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15.シェルス

 《シスタリア王国 バルツクローゲン西 打ち捨てられた古城》


 魔人とは難儀な生き物だ。かつてはこの大地を支配していたと言うのに、今は人間に押されて隠れ潜むのが常になっている。人間と共存を望んだガラドグレイジスさえ、人の形に化けて街に紛れて暮らしているという。なんとも情けない話だ。巨人族との戦いに勝ち、やっとこさこの大地の支配者となったというのに、たった数百年で態勢は逆転してしまった。

 そして今、この古城にも先の戦いで……つまりはディアボロスが旗揚げしたあの戦いで生き残った連中が集っている。と言ってもごく一部だ。あの戦いで生き残った魔人が正確に何人居るかは知らないが、今ここに居るのは五十人程。ここに居る魔人全て、ディアボロスに惚れ込んだ者ばかり。勿論私も含めて。


「アルベルタに送り込んだ兵は全滅だ。生き残った奴の話によれば、たった一人の騎士にやられたらしい」


今この場を仕切っている魔人、ガルトランジュが溜息混じりに報告する。

その報告を聞いて、他の魔人達は大して驚きも、ましてや畏怖なども感じていない。

簡単に予想できた結果だ。アルベルタに送り込んだ魔人は全員、捨て駒同然の野良集団なのだから。


「陽動すらままならんとは……」


ガルトランジュは蒼龍の姿をした魔人。ドラゴンなど伝説上の生き物だが、おそらくこんな姿の奴の事を言うのだろう。私はディアボロスに拾われてからずっと、この魔人が遊び相手だった。背に乗せてもらい空を飛んだり、時には花冠を共に作ったり。あんな狂暴な爪を生やした手で意外と器用なのだ。こいつは。


「シェルス、お前は見たんだろう? ザナリアを倒した騎士の姿を。この中で奴に敵いそうな者は居るか?」


その質問に、周りの魔人達は流石に苛立ちを隠せない。

何せたった一人の人間に、ここにいる魔人のほとんどが敵わない、と断言されているような物だ。実際その通りなのだが。


 私は他の魔人の手前、ガラドランジュに敬意を示すように会釈しつつ報告。

ここに居る者全てが私とガラドランジュの関係を知っているわけでは無い。ここで私が小生意気な口を叩くようでは、彼の威厳に傷を付ける事になる。実際私は彼を尊敬しているし、なんなら兄として信頼もしている。


「件の騎士は……確かに腕は立ちますが、実力的にはザナリアの方が圧倒的に上でした。彼は本気では無かったのです。死に場所を求めていたようにも思えます」


「……つまり、ザナリアはわざと殺されたと言う事か?」


「はい。しかし手を抜いていたとは言え、自分の最後を飾るに相応しい相手……とザナリアに思わせたのです。私はここにいる同胞達の実力を全て知っているわけではありませんが……あの騎士に敵う実力の持ち主といえば、ガラドランジュ殿、それと……ギアラ殿、このお二方のみかと」


私はそっと奥の方でマントを被り蹲っている男を見やる。私と同じく人間と魔人のハーフで、先の戦いでは双剣を振るっていた。騎士を次々と切り殺していく様は圧巻の一言。一瞬で分かった。あいつはディアボロスに匹敵する実力の持ち主だと。


 ギアラの名を出すと、周りの魔人達は私を睨みつけてくる。

恐らく彼は孤立した存在で、魔人の中にも敵は多いのだろう。それでもこの集団に参加したのは、私と同じくディアボロスを敬愛しているからこそだ。


「ちょっといいか、ガラドランジュ殿」


その時、今まで黙って話を聞いていた魔人が発言を求めてくる。

牛の頭に屈強な巨人のような巨躯を持つ魔人。全身に鎧を着こみ、いかにも戦士といった出で立ちだ。


「貴方はその小娘のいう事を鵜呑みにする気か? たかが人間一匹に何を憶する。ザナリアとて時代遅れの老兵だ。奴を倒したというだけで、そこまで警戒するべき相手か?」


如何にも小物臭漂う発言だ。

今回、陽動に使った野良を壊滅させたのも、たかが人間一匹だと言うのに。


「ドラン殿、それはあまりにも軽率な考えですぞ。ディアボロス様を屠った……あの騎士も、一対一で戦っていたのだ。その時、我々は見ている事しか出来なかったではないか」


「確かにあの騎士は強かった。だが今回勲章を授かるという騎士は……」


ドランという魔人の目線を浴びせられる私。

あぁ、コイツ知っているのか。私があいつに殺されかけた事を。


「そこの小娘を殺しそびれる程度の騎士なのだろう? その騎士さえ殺してしまえば目的は達したも同然だ。今回、我々が集ったのは新たな英雄の誕生に浮かれる人間どもを粛正する為なのだから」


粛正と来たか。一体コイツは何様なんだ。何故我々がコソコソとこんなカビ臭い所で会合を開いているのか理解しているのか? 人間に見つかれば、手練れの騎士の集団にフルボッコにされるのが目に見えているからだ。


「ドラン殿。この娘の実力を見誤ってはいないか。この娘はディアボロス様に直接手ほどきを受けた者ですぞ。少なくとも私は……貴方よりこの娘の方が腕は立つと思っている」


おいおいおいおい、何でそんな挑発的な言い方をする。

悪いが今私は自信喪失中なんだ。ザナリアに傷一つ付ける事が出来なかったのに、あの男に倒されてしまって……。正直、この場にもガラドランジュが指揮っていなければ顔を出さなかった。


「……成程。ガラドランジュ殿は余程この娘を信頼していると見える。ならば見せてもらおうか。ディアボロス様に仕込まれた剣とやらを」


ほらぁ……こういう事になる!

ちょっと待ってくれ、貴方十分強いでしょう?

如何にも戦士! って感じだし、そもそもディアボロスに声を掛けられた時点で相当の……


「小娘、表に出よ。なあに、軽く数合打ち合う程度だ」


私はチラっとガラドランジュと目を合わせる。その表情は笑っていた。そして微かに口を動かしつつ、私に目線のみで語ってくる。


『本気でやれ』と。




 ※




 古城の外、比較的開けた場所でドラン殿と向き合う。

ドラン殿は既に自分の武器である戦斧を肩に担いでおり、その目は『数合打ち合う』程度で終わらない事を物語っていた。もうどちらかが死ぬまでやる気マンマンだ。


「小娘、お前の獲物はその長剣のみか? 魔術は使うのか?」


「……いえ。私は戦闘で使用できるほどの魔術は持ち合わせていません」


「ならば俺もコイツのみで戦おう。いつでもいいぞ」


ちなみにギャラリーは古城の窓から覗いている者、庭で直接胡坐をかいている者、屋根に上っている者、様々だ。しかしこれでは完全に娯楽提供ではないか。一体ガラドランジュ……私の兄に等しい魔人は何を考えている。


 私は腰から長剣を抜き、数歩横へ移動しながらドランの様子を伺う。

ただ戦斧を担いでいるだけだが、その佇まいが語っている。


 ……コイツ、小物発言しておきながら、かなりの実力者だ。

恐らくザナリア同様に戦士肌なのだろう。頭は悪くないが、考えが古いタイプだ。


 脳裏にあの騎士が……あぁ、名前は確かアルフェルドだったな。

奴とザナリアの戦いが脳裏に蘇ってくる。

自分よりも明らかに巨大で、一撃でも食らえば致命傷になるであろう攻撃を紙一重で躱しながら斬りつけていた。あんな動きを……私が出来るだろうか。


いや、何を言っている。

出来るに決まっている。出来なければ……私に価値など無い。



 瞬間、私は一気に駆け出しドランへと馬鹿正直に真正面から突っ込む。

ドランが一瞬溜息を吐いたのが分かった。明らかに私を舐めている。

今のこのスピードが……私の限界だと明らかに油断している。


「下らん……」


ドランは片腕で易々と戦斧を私の頭上へと。


見えている、まだ……私はこの程度の動きなら見えている。


 頭上に振り下ろされた戦斧を、一瞬、髪に触れるか触れないかの距離からスレスレで躱す。


「ぬぅ? 躱しただと!」


いちいち声に出して驚く所がザナリアっぽい。

だがザナリアは……もっと早かった。そして……強烈だった.


 そのまますれ違いざまに足を斬りつけ、一度距離を取る。

もっとだ。もっと早く斧を振ってこい。

ザナリアに匹敵するほどの……強烈な一撃を振ってこい……!


 再び駆け出し、ドランの間合いへと踏み込む。

左顔面が微かに冷える。その瞬間、姿勢を低くし頭を下げると戦斧が後頭部をかすめるように走った。

一撃躱す事に、こちらも一撃を加える……と再びドランの足へ狙いを定るも、長剣を振るう直前になって背筋に寒気が走る。逃げろ、と私の脳裏に警告が発せられる。


「っく……っ!」


瞬時に後ろに飛ぶと、たった今自分が居た地面、その場所が大きく抉られた。

ドランの持つ巨大な戦斧、それが二つに分離したのだ。


「これも避けるか」


ドランは至って冷静に、双剣のように分かれた戦斧を地面に突き刺す。

そのまま武器を手放し、自身の前へと手を重ねた。


「魔術は使わんと明言しておいて何だが……試したくなった。死ぬなよ」


「……望む所だ」


地面が一瞬、傾くのを感じる。

まるでドランを中心にして地面そのものが吸い込まれていくように。

まさに蟻地獄かなにかのように、自分がドランに吸い寄せられているという錯覚に襲われる。

だが一瞬だ。この感覚は大地と同調しているのか? 


 ドランは同調を終えたのか、再び二つに分かれた戦斧を両手に構え、今度は私へと猛烈なスピードで駆けてくる。


速い、単純に身体能力を底上げする為の同調か?

ドランは小細工を弄するようなタイプじゃない。これは私の第一印象、そしてただの希望に過ぎないが。


 完全に主導権を握られている気もしないでもないが、私もドランへと突っ込む。

いくら同調して速いと言っても、スピード勝負なら私の方がまだ勝っている。

いや、たとえ負けていたとしても判断は変わらない。


あの騎士、アルフェルドのように動け。

憶するな、この程度の魔人、アルフェルドなら一瞬で片付けてしまう。

つまり私と奴の差はそれほどまでに開いている。


その差をなんとしてでも埋めるのだ。

再戦に向けて……胸を張ってあの男の前に立てるように……。


「うおあぁあああっ!」


咆哮を上げながら自分の体へ鞭を打つ。

先程から逃げろ逃げろと、自分の本能に命じられている。

だがここで逃げるなどあり得ない。


今逃げれば、私は一生戦えないような気がする。

この恐怖に勝てなければ、私は二度とあの男と対峙する事は出来ない。


 まるで風が吹き抜けるように、ドランの双斧が私の体を通り過ぎていく。

見える、ザナリアの時とは違う。今私は、ドランの動きが手に取るように……


「あ?」


一瞬、再びあの感覚。

まるで地面に吸い込まれるような、いきなり足場が消え落下するような感覚に襲われる。

ほんの一瞬、瞬き程の一瞬、その感覚のせいで眼前に広がる闇。


 一瞬の闇から覚めた時、眼前に迫るドランの斧。

避けられない。

この一撃で私の首は胴から離れて死ぬ。

そう思った瞬間、今までの人生が流れるように頭の中で再生される。


 優しい母、その母が殺される光景。奴隷商に拾われ、反吐が出るような地下牢での生活。ディアボロスに助けられ、剣の手ほどきを受けた日々。ガラドランジュと共に空を駆け、まるで兄妹のように過ごした時間。


そして……あの戦場で殺されかけた時に見た、あの騎士の表情。


 これが走馬燈か、と言う事は私は死ぬのか?

有り得ない、こんな所で死ぬなど絶対に有り得ない。

死ぬわけには行かない、こんなところで……こんなところで……!


「っぐ……!」


 額をかすめる斧。

一瞬で体を逸らし、その一撃を避けきる。

その時、ドランの表情が見て取れた。有り得ない、と驚愕の……いや、牛顔の表情の変化など分からないが、恐らくそんな感じだろう。


「うぁぁぁあ!」


斧を避けきり、体勢を入れ替えドランの顔面へ剣を突き出した。

だがドランの武器はもう一本ある。

しかし問題はない。私の方が一瞬速い……!


 と、その時剣が弾かれた。

馬鹿な、今のこのタイミングでドランが防御できる筈が無い。


そう思った瞬間、まったく別の剣の切っ先が私の眼前に現れた。


「勝負はついた。剣を収めよ」


ガラドランジュの声が耳に届く。

だが私は動けなかった。私とドランの間に、第三者が割って入ってきていたのだ。

しかもそいつは、私の眉間に切っ先を向けつつ、この体を両断しようと迫ってきていたドランの一撃を難なく受け止めていた。目の前、間に入ってきた男は全身をマントで包んだ双剣使い。


「ギアラ殿……」


 私に向けられた切っ先が降ろされると、全身から力が抜ける。

ドランも大人しく、分離した斧を合わせて肩に担ぎなおした。


「…………」


そのまま無言で古城の中へと戻っていくドラン。

私も長剣を腰へと戻し、今更になって足が震えだし、その場に座り込んでしまう。

なんとも情けない。私は助けられたのか? あのまま続けていれば……もしかしたら私は殺されていたのでは、と思うと手まで震えだしてくる。


「子供にしては中々だ」


ぐもった声が耳に届いた。

マントに包まれた男から発せられた声。

もしかして今の声はギアラ殿か?


「子供……? 私は……」


「ドランの同調に巻き込まれて感覚を失ったな。もう一瞬ドランが早ければお前は死んでいた」


ぐうの音も出ない。

確かにそうだ。あの地面が消えるような感覚に襲われなければ……もっとスマートに避けれていただろうに。


「いい経験になったな。ガラドランジュに感謝しろ」


「ギアラ殿……意外と喋るんですね」


私の余計な一言が癇に障ったのか、ギアラ殿はそそくさと古城へ去ってしまう。

惜しい事をした。黙っていればもっとアドバイスが貰えたかもしれない。


 震える足を抑えながら立ち上がり、ガラドランジュの元へと。

ニヤニヤと笑みを浮かべる兄貴分。思わずぶん殴りたくなってくる。


「壁を越えたな。ザナリアと比べてどうだった」


「……言いたくない」


私はそのまま古城の中へと引っ込む。

まだ手が微かに震えていた。


壁を越えた?


越えたどころか、また壁が高くなった気がする。


何がドランよりも実力的に私の方が勝っているだ。

私はガラドランジュへと……心の中で思い切り、人前では言えないような陰口を叩いた。




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