16.サラスティア
《シスタリア王国 王都スコルア 王宮》
時折、私はなんの為に生まれてきたのかと疑問に思う時がある。
何の為、なんて考えるのは不毛だ。そもそも私は運命なんて物は信じていない。神は存在するが、彼は人間に一切干渉しない。何故なら神は狂ってしまったのだから。
そんな風に、真夜中に一人廊下で窓から月を見上げながらたそがれていると私と同じく王族護衛団の男が近づいてきた。
「団長、兄上がまた独走したらしいですよ」
「ラインか……兄は今度は何をしたんだ」
私は溜息を吐きながら、ラインの報告に耳を傾ける。
アルベルタに二百体前後の魔人が出現し、兄はその殲滅に向かったと。
一応殲滅は成功し、兄は無事だそうだ。そのまま死んでくれても良かったんだが。
「またドレインに謝りに行かないと……まったく……」
ラインは私が兄を毒付くのを聞いてニヤつきながら報告を続ける。
「現在兄上はバルツクローゲン付近の村で酔いつぶれているそうです。なんでも……今話題のあの騎士、アルフェルド・マルカルと一緒だとか」
「……酔いつぶれてる? あのバカ……って、アルフェルド? まだそんな所に居るのか。英雄と、もてはやされているだけあって随分余裕だな」
「いえいえ、彼に至ってはちゃんと理由があるんですよ。なんでも今は魔術師の護衛任務中だとか……。ほら、リエナ様の弟子であるシンシアというナハト候補のお嬢さんの……」
そういえばリエナ様からの報告でそんな事を言っていたような気がする。
しかしそれにしても遅すぎではないか。バルツクローゲンから王都までそこまで距離は無いだろうに。
「そのお嬢さんが……馬をまともに乗りこなせないらしいです。恐らくまだ数日は掛かるだろうと……」
「これだから魔術師は……。馬車で迎えに行ってやれと伝えろ。もう王都には彼を一目見ようと各地から人が集まってきているんだからな。国王も待ちくたびれている」
「わかりました……。しかし凄いですね、たった一人であのザナリアを倒しちゃうなんて」
イルベルサのザナリアか。
十五年前の大戦時、コルネスと手を組み暴れまわった怪物。
「アルフェルド・マルカルか。勲章を受けたら……私の上司になるかもしれんな」
「……そうなのですか? そんないきなり……ありえますかね」
十分にあり得る。
アリアクランゼという勲章は英雄の証。
ただの一騎士に授与されるのは歴史上初めてだが、それだけに人々は望んでいるだろう。彼が今、この国の騎士の頂点に立つことを。
「でも話によれば……彼、出世は断るのでは……とか言われてますけどね」
「……? どういう事だ」
「今彼が護衛している魔術師ですよ。なんでも彼の幼馴染の婚約者だったようで……。その幼馴染というのは先のディアボロス討伐で死亡しています。彼はその亡くなった幼馴染の意志を継いで護衛任務を遂行しているそうです」
「だから何だ。そんな任務、他の奴に引き継げばいいだろ」
「どう……なんですかね。もし俺が彼と同じ立場で……守るべき人間が女性だったら……」
「男の考えそうな事だな。女はいつも守られる側か」
「あはは、貴方を守ろうなんて男は居ないでしょうけど……ゴファッ!」
「五月蠅い、さっさと持ち場に戻れ」
思い切り脇腹へ鉄拳をかましつつ、ラインへと命じる。
ラインは脇腹を抑えつつ黙って立ち去って行った。
「……アルフェルド・マルカルか」
今一度月を見上げ、まだ顔も知らない騎士の名を呟く。
彼が勲章を受け取れば、いきなり上司は無くとも護衛団に推薦される事は間違いないだろう。
それを断る人間などまずいない。王族護衛団は全て民の憧れであり、王族を守る剣であり盾。
騎士であるなら誰もが目指す道の一つである筈だ。
「いざ推薦されれば化けの皮も剥がれる。護衛対象の事なんぞ一瞬で忘れるさ」
※
深夜の王宮内を巡回し、そのまま渡り廊下から大聖堂へ。
シスタリア王国で神と崇められているのは一人の女神。
その女神の名前はシェルス・ロイスハート。数千年前に実在した人物らしいが、資料も少ない為に本当の所は分かっていない。だが幼いころから私は、この女神の人生が気にくわなかった。その本当かどうかも分からない昔話に腹を立てていたのだ。
「サラスティア姫君、お疲れ様です」
私が大聖堂で物思いに耽っていると、一人の聖女に声を掛けられる。
暗い紫色の地味な修道服に身を包み、守護霊の触媒らしき指輪を付けている。
この彼女は聖女の中でも特に年季が入っていて、今年で七十を超える人生の大先輩だ。
「姫君は止めてください、私は騎士ですよ」
その人生の大先輩は私の教育係でもあったソフィア・ライスラ。
私が騎士になる時、全力で反対してきた人でもある。
「そうでした。この歳になると……記憶力が乏しくなってしまって……もう潮時かしらね」
「ご冗談を……まだ私は貴方に恩返しをしていないのですから。頑張ってもらわないと」
我ながら酷な事を言うと思う。
聖女は激務だ。なにせ王族の身の回りの世話は勿論の事、この大聖堂、そして王宮の管理すらも彼女達に任せられている。王族護衛団ですら、騎士であるもののその管轄は騎士団では無い。我々は彼女達聖女の指示によって動いている。
ソフィア様は私へと天使のような微笑みを向けると、そっと女神像の前へと。
そこには一つの棺が。
私もソフィア様へと付いて女神像の前に。
棺の蓋は開け放たれており、中には一人の男性が横たわっていた。棺の中は花が敷き詰められており、男性は長剣を抱いて眠っている。
「……ソフィア様、この方は……」
「この方はマルコシアス・アーヴェン様。先のディアボロス討伐にて戦死されたお方です。今回、アリアクランゼを授与されるアルフェルド・マルカル様の幼馴染にあたる方でもあります」
この男が先程話に聞いた騎士か。
アルフェルド・マルカルはこの男の婚約者を護衛しているのだな。
それにしても……随分綺麗な遺体だ。ディアボロス討伐から既に半月は経っているというのに。
「ソフィア様、もしや魔術で遺体の維持を……」
「はい。彼の父君、ドルフ・アーヴェン様の強いご要望で……。マルコシアス様の婚約者である、シンシア・オルレアン様に一目別れを告げさせてやって欲しいとの事で、マシルの魔術師に維持する様に頼みました」
それは……残酷なだけではないのか?
わざわざ遺体と対面させずとも良い気もするが。
「……貴方の考えている事は手に取るように分かりますよ、サラスティア。女神シェルスの昔話にも怒ってましたものね」
「貴方は相変わらず人が悪い……」
女神シェルス。その昔話の冒頭は、一国の姫君であったシェルスが一年間拷問されるシーンから始まる。とても子供に聞かせれるような話ではないが、どうやらこのシスタリア王国の成り立ちには深く関わっているらしく、丸暗記するまで聞かせ続けられた。
「サラスティア、貴方には耳にタコが出来る程聞かせ続けてきましたが、死という別れは必ず訪れます。シンシア様は未だ十六という若さで最愛の方を亡くされました。貴方は残酷だと思われるかもしれませんが、彼の死を受け止めさせなくてはなりません。きっと何処かで生きている、などという希望と言う名の妄想は断ち切らねばならぬのです」
それはシンシアが単独でグロリスの森の中に入った事を責めているのだろうか。
アルフェルドがザナリアと対峙したのは、そもそもシンシアが夜の森に一人で入ったからだ。
そしてリエナ様の報告では、シンシアはマルコシアスに会う為に王都へ向かっていたとか。
「相変わらず厳しいですね、貴方は……」
「いえ……ただ歳なだけですよ……」
そうこうしている内に鳥のさえずりが聞こえてくる。
窓の外はいつの間にか白んでいた。もう新たな一日が始まろうとしている。
「サラスティア……ちゃんと睡眠は取っていますか?」
「ええ、二日前に」
一瞬固まる空気。
そのまま私は、ソフィア様によって大聖堂の仮眠室へと監禁された。
※
《サラスティア王国 王の間》
久しぶりにしっかり寝てしまった。
ソフィア様は元魔術師で、暗示の類もしっかり使える。
私はその暗示で爆睡してしまい、気が付けば既に正午になっていた。
「サラスティア、随分眠そうな顔をしているな。しっかり寝ているか?」
「ええ、それは勿論……」
先程爆睡したばかりだ。その為かまだ顔は寝ぼけ面のようだが。
今私は国王である、ダルトン・シスタリアに呼び出され王の間に赴いていた。
要件は分かっている。恐らく勲章を授与するアルフェルド・マルカルの事についてだろう。
父はお付きの聖女を部屋から追い出すと、私に向き合い、いつもに増して真剣な眼差しを向けてくる。
こんな真剣な顔の父上を見るのは何年ぶりだろうか。
まあ無理も無い。歴史上数人しか受け取った事のない勲章を、一騎士へ授けるのだ。
父も父で大胆な決断をしたものだ。
「お前は何処まで知っている、サラスティア」
突然の質問に首を傾げる私。
何処までとは何がだ。何についての話なのか。
「……勲章の事ですか? アリアクランゼの……」
「そうだ。何故アルフェルド・マルカルへ……儂が勲章を与えると至ったのか。お前ならばいくらか察しがついているのではと思ってな」
なんだ、その意味深な言い草は。
何故アルフェルドにアリアクランゼという最上級の勲章を与えるのか?
そんなもの、十五年前の大戦時にシスタリアの騎士隊長数十人の仇を打ったからではないのか?
「どうやら……チェーザレは口は硬いようだな。てっきりお前にも既に喋ってしまっていると思ったが」
まて、一体何の話だ。あのバカ兄には教えて、私には教えないというのは微妙にイラっとする。
そんな言い方をされては引き下がれない。
私は国王へと詰め寄るように一歩前へ。
実父でありこの国を統べる王は、私の剣幕に苦笑いしつつ、手で制してくる。
「わかった、そんなに睨むな。実はな……コルネスに若き王が誕生したのは知っているな。先代の国王は我々シスタリアが討ち取ったが、その息子がめでたく王位を継承した。だがコルネスという国は今やシスタリアの占領下にある。しかし、いつまでもコルネスを占領していてはいつかは綻びが生じる」
「……で? それと今回の勲章授与に何の関係が?」
「まあ聞け。近々、コルネスから手を引こうと思ってな。若き王に全て託そうと言う事だ。しかし突然突き放したのではあちらも混乱するだろう。そこでだ。ルインティアに、若き王を支える為にコルネスに嫁いでもらおうと考えておる」
「……な……なんですって?」
国王であり父である男の言葉に耳を疑う。
ルインティアは一番末っ子の私の妹。まだ十歳になったばかりの子供だ。
そんな子供を、占領下から解き放たれた国に送り込もうというのか。
「まさか……今回の勲章授与は……国民を納得させる為に……?」
「流石にここまで話せば分かるか。その通りだ。大戦時に暴れまわった魔人を討伐した騎士。しかもその魔人はシスタリアの誇る騎士達を数多く葬っている。その仇を討ったとなれば、英雄と呼ばれるにこれ以上の物はあるまい。そしてその英雄は、ルインティアに付き従ってコルネスへ赴く事になる。国民の大半は安心するだろう? 伝説の怪物を倒した騎士が一緒なのだ。何も心配する事は……」
「父上! 本音を言ったらどうですか! コルネスを占領下から解放する? 違う! 貴方はルインティアを人質として引き渡す気なのだ! また再び……コルネスを徹底的に潰す為に……」
私は父の頬が軽く緩むのを目にする。
その時、私は国王に詰め寄るが異質な感触が背中から腹へと走った。
「やはり……お前はバカな娘だ。サラスティア……騎士の道など選ばなければ……今頃お前がこの国の王となっていたものを……」
「……あ……っ」
膝から崩れ落ちる体。
何者かに背後から襲われ、私の腹から銀色の刃が突き出ている。
ゆっくりと抜かれる剣。
全く気が付かなかった。
この王の間に、私と父以外の人間が潜んでいるなど。
「はぁ……ぁ……貴様……」
「申し訳ありません、団長。昨夜、私が言った言葉を覚えていますか? 貴方を守ろうとする男なんて居ないって……」
私の血が滴る剣を手にするのは、王族護衛団のライン・ネーカル。
まさか……王族護衛団が全員……グルなのか?
「殺せ」
国王の、父の言葉が私の心を暗闇に堕とした。
殺せ、確かにそう聞こえた。
この父にとっては……私もルインティアも……ただの駒に過ぎないのか。
ラインの剣が私の首に当てられる。
馬鹿な……こんな終わり方が……
これでは女神シェルスと同じではないか。
あの大嫌いな……昔話と……
「団長、誰よりも愛しています……殺したい程に……」
ラインの長剣が振り下ろされる。
ああ、どうか。
双子の弟、ライオネルよ
私達の妹を……ルインティアを……
助けて




