【シュウジ 前編】
城の中は、かつて子供用の迷路探索アトラクションだったらしい。それを主張するように、色とりどりに彩られ、ウサギのキャラクターが描かれた看板などが置かれている。
きっと明るい光の元でみれば可愛らしいのだろう。だが、暗い中、懐中電灯に照らされている姿は不気味でしかない。目を離した隙に動き出しそうだ。
その上、石壁は音が響く。揃わない、それぞれの靴音。反響するそれは、数えれば1つ2つ多くなっていそうな気がする。
全員の歩みが先ほどより格段に遅くなっていく。
正直な話、シュウジは今、マサヤを恨んでいた。この城に入るハメになったのは、マサヤのせいだ。彼が強がって、一歩を踏み出さなければ帰るという選択肢もあったのに。
どうせ、サユリにいいところを見せた心算なのだろう。
思わず口から出そうになった溜息を慌てて飲み込む。自分の腕に縋るカナには聞かせられない。
カナは、あれで気が強い。金持ちの家で蝶よ、花よ、と育てられたお嬢様気質なのだ。
今日の肝試しだって、シュウジは嫌だった。暑いし、面倒だし、どうせカナのご機嫌取りをしないといけない。
彼女と上手く結婚できさえすれば将来は安泰。
カナの父親が経営する会社も、いつか自分の物になる。
彼女と付き合う長所はそれだけ。彼女も、どこかでシュウジの本音を察している。だから、シュウジとカナの間は他人が知っているよりずっとドライだ。カナは主君よろしくシュウジになんでも雑用を押し付ける。シュウジはシュウジで、素知らぬ振りをして『良い彼氏』を演じる。
親に無理やり結婚させられるよりは、とカナも思っているのだろう。
もしくは、この恋愛ごっこを楽しんでいるだけ、か。
「どうしたの、シュウジ~?」
「なぁんでもないよ、カナ」
顔の筋肉に覚え込ませた微笑みでカナの手指を絡めとる。
「地下って何処から入るんだよ?」
つい口を噤んでしまうメンバーの士気を上げるように、マサヤが若干大きな声を上げる。彼も怖がっているのだろう。自業自得だ、とシュウジは内心で舌を出した。
「あ!」と、リコが閃いた、というように一つ手を打った。
「もしかして、従業員通路とかじゃない!?」
「おお、ビンゴかも!」
相変わらずカメラを構えたままのカツキが、グッと親指を立てて見せる。
早速、各々手にした懐中電灯で辺りを照らしていく。ここは元遊園地。きっと、従業員用の出入り口にしても奥まった場所にあるのだろう。ならば、非常用出口のマークを探すのが早い。非常口は普段客に見せないバックヤードに繋がる可能性が高いからだ。
ゆっくりと、シュウジは上を照らしていく。
もうこうなったら、厄介な肝試しなど早く終わらせてクーラーの効いた家帰りたい。
「おい、あったぞ!」
埃を被って見え辛いが、確かに走る人のマークがあった。
「シュウジ、すご~い!」
カナが横できゃっきゃと歓声を上げる。
先頭にマサヤ。次にリコ。手を引かれているサユリ。シュウジとカナ、そして最後尾でカツキが全てをビデオに撮って歩く。
非常口マークの真下に、鉄製の扉があった。鍵がかかっていれば、諦めて帰る運びになるだろう。シュウジはそう踏んでいた。だが、期待に反して鍵は開いていた。いや、正確には壊されていた。
恐らく、フェンスからの獣道を作った、自分達以前の侵入者の仕業だ。
そろり、と開かれた扉。その奥は、装飾の一切無い廊下だった。
先程までいたアトラクション空間とはあまりにも違うがらん、とした空気に、また一同息を飲む。
道なりに、道なりに、廊下を進む。途中【休憩室】と書かれた扉があった。念の為と開けてみる。少し前まで、ここでスタッフが休憩を取っていたのだろう。机や、古いテレビ、小さなシンクが雑然と存在し、そして全て埃に塗れ、蜘蛛の巣のかかる物まである。
「人がいないだけで、こんな荒れるんだなぁ」
マサヤが呟いた言葉に、皆頷く。
「おい、アレ変じゃない?」
カツキが何かを指さして他のメンバーを呼んだ。
それは、奥の一番雑然とした場所だった。
「何が変なの?」
首を傾げてリコが訊ねる。
「ほら、段ボールの下に埃が無いから……これ動かしてんじゃないかな!?」
「おお、本当だ!動かしてみるか?」
何処か弾んだ声でマサヤが腕まくりのフリをする。
「ね、みんな!もう、やめようよ!帰ろう!?」
悲鳴に近い声で懇願するサユリをリコが宥めて、シュウジとマサヤで段ボールを押す。
見た目に反し、拍子抜けする程簡単に段ボールが動く。
その下から現れたのは、重たげな鉄扉だった。周りに散らばった灰色の破片から察するに、この扉はコンクリートで塞がれていたようだ。だが、今、この扉は開く時を待つように、そこにある。
「……これが、地下への扉か」
まるで蓋のように、床へ張り付いた扉の周りに集まって。何処か緊張した顔で、6人全員がその扉を眺める。
「中は何があるのか!?」
煽るように宣言して、カツキが扉を大きく映す。
ゆっくり、マサヤが取手を掴む。きぃぃ、と悲鳴じみた音を上げて、扉が開かれた。