【カナ】
何!?アレ、なんだったの!?
心の中で叫びながら、カナは自分の腕を抱き摩る。
脳裏に焼け付いて離れないシュウジの苦悶の表情。
彼の足元から火を放った【アレ】の顔。
皮膚がぞわぞわするような恐怖が足首から全身に広がる。
シュウジに掴まれた感触が消えない。まるで呪いのように、ジクジクと疼く。
「カナちゃん、大丈夫?」
カツキが傍に寄ってくる。
大丈夫?大丈夫な訳がない!
ここは何も見えない闇の中。地形も、何処に何があるかも分からない。
唯一の逃げ場である階段の前にはシュウジの死体があるのだ。
――逃げ道がない。
カナはイライラと髪を弄る。
「そうだよねぇ、恋人が……だもんねぇ」
「もう、撮るの止めてよ!」
思わず、カツキのビデオを叩き落す。
「おい、騒ぐなよ!【アレ】が来たらどうすんだよ!?」
「マサヤも声大きい!」
リコが小声で諫めて、泣き出してしまったサユリの背を撫でる。
シュウジを殺した【アレ】に気付かれないように、今は懐中電灯を1つしか付けていない。
ぼんやりと見える4人の顔を見ながら、カナは強く思った。
生きたい。この中の誰を犠牲にしても。誰をエサにしてでも、踏みつけてでも、自分だけは生き残ってやる、と。
その為にはどうすれば良い?
考えに耽って、思わず噛みそうになった爪を引っ込める。昨日可愛いネイルをしたところなのに、傷つけるなんて、もったいない。
ああ、こんな事になるなら肝試しなんて参加しなければ良かった。
内心大きなため息を付いて、はた、とカナは動きを止める。今、自分はとても奇妙な事に気付いてしまったのではないだろうか?
まさか、そんな……。
混乱する頭でカナは携帯電話を引っ張り出す。
ここは地下。圏外なのは予想がついていた。問題なのは、そこじゃない。
震える指で画面をタップする。
大切な予定は、絶対に書き込んでいるはずだ。
書き込んでいない事など、ありえない。昨日の日付にはちゃんと『ネイル』と書いている。
けれど、今日の日付は空白だった。
「あはは…」
カナの口から零れたのは乾いた笑い。
「どうしたの?」
リコが咎めるようにカナを見上げる。その眼をじっと見返して、カナは口を開く。
「ねぇ、みんな……なんで肝試ししてるの?」
その言葉に全員が顔を見合わせた。
誰も発案者が分からなかったのだ。
「カナたち、ここに【来た】んじゃなくて【呼ばれた】んだよ!」
全員の顔から血の気が引く。ドロドロとした沼のような沈黙だけが蟠る。
カナは辺りを見渡す。誰だ、次の犠牲者は?そう問うように。
その時。
彼女の瞳が捉えたのは、あの黄色く腐った眼球だった。
「きゃぁああああああ!!!!!」
叫んでも、もがいても、手首を掴む手は離れない。絡みついた運命のように、しっかりと。
周りにいた4人がさっと後退する。助けを求めて伸ばした手は空を掻く。
その時、カナは確かに聞いた。
脳内で響く掠れた声を。
『witch‐hunt』
まるで世界中の悪意を煮詰めたような声が、脳内で何度も反響する。
カナには、その言葉の意味が分かってしまった。通じてしまった。
「違う、カナは魔女じゃない!!!!!」
掻き消そうと強く頭を振っても、その声は消える気配を見せない。
蹲って、耳を押さえて仕舞いたい。その思いも虚しく、手首を掴む手が恐ろしい力でカナを引き摺る。
向かう先には大きな人形があった。鉄で作られたその胴体が、軋みながらゆっくりと開く。獲物を飲まんと待ち構える蛇のように大きく開く人形の腸。中にはびっしりと針が植えつけられていた。
無慈悲な手はずるずるとカナを引き摺っていく。
このままでは、あの針の山に体を貫かれてしまう。
カナは髪を振り乱し、石壁に爪を立てて抵抗する。
それでも、腕を引く力はまるで変わらない。
綺麗にデコレートされた爪が割れ、剝がれ、石の壁に紅く、歪な線を描き出す。
「いやぁぁああああぁぁあああああ゛!!!!!!!!!!!!!」
抵抗も虚しく、押し込まれ、背中に無数の針が突き刺さる。
痛みに泣き叫ぼうとも、男の表情は何も変わらない。そして、カナを飲み込んだ『鉄の処女』にも慈悲などない。内側に針を植えられた扉がゆっくり閉じていく。
カナは眼を閉じる事も出来ず、ただ迫る針を凝視した。
きっちりと閉じた『鉄の処女』の胎から零れたのは、カナの末期の悲鳴と、真っ赤な血の河だった。