98話 二人組
夕闇に染まる空の下、黒いローブを身に纏った二人組が歩いていた。
そこは馬車では入れない深い森の中。
見渡す限り緑が広がっており、微かに霧がかかっているせいで視界は酷く悪い。
そんな森だからこそ、人目を忍んで拠点を持つ悪党がいるのだろう。
気付けば、二人は怪しげな集団に囲まれていた。
その薄汚い身なりから賊の類だろうと考え、警戒する。
恐らく、ここらに入り込んだ冒険者を狙って狩りをしているのだろう。
武器を構えている彼らを見れば、自分たちが標的にされていることは明らかだった。
「目障りだ、失せろ」
黒いローブを纏った巨躯の男が呟く。
その背にはよく使い込まれた巨大な剣が二振りあったが、賊を前にしてもそれを手に取ろうとする様子はない。
戦う気はないのか、あるいは武器を構える必要さえないと考えているのか。
いずれにしても、その行動が賊たちの神経を逆撫でにしていた。
「……」
一方、もう一人の方は無言で佇んでいた。
ローブの上からでも、小柄な少女であることは理解できた。
盗賊たちは下卑た笑みを浮かべると、少女へと歩み寄ろうとする。
しかし――。
「警告したってのによ」
男の呟きと共に、血飛沫が舞う。
肩から腰までを身に着けた皮鎧ごと叩き切られ、賊の一人は愕然としたまま地に崩れ落ちた。
血溜まりに沈む死体の切り口は鮮やかだった。
賊が駆け出した刹那に抜刀し、瞬く間に斬り伏せた。
その時の男の顔には余裕の笑みさえ浮かんでいた。
それだけで男の技量を量れたらいいのだが、今度の賊にはそこまでの脳は無かったらしい。
ただ猛然と男に襲い掛かろうとするだけ。
男は呆れたようにため息を吐くと、背負ったもう一本の剣に手を伸ばす。
「――旋風刃」
飛び掛かってきた賊を手始めに、流れるような動きで叩き切っていく。
その動きに一切の隙は無く、近付く者は瞬時に肉塊と化していった。
さすがに技量の差を実感したのだろう。
無謀な突撃を止め、賊たちは警戒した様子で二人組の動向を窺う。
そして、小柄な少女の方に狙いを定めた。
「……アイン」
「分かってる」
男――マシブに声をかけられ、アインは頷く。
分かりやすいほどの殺気を当てられているのだ。
これで気付かない方が難しいだろう。
左手で腰に帯びた短剣を抜き取る。
それを見て、賊たちは笑みを浮かべた。
アインには片腕しかないのだ。
賊の一人が真っ先に飛び出していき――その視界が回転する。
アインは足払いで賊を地に転がすと、短剣を逆手に持ってその体に突き立てる。
「ぐあああああああああッ!」
賊が痛みに声を上げる。
だが、短剣は急所を突いてはいない。
そこから少し外れたところに突き立てられていた。
下手を打ったわけではない。
アインは短剣を引き抜くと、再び賊の体に突き立てる。
次の声は、悲鳴交じりの絶叫だった。
そして、何度も何度も賊の体に短剣を突き立てていく。
己の行いを後悔させるかのように、執拗に。
薄れゆく意識の中。
賊の男が最後に見たのは、フードの内から覗き見えた少女の顔。
狂気染みた笑みを浮かべるアインを見て、彼はどれだけの恐怖を味わっただろうか。
さすがに異常だと察したのだろう。
剛腕を持つ巨躯の男と、狂気染みた笑みを浮かべる隻腕の少女。
この二人組を狙ったのは間違いだったと気づいた頃には、彼らの半数が命を失っていた。
「くそ、撤退だ!」
賊の頭らしき男が声を上げると、賊たちは一斉に引き返していく。
さすがに深追いはしてこないだろう。
この広大な森の中で、道を見失うことは非常に危険だ。
だが、彼らには運が無かった。
狙った相手がまさか、血飛沫と断末魔に魅せられた、殺戮を好む悪魔だったとは思わないだろう。
逃げ出そうとする彼らの背に、瞬時に追いついたアインが短剣を突き立てる。
「一人も逃がさないから」
その宣告を聞いた時、一体どれだけの絶望が彼らを襲っただろうか。
背後から強烈な殺気を当てられ、彼らは泣き叫びながら逃走する。
しかし、その刃から逃れられた者は、結局一人もいなかった。
惨殺された賊の死体が転がる中、マシブは呆れたように肩を竦めた。
適当に脅して追い返そうと思っていた彼だったが、心の昂ったアインが賊を皆殺しにしてしまった。
それを止めなかったのは、なんだかんだでアインのそういうところを好いているからだろう。
「結構道から外れた気がするんだが……」
地図を見て、現在地を確認する。
森に入ってから随分と歩いたが、先ほどの戦闘で道から外れてしまっていた。
戻るには時間がかかるだろう。
マシブは空を見上げる。
日は沈みかけ、既に空では星々が輝き始めていた。
今から移動をするのは難しいだろう。
「マシブ、そろそろお腹が空いたんだけど」
「おいおい、ここで食うのか……?」
盗賊たちの死体が転がっており、濃い血の臭いが充満している。
あまり気分のいい場所ではないだろう。
とても食事を出来るような場所には思えなかった。
返答するまでも無く、アインは野宿の準備を進めていた。
この状況が特に気にならないのだろう。
マシブは疲れたようにため息を吐くと、夕食の準備を始めた。




