12.アルフェルド
《シスタリア王国 バルツクローゲン》
あの魔人との戦いから五日後。俺はシンシアとリエナ様の看病でなんとか出歩く事が出来るまでに回復した。今現在、俺はモモルさんの作ってくれる朝食を頂いた後、シンシアにバルツクローゲンの中を案内してもらっている。王都と比べて古い建物が多く残っており、風情を感じる街並み。そして静かだ。
「この街は昼間は眠っているんです。住んでいるのは魔術師ですから。魔術師の大半は夜行性ですからね」
「……そうなのですか。何か理由でもあるのですか?」
素朴な疑問をシンシアへとぶつける。
するとシンシアは顎に手を当てつつ、数秒考え、俺にこう回答を返してきた。
「理由は色々とありますよ。しかしそもそも、夜という時間帯は魔術師にとって特別なんです。その始まりは……かの魔人、ガラドグレイジスに由来していますが……」
人間と共存を望んだ“神に等しい魔人”か。
魔術の祖とも言える存在で、今も何処かで生きているという噂がある。
「ガラドグレイジスは月と同調する魔人ですから。魔術自体、夜という特別な時間に編み出されたとされています。そのせいか、魔術師達は頭のどこかで動くなら夜だ、って思ってるのかもしれません。勿論人それぞれですが……」
「なるほど。シンシアもそうなのですか?」
「そうですね……私は昼間に勉強して、夜に少し実践……という感じでしょうか。アルフェルドに治癒術を施していたのも、夜でしたし」
そういえばそう……だったような気がする。
真夜中に起きると、ベッドの横に必ずと言っていいほどリエナ様かシンシアが居た。
最初は幽霊でも居るのかと思ってしまったが。
俺とシンシアは民家の隙間を縫うように街の中を探索する。
木造の建物が大半だ。王都の方では石造の物が多いが。
「シンシア、今は何処に向かっているのですか?」
「フィーリスの塔です。ぁ、大書庫は別に行かなくてもいいですか?」
大書庫か。最初にシンシアと出会った場所だ。そこで俺は彼女へとマルコシアスの死を告げた。
「シンシアに任せます。それより……一刻も早く王都へ向かいたいのでは……」
「……アルフェルド様の……いえ、アルフェルドが万全になってからで構いません。でないと……私はまたマルコシアス様に叱られてしまいますから」
優しく微笑む彼女に、俺は申し訳ないと思ってしまう。
彼女は今すぐにでも王都へ赴きたい筈だ。マルコシアスに会う為に。
だがもう遺体は土の中だろう。せめて墓参りだけでも……出来るだけ早くさせてやりたい。
「実は私、アルフェルドの事はマルコシアス様から色々と聞いていたんです。幼馴染である事とか、幼い頃から一緒に騎士を目指して鍛錬していたとか……。アルフェルドの事を話す時はいつも楽しそうでした。少し私は妬いていたんですから」
「そ、それは申し訳ありません……マルコシアスとは幼い頃から一緒でしたからね……」
いいつつフィーリスの塔、大書庫へと到着する。
民家の隙間を縫っていたのは近道だったのか。モモルさんにクラリスの塔へと案内された時より格段に速く到着した。
「アルフェルドは……本は好きですか?」
「まあ、人並み程度には……」
正直言えば勉学は苦手だ。俺の実家であるマルカル家も没落したとは言え一応は貴族。それなりに教養は受けているが、俺は本を読んでいるより剣を振っている方が楽しかった。
「あまり好きそうではありませんね」
シンシアは俺の表情を見るなり、意地悪っぽく微笑んでくる。
不味い、見透かされている。
そのまま塔の扉を開けて中へと入るなり、モモルさんが気づき挨拶してきた。
「ごきげんよう、アルフェルド殿にシンシア殿。もうお体はよろしいので?」
「はい、お陰様で……。モモルさんにもお世話になりました」
俺はここ数日、このモモルさんが作る料理を食していた。
なにせ、シンシアもリエナ様も料理は大の苦手らしい。ここにきて初めて食べたあの鍋一杯の料理も、モモルさんが作ってくれた物だ。
「またいつでも腕を振るいますぞ。では何かあればお声を掛けてください。まあシンシアが居れば何も問題ないとは思いますが」
「……? あぁ、はい。ありがとうございます」
モモルさんはそのまま大書庫の奥へと。
ここの管理者という話だが、この量の本を全て一人で管理しているという事か?
高く聳え立つ大書庫の壁という壁に本棚が敷き詰められている。一体どれだけの本がここにあるのだろうか。
「アルフェルド、こっちです」
大書庫で呆気にとられていると、シンシアへと声を掛けられ俺はそちらへと歩み寄る。
シンシアは一つの机を陣取り、既に一冊の本を開いていた。俺は隣に座るように促され、言われるままに席へと付く。
「このお話は知っていますか? 一人の女の子が、空飛ぶ羊の背に乗って旅に出るお話です」
「……羊が空を……?」
なんということだ。
この世界には俺の知らない事がまだまだあるらしい。まさか空を駆ける羊が存在していたとは……。
と、シンシアは真面目に考える俺を見てクスクス笑っている。
「す、すみません……真面目に考えているアルフェルドがおかしくて……えっと、羊は空を飛びません」
「……わかっていますとも」
そう答える俺に、シンシアは口を塞ぎ、苦しそうに笑い出した。
何がそんなに可笑しいのか。
「ご、ごめんなさい、なんでもありません……。アルフェルド……嘘を付けないタイプですね」
「まあ、よく言われます。それより、この本はどんなお話なのですか?」
シンシアは「ぁ、逃げた……」と微笑んでくる。
別に逃げたわけでは無い。恥ずかしいだけだ。
「このお話は児童小説として執筆された物です。何を隠そうフィーリスが著者なんですよ」
「英雄フィーリスですか……」
「はい、ふかふかの羊の背に乗って旅に出る……。誰もが憧れるシチュエーションですよね」
そうだろうか……羊の背など乗れるのか?
それにフカフカと言っても……羊の毛は油でギトギトだ。そこまで気持ちのいい物ではないが……。
「アルフェルド、これは児童小説ですから」
「あ、はい……」
シンシアは俺が無粋な事を考えている、と見抜いているようだ。
不味い、この子の前では俺は嘘を付く事が出来ない。
「それで……この女の子と羊は何を目的に旅をするのですか?」
「それは……花です」
花? と首を傾げる俺に、シンシアは目を輝かせながら説明してくる。
「アルフェルドはアンジェロとバルクイナの伝説を知っていますか?」
「……名前は聞いたことはありますが……」
アンジェロはウェルセンツと呼ばれる国の英雄だ。そしてバルクイナは魔人だという事は聞いたことがある。だが二人のエピソードなどは詳しくは知らない。それなりに有名な話だそうだが。
「アンジェロとバルクイナの伝説とは、それぞれ人間と魔人でありながら恋に落ちた二人のお話です。少し前までは創作された物語と言われてたんですが、最近では真実なのでは、と囁かれてますね」
そのまま、その伝説を解説しだすシンシア。
その伝説とは、簡単に言えば戦争の話だ。このシスタリアと海を挟んで東にコルネスと言われる大国が存在する。十五年前、シスタリアと大戦が勃発した騎士の国だ。その国の南に、ウェルセンツという国がある。アンジェロはそのウェルセンツの五百年前の英雄だ。
「五百年前、コルネスとウェルセンツの間に戦争が起きました。戦局はコルネスが圧倒的に有利。ウェルセンツはいよいよコルネスに侵略される、という時……アンジェロは部下の騎士を連れて逃げ出したんです」
「騎士が国を捨てて逃げたのですか。それは……」
なんとも許しがたい話だ。そもそも騎士とは国を、民を守る為に存在しているというのに。
「当時のウェルセンツは兵の数で圧倒的に不利でした。そこで、女子供も剣を取り戦おうとしていたのです。アンジェロは元々、民に絶大な信頼を得ていた騎士でしたから。降伏という選択肢もあった筈なのですが、人々は皆アンジェロと共に戦えば道が開けると思っていたのですね」
「それなのに……アンジェロは逃げたのですか?」
「はい。アンジェロはこう考えたんです。このままコルネスと戦えば、民は皆殺されてしまう。でも自分が逃げれば、民は失望し降伏するのではないかと。結果はその通りになりました。逃げ出したアンジェロに失望した民は皆武器を捨て、コルネスに服従する形で降伏したのです。しかしそのままでは国民は皆……奴隷にされてしまいます。そこでアンジェロは逃げ出した後、単身コルネスの王の元へと赴き、民を開放するよう説得を試みたんです」
そんな調子のいい話があるわけが無い。
英雄とは言え、たった一人の人間と国民を引き換えにするメリットが何処にある。
「今、アルフェルドが考えている事は良く分かりますよ。でもコルネスにはあったんです。ウェルセンツの民を開放してでも、アンジェロの要求を呑む理由が」
「……それは一体……」
「それはバルクイナという魔人の存在です。その時既に、バルクイナとアンジェロは特別な関係にありました。勿論その事は誰も知らない秘密でしたが、コルネスはどこからかその情報を手に入れていたんでしょうね。そしてアンジェロなら……バルクイナを殺せると睨んだんです」
そこまでして一匹の魔人を殺したいという事か。
バルクイナという魔人はそこまでの存在だったのか?
「バルクイナはガラドグレイジスと並ぶ程の魔術師でした。魔術の歴史が浅いコルネスにとって、バルクイナは厄介すぎる相手だったんです。しかしバルクイナはコルネスに対して特に敵対するような事は行っていません。ただその存在が脅威……という理由で、コルネスはアンジェロに……バルクイナを殺すよう命じたのです」
「……それで、どうなったのですか?」
俺はいつの間にかシンシアの話に夢中になっていた。
民を守る為に単身、敵国の王の元へと赴いた騎士。だが民を救う代わり、恋仲に落ちていた魔人を殺さねばならない。
「アンジェロは……バルクイナと密かに会っていた洞窟へと赴き……彼女を殺しました。民を救う為、自分の愛した女性を殺したんです。そしてアンジェロもその場で自ら命を絶ち……それを見届けたコルネスの使者は国王へと報告し、ウェルセンツの民は解放されました」
「それは……酷い話ですね。それで……その伝説と空飛ぶ羊はどう関係しているのですか?」
「あぁ、そうでした。当時、この空飛ぶ羊の話を執筆したフィーリスは、その真実かどうかも分からないアンジェロとバルクイナの話に深く悲しんだと言われています。そこで、フィーリスは実際にその洞窟まで赴き、種を蒔いたんです。この種が芽吹き花が咲く時、二人の愛は成就する……と。そしてついでに……伝説に少し色を付け加えました。その花を見た者は幸せになれる……と」
「伝説を勝手に改変したんですか? 随分身勝手な事をしますね」
「ま、まあフィーリスとはそういう人だったという事ですね。そして自分の執筆する物語にも、その花を登場させました。それが、この空飛ぶ羊と女の子が旅をする目的である……恋の花です。この物語の最後はこう締めくくられています。空飛ぶ羊は実は人間と共存を望む魔人で、女の子と二人で花を見て……幸せにその後の人生を過ごしたと……」
魔人と共に幸せに暮らす……か。
フィーリスは共存を望んでいたのか。
しかし確か……フィーリスが英雄視される理由は、魔人を数多く葬ったとされていた筈だ。
なんか矛盾している気がする。
「この時までは、フィーリスは魔人との共存を望んでいたんでしょうね。でも彼は弟子のクラリスが目の前で魔人に殺されるのを見て……一変しました。フィーリスは復讐を選んだんです。目につく魔人を次々と殺して……最後はガラドグレイジスにも挑みましたが……殺されてしまいました」
そうだ。その話は知っている。
ガラドグレイジスが『人間に手を出すな』と言い放った切っ掛けはフィーリスだったと。
「もしかしたら……ガラドグレイジスはフィーリスのかつての意志を汲み取ってくれているのかもしれませんね。彼の執筆した小説の大半は、魔人と人間が手を取り合って……というのが多いんです。それゆえに人々から反感を買う事もありましたが、彼はクラリスが殺される直前まで信じていたんです。魔人と共存できると……」
「……フィーリスはやはり身勝手な人間ですね。魔人に身内を殺された人間は多い。そんな人間を目の前にして共存できると力説しておきながら、いざ自分の身内が殺されると復讐に走るんですから」
「彼はその矛盾に苦しんでいたと思いますよ。だからこそ……ガラドグレイジスも……。アルフェルドはどう思いますか? 魔人と共存など……夢物語だと思いますか?」
その質問に俺は、腕を組んで考え込んでしまう。
魔人と共存……今まで俺は殺し合いしかしてこなかった。
つい先日も、ザナリアと殺し合いを楽しんでいたのだ。彼らと共存するなど……夢物語だ。
だが俺はその時、頭の中で彼女を思い浮かべていた。
あの戦場で出会った彼女。俺が一目惚れし……いつまでも戦っていたいと願った彼女。
「……いつか……共存できる日がくると思いますよ。彼らとは同じ世界で過ごしているのですから」
俺のその解答が嘘だと、シンシアは見破っているのか……静かに本を閉じる。
そして最後にこう俺へと呟いた。
「私、信じていますから。いつか……モモルさんみたいに、彼らと楽しく過ごせる日々が来ることを……」




