【シュウジ 後編】
中には階段があった。ぽっかりと口を開け、闇の中へ落ち込むように、下へ下へ続いている。
気付いた時には、脚を踏み出していた。
何かに誘われるように6人全員地下へと進んでいく。
細く、急な階段だ。地下水でも漏れるのか、石で出来た階段が酷く滑る。
「気をつけて」
声を掛け合いながら、ゆっくり進む。手すりは無いが、両手をゆるく突っ張れば左右の石壁に触れる。そうしておけば、落ちることはないだろう。
自分の前を歩いているのはマサヤ。後ろはカナのはずだ。
分かってはいる。だが、シュウジは背を這うような寒気を感じずにいられなかった。
自分の呼吸や、心音までが煩くて堪らない。怖い。なのに、何故か脚は止まらない。
永遠のように長い階段を降り切って、なんとか6人ともが無事に地下室に辿り着いた。
「怖かったぁ!」
後ろから抱き着いてきたカナを、思わず突き飛ばしてしまいそうな程、シュウジは怯えていた。
ここに、何かがいる。そう思えてならないのだ。説明はとても難しい。気配…いや、もっと明確な何か。
例えば……視線のような。
其処まで考えてシュウジはぞっとした。
何かに見られている。強くそう感じたのだ。
「なんだ、あれ?」
カツキの声で、ふっと我に返る。
雰囲気に飲まれるな。大丈夫だ。シュウジは一度深く呼吸した。
カナの手を取って、天井付近へカメラを向けるカツキの傍に寄る。
其処にあったのは、大きな十字架だった。
「ここ、教会?」
リコが首を傾げる。
だが、白木の十字架だけが天井からロープでぶら下っている様は、どう見ても教会には見えない。
一体、これはなんだ?
シュウジが一歩を踏み出す。
途端。
「うわぁああ!」
真っ暗な地下室の石壁にシュウジの絶叫が轟く。
何かが脚に絡みついた。それが物凄い力で引かれる。
バランスを崩して倒れると、引き摺る力は、ますます強くなった。
このままでは死ぬ。本能が警鐘を鳴らす。
死に物狂いで床を掻く。手を伸ばす。偶々手に当たった脚をシュウジはありったけの力で掴んだ。
「た、すけて…」
腹這いの姿勢のまま、シュウジが見上げた顔は、カナだった。
彼女は真っ青な顔でシュウジの手を見つめ、甲高い悲鳴を上げた。
シュウジが掴んだ手が、カナの渾身の力で振り払われる。
外された手は、虚しく空を掻いて、シュウジは腹の底から叫んだ。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
引き摺られ、引き上げられ、吊られたシュウジの背がぴったりと十字架に付けられる。
「な、なんだ……?一体、何が…」
震える声で呟きながらマサヤが闇雲に周囲を照らす。
その時、サユリが悲鳴を上げた。
5人の懐中電灯の光が、ゆっくりと十字架の真下へ集まっていく。
そこに、辛うじて人間の男と推察できる姿かたちの【何か】が立っていた。
骨格にそのまま皮を張ったような痩せた体。
のっぺりとした蒼白く、全く表情を見せない顔。
黄ばみ、淀んだ両目は互いに違う方向を見ている。
そして、枯れ枝のようなその腕がシュウジの足首を絡げたロープをしっかり掴んでいるのだ。
「助けて!!俺は、魔女じゃない!魔女じゃ……」
天井近くの十字架へ逆さに張り付けられてシュウジは頭を掻き毟って大声で意味不明な事を喚きたてる。
だが、ロープを掴んだままの【何か】は、全く何の反応も見せなかった。
その痩せた体でシュウジを吊り下げているというのに、息の一つもあがらない。
いや、そもそも呼吸をしていない。
――人間じゃない。
これから、この【何か】が恐ろしい事をする。
皆、分かっているのに、脚が縫い付けられたように動かない。
その時。
【何か】が持っているロープに火がついた。
炎はあり得ない速度でロープを昇ってシュウジの体へと広がる。
「あ、嫌だ、嫌だぁああぁあああぁぁあぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!
俺は魔女じゃない、熱いぃ゛!!!」
広がる炎に成す術なく火達磨になったシュウジが悶え、のたうち、背を逸らす。
それでも、火は意思があるかのように、絡みついて離れない。
「に……逃げろ!!」
舞い落ちた火の粉に触れて、呪縛が解けたように正気が戻った。
マサヤが上げた一言で、皆一目散に走り出す。
後ろから、シュウジの振り絞るような声と、彼の焼ける匂いが、5人の背を追いかけてきた。