プロローグ/ある少年の挽歌
初めに色彩が消えた。――それはさながら血が足りない脳のように。
そして光が消えて。――それは意識が飛ぶ直前にも似た。
何も見えない。
ここで終わりか――と、そんな風に悟った。
自分が生きて観測し、積み上げてきた世界を、諦めるときが来た。
ここで消える自らと、自分が内包していた世界。
きっと誰もが大事に抱えていたであろう、それを。
だって、ヒトはそもそも主観世界をしか生きることができない。
それがここで、潰える。
漆を塗ったような艶とは明確な差異を持つ、すべてを飲み込む穴を覗くような、ただ何もない、ただ何もないだけの、世界の終わりのような暗黒の中で。
終わることを、悟った。
それでも。それでも、それがとても悔しくて。怖くて。狂いそうだと。そう感じた。
意識が薄れゆくときにも似た世界の中で。
死に瀕したような景色の中で。
すべて消えゆく時の中で。
「光あれ」、と。
深淵を覗いた哲学者の辞世の言のように、あるいは皮肉か、創世を告げる神の御言葉のように。
録音した自分の声のような、聴き慣れた歌を音程を下げて歌うような、声を枯らした友人の声のような、振り絞って出した声のような――よく知っているようで知らないような、そんな声を、聞いた。
その言葉を引き金に、かろうじて残っていた意識が漂白される。
五感は総てまっさらに還り、自我が白光に溶けた。
そして、五感ではないどこかで。何か大事な、自分が自分であった所以が、自分の存在というべきモノが、生命の本質たるナニカが、弾けて飛び散るのを識った。
――――――――――――そんな風に、ある命が散った。
――――――――――ある一人が見ていた世界は消えた。
――――――――かくてある少年の生は終わり。
――――――ある一つの世界が潰えた。
――――はずだった。
少年は、見知らぬ新天地で目を覚ます。
ここから、物語が始まる。