22.シェルス
《シスタリア王国 打ち捨てられた古城》
王都に突入する段取りが決まり、それぞれ魔人達は各々の準備に取り掛かる。
武器を研ぐ者、集中する者、意味不明な言葉を唱え始める者、様々だ。
そんな中、私の元にガラドランジュが近づき声を掛けてくる。
「シェルス、お前は先行して目標の騎士を見つけておけ。夜になり作戦が開始され次第、我々に位置を知らせるのだ」
何気にとんでもなく難解な事を言われた気がする。
王都はただでさえ警備が厳しい。今はそれに増して人も増え、より一層厳戒態勢だ。私が魔人だとバレる可能性も高い。もし魔人だと知られたら即袋叩きに遭うだろう。
「心配するな。ギアラも付ける。二人で王都の様子を探りつつ、問題の騎士を見つけ出しておけ」
「……へいへい……」
他に誰も私達の会話を聞いていない。
私は普段通りの口調、態度でガラドランジュに返事をしつつ背を向ける。そのまま古城の外に出ると、まだ日は高い。まだ夜までは時間がありそうだ。
「おい」
外の空気を満喫している私の背にぶっきらぼうな声がかかる。ギアラ殿だ。顔をマントから出し、その素顔が日の元に晒されている。
「ギアラ殿……中々男前じゃないですか。人間と見分けが付きませんよ」
「お前もな。というか俺達で王都に先行しろとか言われたんだが……お前は王都に行ったことはあるのか」
私は首を振り否定する。王都など魔人にとっては処刑台に向かう階段に等しい街だ。わざわざ自分から死地に向かう魔人はディアボロスくらいだろう。
「俺も王都はそこまで詳しくない。とりあえず適当に観光に行くか」
随分お気楽な思考だ。これから私達が向かうのは敵地の真っ只中だぞ。そんなところに観光気分で行くなど、あきらかな自殺願望があるとしか思えない。
「ギアラ殿。もう出発しますか?」
「あぁ、いつまでもこんなカビ臭い所に拘束されるのは御免だからな。お前の御守というのが少々不満なだけだ」
別に御守など必要ない。必要ないが……いざとなったらギアラ殿を盾にして逃げるか。その為にもここは殊勝な態度で臨もう。
「色々と勉強させてもらいます。同じ混血のよしみだ。仲良く行こうじゃないですか」
ギアラ殿は私の考えている事などお見通しなのか、鼻で笑いながらそそくさと行ってしまう。
歩いて行くつもりだろうか。馬がそこに居るんだが……。
※
とりあえず、私とギアラ殿は旅人の連れ同士という設定で王都に潜り込む事にした。今は一頭の馬に二人で跨り、ギアラ殿が手綱を握り王都へと向かっている。
「ところでお前、問題の騎士と何かあったのか。あぁ、戦場で殺されかけたんだったか」
「そうです。殺されるならまだしも……あいつは私に止めをささず立ち去って行った。完全に私の事を舐めているんですよ。それを思い知らせて……」
「嘘だな」
嘘……嘘だと?
今の私の言葉の何処に嘘がある。私は事実をそのままに喋っているだけだ。
「お前は隙あらば……アルフェルドとかいう騎士を逃がす気満々だろう。他の魔人共に取られないようにな」
「……そんな事は……」
「安心しろ。お前の言う通りの騎士なら……俺とガラドランジュ以外に殺せる奴は居ないんだろう。俺も別にお前の獲物を横取りする気など一切無い」
いや、待て。じゃあ貴方は一体何しに王都へ行くのだ。
他の魔人共の目的はアルフェルドの抹殺だが、ギアラ殿は今、その気はないと断言した。ならば何故あの場に集まったのだ。
「お前と同じ理由だよ。俺も……殺したい相手がいる。そいつが今王都に居るかどうかは知らんが」
「ギアラ殿が殺したい相手……? 一体どこの誰ですか、そいつは」
「マルコシアス……とかいう騎士だ。あの戦場にも居たような気がしたんだがな、ついに出会えなかった」
マルコシアス……?
最近何処かでその名前を聞いたような……。
「その騎士と何があったんですか」
ギアラ殿は手綱を握りしめ、何処かその背中が笑っている。
あぁ、この背中はディアボロスそっくりだ。戦いたくてウズウズしている、そんな背中だ。
「あの騎士はいい。久しぶりに手ごたえのある相手だった。前は決着がつく前に他の魔人に邪魔されてしまったが……次に会ったら必ず……」
「ギアラ殿はディアボロスそっくりですね。その様子だと……仇を討とうとしているわけでは無さそうですが……」
「当たり前だ。そんな物に興味は無い。ディアボロスを単純に神と崇め奉っている奴等の気が知れん。まあ、奴を葬った騎士と相まみえたら……ついでに狩ってやるが」
頼もしい限りだ。
しかしディアボロスを葬った騎士は一対一で戦っていたという。あの怪物を渡り合う人間が居るのかと最初は耳を疑ったが、アルフェルドはザナリアに認められる程の実力を持っていた。奴の上司がディアボロスを葬ったという事なら、納得せざるを得ない。
馬を走らせながら雑談していると思わず舌を噛みそうになるが、そうこうしている内に王都の外壁が見えてくる。門らしき前に大勢の人間が集っているのも。
ギアラ殿は一旦馬を止めて様子を伺う。
さて、どうやって王都に入るべきか。単純に門から入るのも良いが、当然魔人の侵入も警戒しているだろう。だとしたら正体を見破る類の魔術師が常駐しているかもしれない。私とギアラ殿は見た目的には人間だが、見る者が見れば一発で魔人だとバレてしまう。
「外壁を昇って入ってやるか……それとも破壊して……」
「いやいや、冗談ですよね。そんな事をすれば魔人でなくとも捕まりますよ」
「ならばどうする。素直に並んで順番を待つか? あの中に我々の正体を見破れる人間がいるかもしれない」
まあ、その通りだ。
バルツクローゲンは魔人をある程度受け入れている為、入るのも楽だったが……王都ではそうはいかない。ここは完全に魔人を拒絶している。
「だが中に入る方法はある筈だ。魔人でなくとも、人間の中には王都に入りたくても入れない連中なんてごまんといる」
「それは……そうかもしれませんが」
つまりはならず者を探して、もし中に入る方法を知っているなら同行させてもらうと言う事か。まあ、全く経験がない事ではない。ままある。
「それで……そのならず者には何処に行けば会えますか」
「それを探すんだ。とりあえずお前はこの辺りで降りて探せ。俺はもう少し離れた所で……」
「了解です」
私が馬を降りると、ギアラ殿はそのまま走り去っていく。
さて……ならず者を探すか。どこをどう探せばいいのか全く見当がつかないが。
「……とりあえず……歩くか」
※
私が今居るのは王都の北側。
広大な草原が広がり、さわやかな風が吹き抜けていく。かなり気持ちのいい風だ。このまま草原に寝転がって眠ってしまいたい、そんな風にも思ってしまう。
「さっさと歩け!」
「い、いたい……とても痛い! ものすごく痛い!」
その時、私の耳に届いてくる声。
その声がした方を見ると、王都の外壁から少し離れた岩と丘の陰に馬車が停まっていた。
そしてよくよく観察してみると、馬車の中に鎖で繋がれた少女達が詰められている。どうやら奴隷のようだ。
「奴隷商か……まあ……ならず者では無いか……」
そういえば、私も母親を殺された後……奴隷商に拾われたな。
あの奴隷商はまだマシだったが、貴族に買われた後が最悪だった。
あの奴隷達もこれから……
「……いや、たしかシスタリアは奴隷制を禁じていた筈……」
あの馬車はこれから王都に入る……んだよな?
門で勿論、積み荷の確認をされる筈だ。そこで鎖に繋がれた少女なんぞ見つかれば大事だ。
「運がいい……早速見つけた」
つまりあの奴隷商達は持っているのだ。
積み荷を見られても平気なコネ、もしくは見つからずに門を通る術を。
私は思わずスキップしたくなる衝動を抑えつつ、奴隷商達が潜む岩陰へと近づく。
そっと様子を伺いながら耳を澄ませると、何やら二人の男が口論しているようだった。
「話が違う……! 一人三十でって……」
「事情が変わったんだ。アンタも分かってるだろ。今王都に入るにはいつもの数倍“納税”が要る。何せシスタリア中から人が集まってるからな。警備もそれに合わせて厳重になる」
「だからって……! こんなはした金じゃあ生活していけねえ……酒場で一杯やったら終わっちまう。なあ、頼むよ。こちとら上物の奴隷十人揃えてここまで教育するのにも苦労してるんだ。アンタだって商いの人間だろ? ここは当初の約束通り一人三十で頼むよ……っ」
どうやら商談中のようだ。
奴隷商と思われる男の要望に、運び屋の男は腕を組み唸っている。
まあどちらの主張も分かる。奴隷商は格安の値段で奴隷を売ってしまっては今までの苦労が水の泡だ。奴隷というのは単純に人を攫ってきて、そのまま売ればいい物というわけでは無い。ちゃんと教育してやる必要がある。そういった意味では私は良い奴隷だっただろうな……。母親を目の前で殺されて、もう意志が死んでるような状態だったんだから。
一方、運び屋もあまり高値で奴隷を引き取れば商売などやっていけない。しかもここは奴隷制を禁じているシスタリア。先ほど言っていた“納税”というのは門を潜る為の賄賂だろう。
よし……ここは……私が一肌脱いでやろう。
奴等が激しく商談している最中、私が……
『その納税とやらは私が払ってやろう。だから馬車に乗せておくれ』
と名乗り出れば運び屋は喜んで私の提案にのるだろう。たぶん。
よし、それで……
「一人二十五だ。こちらもシスタリアで商売する以上……付き合いやら何やらで金使ってるんだ。あんたらの苦労も分かってるつもりだ。だがそれはお互い様だろう。この辺りで納得してほしい」
「あぁ、まあ……分かったよ。これからも宜しく頼むよ」
「勿論だ。アンタとはいい商売仲間で居たいからな」
ってー! 商談終わっちゃったぞ!
お前等もっと欲を出せよ!
仲良く握手なんぞ交わしおって……どうする、今更すぎるが名乗り出た方が……
「あ、あのぉー……」
その時、馬車に乗せられていた少女が運び屋へと何やら声を掛けた。
運び屋は「なんだ」とぶっきらぼうに対応。すると少女は私の方を指さし……
「さっきから……誰か居るんですけど……」
「……!? 誰だ!」
げっ、見つかった。
いや、別にいいか。元々名乗り出るつもりだったし……
私は素直に運び屋と奴隷商の前に姿を晒し、両手を上げて何もする気はない、とアピール。
「……冒険者か? 何をしている」
運び屋の男が懐に手を入れながら尋ねてくる。恐らく短剣か何か持っているんだろうが……。
「まあ、聞いてくれ。怪しい者じゃないと言っても信じてくれないだろうから、単刀直入に言う。私は王都に入りたいのだが、生憎正面からは入れない類の人間でね……」
「つまりは俺の馬車に乗せろと言う事か。お断りだ、さっさと失せろ」
だろうな……。
あぁ、どうする……今の話を騎士に流すぞ、と脅すか?
いやいや、今自分で言ったじゃないか、私は王都に正面から入れない類の人間だと。
そんな奴が騎士に通報など出来る筈が無い。
「金ならある。言い値でいい、頼む」
「断る」
っく……この運び屋……完全に私を親の仇のような目で見てやがる。
どうする……他に何かいい交渉材料は……
「アンタ……どっかで見た事あるな……」
その時、奴隷商の男がまじまじと私の事を見てくる。
足の先から頭のてっぺんまで観察し終えると、次は私の目を見つめてくる。
「赤色の目……まさか……イリーナか?」
「……あ?」
奴隷商が口にした名前に、思わず背筋が凍る。
イリーナという名はディアボロスに拾われる前に母親が私に付けた物。
何故その名を知っている。
まさか……
「お前……私を売った奴隷商か……?」
「やっぱりイリーナか……生きていたのか……!」
約十年前、私を拾い……あの地獄に叩き落した男。
神の悪戯か、その男が今、私の目の前に居た。




