13.アルフェルド
《シスタリア王国 バルツクローゲン》
この国には誰もが知る英雄が存在する。元々騎士でありながら、魔人と対等に戦う為に魔術を習得した英雄、ナハトだ。男か女かは分からない。本名がナハトなのかすら不明だが、この英雄は様々な物語に登場する。伝説のドラゴンと戦ったり、世界中を仲間達と旅をしたり……。
そんな誰もが知る英雄の名を冠する称号がある。それがこのシスタリアで最高の魔術師と認められた者に与えられる、ナハトという称号。実際に何をして最高と認められるのかは分からないが、シンシアはそんな“ナハト”候補の一人だった。他にライバルは複数いるらしい。
そしてナハトの称号を得た者は“マシル”の幹部の中でもかなり高い位に就く事が出来る。マシルとはシスタリア王国に住まう魔術師を束ねる組織。騎士団と合わせて、シスタリアの敵を討ち滅ぼす矛の役目を担っている。ちなみに現在、ナハトの席は空席である。先代のナハトはリエナ様だったらしいが、大戦に参加して以降、その席を降りたらしい。
さて、そんなナハトを目指すシンシアは、修行の旅に出なければならない。最初に王都でマルコシアスの墓を参り、その後は特には決まっていない。俺はとにかく、シンシアにこの国を見せてやりたいと思っていた。
「アルフェルド、本当にもう……よろしいのですか?」
「えぇ、体は万全です。そもそも私はシンシアの護衛の任に就くために来たのですから。いつまでも寝てるわけにも行きません」
装備と旅支度を整え、馬へと荷物を固定する。
本日は雲一つない青空模様。旅日和では無いか。
「ではシンシア、リエナ様に挨拶は済ませましたか?」
「はい……。大丈夫です……」
泣いているのだろうか。シンシアは目元を指で拭いつつ、バルツクローゲンの正門前で今一度街へと別れを告げるように、見渡している。
「おかしいですね、もう二度と帰って来れないというわけでも無いのに……」
「この街で育ったんですから。当然ですよ。見送りが誰も居ないのは寂しいですが」
シンシアと顔を見合わせ、微笑みながら頷くのを見て俺は馬へと彼女を乗せる。
「乗馬は得意ですか?」
「ひ、人並みには……動物は好きな方です……」
それは良かった。
そのまま俺も馬へと乗り込み、ゆっくりバルツクローゲンの正門を潜る。
青空の元、俺とシンシアは王都スコルアを目指す。
※
馬でグロリスの森を抜け、王都へと向かう街道へと出る。夜で無ければ、あの森は安全だ。といっても、もうザナリアは討伐したのだから夜でも危険は無いかもしれないが。
シンシアはまだ乗馬に慣れていない様子で、ひたすら馬の首筋を見て手綱を握っている。
「シンシア、前を見て、背筋を伸ばして肩の力を抜いてください。大丈夫です。鞍をしっかり股で挟むようにしていれば、そうそう落馬したりしません」
「は、はい……」
まあ、俺は少年時代、何度も落馬してはマルコシアスに笑われたが。お前は馬に舐められている、と言われ、まずは馬の世話をするところから始めた。馬に慣れる為に。
さて、俺は王都からバルツクローゲンまで約一日で来たが……今回はシンシアも居る。そんな強行軍は出来ない。途中いくつか村があった筈だ。そこで宿を取りつつ向かうとしよう。
「あ、アルフェルド……ちょっと早くないですか?」
「……ぁ、申し訳ありません……」
いや、かなりゆっくり目に馬は進んでくれているのだが。
まあ慣れだな、これは。
その時、冷たくも気持ちのいい風がゆっくりと過ぎ去っていく。
風に乗って緑の香りがする。シンシアも気持ちよさそうに目を細め深呼吸。
「気持ちいいですね。私は今まで大書庫に籠っているばかりでしたが……こういうのも……」
「そうですね……」
「アルフェルドは……今まで旅とか……」
「任務で何度か。まあ私は王都直属なので……そこまで遠くには行ってませんが……」
シスタリアは広い。この大陸の半分以上を占める大国。バルツクローゲンのような街など無数にあるし、中には王都よりも栄えている街もある。
「シンシアはバルツクローゲンから出た事は無かったんでしたね。王都も初めてですか?」
「幼いころに両親に連れられた事はありますが……あまり覚えてません」
両親か。
そういえばバルツクローゲンでシンシアの両親と会わなかったな。
「シンシア、ご両親はどちらに?」
「今は……グランドレアに居ます。なんでも守護霊の研究をするとかで……」
グランドレアか。竜の国と言われる、この大陸でシスタリアの次に大きな国だ。シスタリアとは友好的な関係を保っており、あちらでは召喚術が盛んだと聞いたことはある。
「守護霊ですか。ちなみに、シンシアは持っているのですか?」
「はい……でもちょっと難しい子なので、中々触媒の中から出てきてくれないんです。ぁ、でもカッコイイ男性が好みなので……アルフェルドが祈れば応じてくれるかもしれませんね」
「いや、私は……」
今まで守護霊など使った事は無い。
いや、使うのではなく力を借りるだったな。モモルさんが確かそう言っていた。守護霊の望みを叶える代わりに、少し力を貸してもらうのだとか。
「ちなみにシンシアの守護霊はどんな望みを持っているのですか?」
「それは……お酒です」
……酒?
酒とはあの酒だろうか。
「はい、そのお酒です。なんでも生前はお酒が大好きだったらしくて……晩酌に付き合うなら手を貸してやってもいいって言われるんですけど……。私、そこまでお酒は強く無いんですよね……」
なら何故そんな守護霊を持っているんだ。
というか、先ほど難しい“子”と言っていた気が……。子供なのか?
「見た目は子供ですが、ちゃんと成人してるんだとか……。私は魔術の実践をする時とかに、たまに手伝ってもらっていますね。戦いには……私もこの子も役には立ちませんが……申し訳ありません」
「いえいえ、そこは私に任せて頂けないと。何のための護衛か分かりませんしね」
そのままゆっくり街道を進み続ける。
太陽が真上に昇ってくる頃、俺は木陰で昼食を摂ろうと提案。
なにせ今日の弁当はモモルさんが作ってくれた物だ。俺は既に、モモルさんの料理が好物になりつつある。
「モモルさんのお弁当ですか……本当は私が作ろうと思ってたんですが……」
残念そうに言うシンシアを見て、俺は心の中でそれは勘弁してほしいと呟いていた。俺が寝込んでいる間、シンシアが粥を作ってきてくれた事があった。だが、粥とは思えない激辛仕様。手足をベットに固定され、絶対安静の俺の口へと運ばれる粥。これは一体なんの拷問なのだ、と本気で思ってしまった。結局数口食べた所でリエナ様が来て助かったが……。シンシアには出来れば料理に携わって欲しくない。とんでもなく辛党なのだ。あの粥もシンシアはペロっと食べてしまった。
「わっ……猫さんの形をした卵焼きですよっ、モモルさん器用ですね」
猫の姿をした魔人が、猫型の卵焼きを作るのか。なんだかモモルさんを食べているようで、非常に申し訳ない気持ちになってくる。
「ところでアルフェルド……師匠から聞いたのですが、勲章を授与されるという話が出ているそうですね」
「あぁ、そうみたいです……まあ、でも辞退しようかと……」
「え?」
シンシアは信じられない、という目で俺を見てくる。
コイツは何を言っているんだと言わんばかりに。
「ど、どうしてですか?」
「……まあ、簡単な話です。私のような没落した貴族の人間が勲章を授与されるとなると……名貴族の騎士の方々が良い顔されないと思いまして……」
「え? それ、気にする所ですか?」
シンシアはハンバーグを食べようとして手を止めたまま俺の話を聞いていた。
俺は「どうぞ」とハンバーグを食べるよう促しつつ、話を続ける。
「王都直属でなければ、そこまで気にする必要も無いと思いますが。今回授与される勲章は、歴代の騎士の中でも数人にしか与えられてない物です。大変に名誉なだけに、風当たりも強くなってしまうんですよ」
ゴク……とハンバーグを飲み込みつつ、シンシアは俺に顔を寄せてくる。
「そんなのダメです! 名誉な勲章なら貰っておきましょう! 旅の役にも立つのではないですか?」
あぁ、成程。
そう言われればそうかもしれない。大抵の騎士は協力的になるだろうし……。
いや、しかし……それでも力を持っている貴族に睨まれては……。
「アルフェルド様の貴族のイメージ、悪すぎませんか? 私だって……オルレアン家はそれなりの……」
「あぁ、いえ……だからシンシアには少し言い辛かったんです。まあ、確かに……私の中の貴族のイメージは悪すぎるかもしれません」
まあ、それなりの経験をしてきた上での結論なんだが。
「なら……王都に着いたら、まずベディヴィア家に挨拶に行きましょう。あそこの当主様はとても良い方なんです。最近はお会いしてませんが……私が子供の頃は良く遊んでいただけましたから……」
「ベディヴィア……?」
確か騎士隊長の中にベディヴィアという家名の人が居たような……。
駄目だ、思い出せん……。シスタリアの騎士団は規模が大きすぎる。もしかしたら会った事はあるかもしれないが……。
「まあ、でもアルフェルドが要らないというなら……私に文句を言う権利はありませんよね……。凄く勿体無いとは思いますけど……」
「……分かりました。前向きに考えてみます」
頬を膨らませるシンシアへ、そう言い放つと途端に明るい顔に戻ってくれる。
なんだろう、この落差は……まるで妹か何かを相手にしているようだ。俺に妹は居ないが。
そのままモモルさんお手製の弁当を食べ終え、しばらく休憩。するとシンシアはいつのまにか寝息を立てて眠ってしまっていた。馬がモソモソとシンシアのローブを齧っている。
「……起こすべきか……しかし……」
凄まじく気持ちよさそうに眠っている。
起こすのが悪く思えてきてしまう程に。
だが太陽が沈む前に、村で宿を取らねばならない。
ただでさえ速度が遅いのだ。
「シンシア……シンシア」
「……ん……マルコシアス様……」
眠りながら、涙を流すシンシア。
「……シンシア……」
明るく振舞っていても、愛した人間を失ったのだ。
そう簡単に心の傷が塞がるわけがない。いや、一生塞がらないだろう。
「……俺に……どうやったらマルコシアスの代わりが出来るんだ……」
代わりなど出来るわけが無い。
シンシアにとって……愛した男はたった一人なのだから。




