18.アルフェルド
《シスタリア王国 スコルアへの街道》
本日はやや曇り。湿っぽい風が吹き、いつ雨が降ってもおかしく無いような天気。
しかし暑すぎるよりはいいだろう。俺は少しくらい曇っているくらいが一番好きだ。
そして馬にまたがり空を眺めて黄昏ていると、後方からチェーザレの怒号が響いてくる。
シンシアへ乗馬のコツを伝授しているのだ。
「もっと肩の力抜け! 背筋を伸ばせ! 馬をもっと信頼しろ!」
その指導っぷりに、シンシアは今にも泣きそうな顔をしているが、なんとか乗りこなしたいという熱意は感じられる……気がする。
俺には到底無理な指導方法だ。もしかしたら嫌われるかもしれない、と考えてしまうのもあるが、あまり人に厳しくしてきた経験が無い。そんな俺に比べ、チェーザレは王家の兄弟全員に乗馬を教えてきたという実績がある。
「前見ろっつってんだろ! 手綱を持つ手が硬すぎる! もっと余裕をもって握れ! その馬はお前の兄と思え!」
なんとも奇妙な指導の仕方だが、実際速度は上がってきている。昨日とは比べ物にならないくらいに早い。まあ、昨日が遅すぎたんだが。やはり俺が少しでも指導した方が良かったのだろうか。いきなりチェーザレに厳しくされると嫌になってしまうかもしれない。しかしこれも必要な試練だと考えよう。これから修行の旅に出るのだから、これよりも厳しい事などいくらでもある。
「よし、いいぞ。その調子だ。もう少し速度上げるぞ」
そのままシンシアとチェーザレは俺を抜かして前に出る。思わず俺は「おぉ……」と驚嘆してしまう。シンシアの馬に跨り駆ける姿は、その辺の騎士よりもさまになっている。
「シンシア、上達しましたね。女神シェルスのようですよ」
「あ、ありがとうございます、でもすみませんっ、今は話しかけないでください……っ」
どうやら何か掴んだようだ。これから乗馬が楽しくなってくるかもしれない。
俺がシンシアに対して関心していると、チェーザレが俺と並走し、何やら痛い視線を送ってきた。
「お前、今まで何教えてきたんだよ。相変わらずだな」
「すまん、助かった。恩に着る。流石王家の兄弟に教えてきただけあるな。あぁ、いや……ルインティア姫君には教えてないのか」
そういえば王家の末っ子であるルインティア姫君が生まれた頃、既にチェーザレは騎士団に入団していた筈だ。チェーザレは王家から騎士へと身を堕とす際、勘当は避けたようだが何かしらの制約は掛けられたらしい。そんな状況ではルンティア姫君へ乗馬を教えるなど難しいだろう。
「いや、教えたぞ。ルインティアにも。勿論秘密裏にな……」
「そうなのか。なんでまた……」
「なんで……なんでって言われてもな。ルインティアがライオネルに駄々こねたんだと。兄弟は皆、俺に乗馬を教わったのに、自分だけ仲間外れかってな」
なんと微笑ましい。ライオネル様もその時は困っただろうな。しかし可愛い妹の頼みだ。無下にするわけにもいかないだろう。
「まあな……国王にバレないように乗馬を教えろってライオネルに言われて……あの時は本当に……って、アレ誰だ?」
チェーザレの視線の先、何者かが凄い勢いで馬で駆けてくる。あれは……騎士か?
「シンシア、一旦止まってください。様子を見ます」
「え? ぁ、はい……ど、どおどお……」
俺とチェーザレは馬を降り、荷の中から武器を取り腰へと。そのままシンシアを守るように左右に着く。相手が騎士ならこんな警戒は必要ないが、何か嫌な予感がする。それ程、こちらへ駆けてくる騎士の様子に不安を覚えた。何か酷く急いでいるようだが……。
騎士は俺達、主にチェーザレを確認すると馬を降り走り寄ってくる。その白を基調とする装備からして、王族護衛団だと察した俺は更に不安を覚えた。何故こんな街道に護衛団が単独で行動しているのか。
「チェーザレ様! し、失礼します!」
「ん? おう、サリスか。どうした。何かあったのか」
チェーザレも不審に思ったらしく、いぶかしげな表情を浮かべながら応対する。
サリスはそのまま懐から手紙のような物を出すと、チェーザレへと手渡した。
「ライオネル様からです……。チェーザレ様以外には読ませるなと……」
「……何?」
手紙を受け取り、読みだすなりチェーザレは舌打ちをし、そのまま手紙を破り捨てた。
何か非常事態が発生したようだ。
「……サリス、お前はこのままバルツクローゲンへ向かえ。それでリエナ様にお前の知っている事を全て話せ。アルフェルド、悪いが先にスコルアに帰る。お前はゆっくりシンシアちゃんと来い」
「あぁ……チェーザレ。事情は聞かんが……何か出来る事があれば言ってくれ」
「……余計な心配すんな。お前は堂々としてろ。じゃあな」
そのままチェーザレは馬に乗り駆けていく。それに続いてサリスもバルツクローゲンへと向かうべく馬に跨るが、俺へと何やら言いたそうな顔をしていた。
「……何か? サリス殿」
「その……気をつけて……」
それだけ言い残して去っていくサリス。
気を付けろとは随分穏やかじゃない。今から俺達は王都へ向かうのだ。シスタリア王国の中枢で、一体何に気を付ければいいのか。心当たりが多すぎる。
「あの、アルフェルド……一体何が……」
「……胸騒ぎがしますね。なにはともあれ我々も急ぎましょう。ですがシンシア、貴方のペースに合わせますので、冷静に……落ち着いて手綱を握ってください」
「わ、わかりました……」
※
途中途中で休憩を挟みつつ馬を走らせる。そして王都スコルアの城壁が見えてきた辺りで、シンシアの持つ宝石が淡く光を放つ。
「ぁ、エリーゼが帰ってきたみたいです。無事にリエナ様へ伝言は伝えれたようですね」
あぁ、そういえばエリーゼへそんな頼み事をしたな。
しかし俺の進退の相談より、サリス殿が持ち込む話の方が厄介そうだ。
「……どうやらリエナ様も渋っているみたいです……。国王への進言となると、いくらリエナ様でも気が重いみたいですね……」
それはそうだろう。しかし頼れるのはリエナ様しか居ない。アリアクランゼという英雄へ贈られる勲章を受け取ったが最後、俺はシンシアの護衛を続けれなくなる。だからといって拒否すれば、俺は国王へ反逆すると同等の罪に問われかねない。それだけに重い勲章だとチェーザレは言っていたが……。
「アルフェルドが国王様に相談してみるというのは……? もしかしたら分かってくれるかもしれません」
「それは……どうでしょうか。国王の顔に泥を塗るような物ですよ。勲章を受け取っておきながら、それ相応の立場を拒否するというのは……」
もはや勲章を受け取らない、という選択肢はない。
だがまあ、騎士団長なら相談に乗ってくれるかもしれない。何かしらの折衷案を……
「……なんとも他力本願な。まあ、そんな話より……シンシア」
「はい、なんですか?」
「……今回王都に向かうのは……マルコシアスに会う為でもあります。単直に言いますが、覚悟は出来ていますか」
俺の言葉に、シンシアは一瞬目を伏せ……そして再び前を見据える。
そしてそのまま……「はい」と答えてくれた。
覚悟……本当にそれは必要なのだろうか。
別に割り切る必要も無い。それを背負っていくのが生者の務めだ。
俺はただ、残酷な再確認を彼女にしただけではないのか?
マルコシアスは既に死んでいる。だから……もう諦めろと。
※
王都の大正門。堅牢な佇まいを彷彿とさせる門は開け放たれており、何やら商人らしき者達がこぞって門をくぐろうとしていた。そういえば村の男が言っていたな。英雄を一目見ようと各地から人が集まっていると。こうなると妙に逃げ出したくなる。俺は英雄などという存在とは、かけ離れている。
「凄い人ですね……どうしましょうか……別の門に回りますか?」
「いえ、一番大きな門でこれなのですから……他の門も同じような物でしょう。大人しく並んで……」
と、その時、俺へと意味深な視線を送る少女が居た。
全身をボロマントで包み、いそいそと怪しげな動きをしながら俺の方へ歩み寄ってくる。
「随分遅かったンね。流石英雄様だン。重役出勤ねン」
……この口調……どこかで……
「あれ……マリスさんじゃないですか。なんでここに?」
シンシアに名前を呼ばれるなり、少女は口に人差し指を当て「シー!」と言い放ちながら周りを気にしている。マリス……? あぁ、もしかしてバルツクローゲンで出会った……あのウサミミの少女か。
「もしかして魔術でここまで? そんな事が出来るなら最初から送ってほしかったですね」
「長距離の移動は単独でしか出来ないン……。それより話があるン、リエナ様から超特急で伝えろって言われてるン」
リエナ様から?
先程のチェーザレへの伝言といい、何やら嫌な予感がする。
そのまま俺とシンシアは、マリスに導かれるまま城壁の陰へ。
マリスはボロマントを脱ぎ捨て、可愛らしいウサミミが存在を主張するかのようにピョン、と伸び起った。
「さっき、王族護衛団の人がバルツクローゲンに来たん。めちゃめちゃ死にそうな顔しながらン。馬も、もう可哀想なくらい走らされてたン」
「まさか……サリス殿ですか。早すぎませんか、一体どんな速度で……」
「あのヒト、強化属性の魔術使えるみたいン。それで馬と自分を強化しまくってひたすら走ってたみたいン。ぶっちゃけ無茶しすぎて死にそうだったン」
それ程までに急がなければならない要件だったという事か。
一体何が……。
「それで……今王都で……いや、王族でとんでもない事が起きてるン。どうやらサラスティア姫君が殺されたみたいでン……」
「……は? そんな馬鹿な……!」
思わず大声を出してしまう俺の口を、ウサミミ少女は小さな手で塞いでくる。
しかしこれが驚かずにいられるか。王族の……しかもその長女が殺されたとはどういうことだ。
「ど、どういう事ですか、ウサミミさん」
「マリスでいいン。どういう事っていわれても分からないんだけども……とりあえずリエナ様の判断で、貴方にも伝えた方がイイって……っていうか近い! 顔が近い! キスでもするつもりン?!」
断じてそんなつもりは一切ない。
いいからもっと詳しく聞かせろと、俺はマリスの肩を抱いて迫る。
何故かシンシアから睨まれているような気もするが。
「それで……殺したのは誰ですか」
「な、なんか……同じ護衛団のラインって奴が怪しいってン……」
ライン……会った事は無いが、名前は聞いたことがある。
しかしあのサラスティア姫君が殺された? にわかには信じがたい。彼女は断じて王族という立場を利用して護衛団の団長に君臨しているわけではない。その剣の腕は騎士団長のお墨付きだ。
「で……俺にどうしろと……? そのラインという騎士を拘束して拷問でも……」
「そんな事したら、今度は貴方が殺されるン……。でもリエナ様は……サラスティア姫君が大人しく殺される筈ないって……言ってたン」
それは俺も同意見だ。
「だから……王都のどこかに居る筈だから、助け出せって……でも勲章はキッチリカッチリ受け取るようにとも言われたン」
「……わかりました。必ず助け出します。それとマリスさん、俺とシンシアを王都の中へ魔術で入れてもらえませんか?」
「別にいいけどン……私、王都詳しくないから何処に出るか分かんないン」
別に構わないと俺は頷く。
そのままマリスは俺とシンシアの手を取ると、大きく深呼吸する。
「……じゃあ、私はもう一度バルツクローゲンに戻るン。シンシア、何かあったらまたエリーゼで……ぁっ、そういえば、リエナ様がエリーゼの言ってきた事に対して……こう言ってたン」
あぁ、俺がシンシアの護衛を務めれるように国王に進言してくれ、という奴か。
「男なら自分でなんとかしろ……! らしいン。じゃ、そういう事で……」
直後、俺の視界は闇に包まれる。
どの方向が地面か分からなくなり、先ほどまで掴んでいたマリスの柔らかい手の感触が無くなっていた。
「……ここは……」
ひたすら暗闇の中、ようやく自分が寝ている事に気が付く。
そのまま起き上がると、膝の上にシンシアを抱きかかえている状態だった
「ふぁっ! す、すみません!」
「いえ、怪我はありませんか? というか……どこに送られたのでしょうか……」
「さ、さあ……マリスさんの魔術は私も良く分からないので……」
シンシアは懐から何かの紙を出すと、それを両手で包み込みながら何やら唱えている。
魔術の詠唱だ。その術を知らない物にとっては、理解不能な囁きにしか聞こえない。
瞬間、シンシアの手の平から淡い光が溢れた。
その光は今俺達が居る空間を照らし、そこが物置である事が判明する。
「ここは……とりあえず外に出ましょう。急いでサラスティア姫君の捜索に……」
「……誰だ」
耳に届く弱弱しい声。
その声はシンシアの物では無い。
そして俺はこの声を知っている。
声がする方へ、シンシアはゆっくり淡い光を向ける。
するとそこには……
「サラスティア姫君……」
半裸の状態で、腹にとりあえず応急処置を施した……という状態の姫君が佇んでいた。
その腹の傷を見て、シンシアは駆け寄ろうとするが、姫君は傍にあった短剣を構え……再び俺達へと質問する。
「答えろ……誰だ」
シンシアは一刻も早く手当をしたがっていたが、俺はそれを制し
「アルフェルド・マルカルです。サラスティア姫君。いえ……王族護衛団、団長……サラスティア・シスタリア殿」
「え、えっと……私はシシンア・オルレアン……です」
「アルフェルド……? お前が……あの……」
俺達の名前を聞いて、サラスティア姫君は短剣を置く。
そのままシンシアはゆっくりと近づいていく。まるで猛獣を警戒させまいとしているようだ。だがその判断は正しい。この姫君はその辺の騎士など足元にも及ばない程に強い。
「手当を……してもいいです……か?」
「すまん……頼む……」
「はいっ……失礼します……」
サラスティア姫君の腹に巻かれた包帯を解いていくシンシア。
その傷は雑に糸で縫い合わせてあるだけで、未だ出血は止まっていなかった。
思わず顔を顰めてしまう程の深手。一体だれが……
「アルフェルド、魔術だけじゃあ追いつきません……急いで治療の道具を……」
「分かりました、すぐに……」
俺はそのまま外へと、治療する為の道具を求めて出ようとするが、すぐにサラスティアに呼び止められる。
「アルフェルド・マルカル……お前は何の為に戦っている……」
随分と大袈裟で大雑把な質問だ。
しかしその質問は俺を試している物だとすぐに察する。
お前を信用してもいいのか、とサラスティアは言いたいのだ。
「私は……いえ、俺は今、国の為に戦ってはいません。申し訳ないですが……。俺が戦う理由は……亡き親友の為、そして……今貴方の目の前にいる女性のためです」
それだけ言い残して、俺は外へと飛び出した。
『今貴方の目の前にいる女性のため』
そう言っておきながら、俺はサラスティアの深手を見た時、別の女性の事を思いだしていた。
あの戦場で、自分が深手を負わせた……あの魔人の彼女の事を。




