだ。

 だがチェーザレはもう一歩踏み出し


「コルネスの事に関しては俺に任せろと言った筈だ。あんたの強引な方法では双方共倒れがオチだ。コルネスの王族は子供が二人だけだ。そんなに怖いか、たった二人の子供が」


 ……コルネス? 一体何の話だ。十五年前にシスタリアと戦争をした国の事について、この二人は一体何を……


「言いたい事はそれだけか。ルインティアも承諾している。あとはアルフェルド・マルカルの意志のみだ」


「十歳のルインティアを敵国に引き渡す気か! コルネスは同盟国じゃない、今はオズマが仕切っているだけで、裏ではどんな輩が蠢いているか……」


 不味い、話に全くついていけない。ルインティア姫君が承諾……敵国に引き渡す? 一体なんの話だ。それに俺の意志とは一体……。その時、隣に立つシェルスが俺の手をつつきながら、小声で尋ねてくる。


「おい……オズマって誰だ……」


「……騎士だ。シスタリアの魔女の次に大戦で有名な男だ……」


 今のシスタリアの騎士団長と同年代の老騎士。現役の騎士達から絶大な信頼を寄せる彼は、大戦以降コルネス復興の指揮を執っている。大戦から十五年経つが、一向にシスタリアへ帰ってくる気配がない。


 そして国王とチェーザレはそのまま口論を続ける。主にコルネスの事について激論を交わしているようだが、ちょくちょく俺の名前が出てくるのが気になる。まさか俺は……コルネスに送り込まれる事になるのか?


「話は終わりだ、チェーザレ。私のやり方が気に食わんと言うなら……この場でその剣を抜くがいい」


 国王は気に食わないなら自分を殺せ、とチェーザレを挑発する。一体どうなっているのだ、この王家は。

よくそれでシスタリアの歴史を数千年……紡いで来れた物だ。


「父上……なんでもかんでも自分の思うように事が進むと思うなよ……」


 そのまま捨てセリフを残し国王の間から出ていくチェーザレ。国王は頭を抱え、そのまま俺達に謝ってくる。


「すまんな。祝賀会の詳細は聖女に聞いてくれ……しばらく一人にしてくれ」


 俺とシェルスは同時に頭を下げ、そのまま国王の間を後にする。外では聖女が困惑気味に騒いでいた。無理もない。普段は穏やかな性格で、のらりくらりとしたスタイルのチェーザレが国王の間に無理やり突入してきたのだ。俺もサラスティアの件を知らなければ、ひたすら首を傾げていただろう。


「おい、まさかとは思うが祝賀会とやらに出るつもりか?」


 俺へとぶっきらぼうに尋ねてくるシェルス。あぁ、そういえば夜までに王都を出ろとか言われていたな……。


「……悪いが付き合ってくれ。さっきの騎士は俺の友人なんだ。何が起きているのか探りを入れたい」


「おい、話が違うぞ……っ、お前が夜までに王都を出るからって、私はこんな恰好までして……」


「なら話せ。夜になると何が起きるんだ。何故そうまでして俺を王都から追い出そうとする」


 途端に黙りこくってしまうシェルス。一体何なのだ。チェーザレの事も気になるが、シェルスの事も……


「おーい、アルフェルド・マルカル! 今夜の祝賀会にはシンシアも連れて来いよ」


 その時、いつの間にかアーデさんが俺達の足元に立っていた。俺達は思わず後ろに仰け反りながら倒れてしまいそうになるのを堪えつつ、アーデさんの言葉に頷く。


「わ、わかりました。それにしても……先程のチェーザレはどうしたんでしょうか……何か知っていますか? アーデさん」


「知るかヨ。チェーザレ様は昔から気分が変わりやすいというか何というか……まだ反抗期なのかねぇ」


 この様子からすると……アーデさんは何も知らないようだ。サラスティアが国王に殺されそうになった事も。


「ところでシンシアちゃん何処にいるのサ。休みたいなら王宮の一室貸すのに」


「いえ、それには及びません。それではアーデさん、私は一旦シンシアの元に戻ります。シェルスの事、よろしくお願いします」


 そのままアーデさんにシェルスを押し付け、その場から立ち去る俺。チェーザレのおかげで王宮内は静寂とは程遠い。聖女達は慌ただしく走り回るのも居れば、混乱して立ち尽くす者も……。

 

 まあ、俺も今絶賛混乱中だが。

 

 とりあえずはシンシアとサラスティアの元に戻るべきか。そういえば着替えも早く届けてやらねば。

 ただでさえ王都は人が溢れお祭り騒ぎ。そしてここに来て王族内で前代未聞の事態が起きている。だが俺の中で一番気になるのはシェルスの言動だ。


 今夜、何かが起きる。

このシスタリアの中枢である王都で……。

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