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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
五章 赤竜の王

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92話 赤竜の王(3)

 アインの黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカのように、自身の力を飛躍的に高めることは出来ないか。

 その思考の果てに辿り着いたものが、マシブの発動している奥義――灼化だ。


 それまでの彼は純粋に魔力による身体能力強化によって戦ってきた。

 シュミットの街にいた頃は巨大な斧を扱えるほどの腕力を誇っていたが、そこまでだった。

 彼の力任せの戦い方には武術の型も無ければ、魔力の扱いも乱暴だった。


 そんな彼の転機となったのが、シュミットの街を襲った悲劇だった。

 故郷を失い、友を失い、最愛の母親を失った彼の絶望は計り知れない。

 常人であれば冒険者をやめて戦いから離れるであろう凄惨な経験だったが、マシブはそこで折れずに歩み続けることを選んだ。


 それまでは自身の力量に不満もなく、碌な鍛錬も行ってこなかった。

 元より街の周辺で徘徊する魔物を容易く討伐できる程度の実力があったため、鍛錬を積むにしてもどうすればいいか分からなかった。

 その時にマシブが考え出した修行法は、強い魔物を討伐して経験を積むという至極単純なものだった。


 再起するにあたって、友人である魔導技師ラドニス・フォン・ヘンゼから武器が贈られた。

 それはマシブとアイン、ゾフィーの三人で討伐したブレイドヴァイパーの牙を仕立てた武具――双剣『剛蛇毒牙』だった。

 二振りの大剣を渡された時は驚いたものの、強大な力を持つ敵と対峙するにはむしろこれくらいが丁度良いと思えた。


 それからのマシブは凄まじい勢いで討伐依頼をこなしていった。

 幾度となく死の危機に見舞われたが、その全てを彼は乗り越えて成長していく。

 その過程で己の戦い方も見つめ直し、魔力の扱いも練習し、やがて『凶刃』の異名を得るほどの強さを手に入れた。


 その原動力となったのは他の誰でもない――アインである。

 少なくともマシブは、アインのことを友であり仲間であると思っていた。

 しかし、それはシュミットの街の悲劇によって否定される。


 アインはマシブのことを、廃墟と化したシュミットに置いて行った。

 今後歩んでいく道に連れて行けない。

 力が足りないばかりに切り捨てられたのだ。

 その時の悔しさは、今もなお彼の心の中に残っている。


 だからこそ、マシブは吠えるのだ。

 血に飢えた獣のように、凶暴な笑みを浮かべて。

 その背後に傷を負ったアインを庇って、双剣『剛蛇毒牙』を構える。


 赤竜の王を相手にどこまで戦えるかは分からない。

 少なくとも、全力で剣を振るえば打ち合うことは出来るはずだ。

 灼化が続く限り、力負けすることは決してありえない。


 だが、それも魔力が切れるまでだ。

 それまでにアインが回復しなければ、マシブは今度こそ肉塊に変えられてしまうだろう。

 治療はカタリーナに任せ、今は赤竜の王の相手をするしかない。


「俺がやれるってところを……見せてやるぜ、アイン」


 そう呟くと、マシブは大声を上げて赤竜の王へと駆け出す。

 既にブレスはアインが封じた。

 であれば、純粋な肉体による勝負のみだ。


「――剛撃ッ!」


 体中に力が漲っていた。

 今だけは、竜が相手であろうと負ける気がしない。


 マシブを迎え撃つ様に赤竜の王が右腕を振るう。

 だが、その腕はマシブの双剣によって弾き返された。


 赤竜の王は苛立ったように左腕を振るう。

 マシブは笑みを浮かべながら再び剛撃を放つ。

 鈍い音が響き――激しい衝撃によって赤竜の王の体が大きく揺れた。


――殺れる。


 マシブの自信が確信に変わる。

 確かに赤竜の王は脅威だが、肉体のみでのぶつかり合いではマシブに軍配が上がっている。

 それほどまでに、灼化はマシブの身体能力を飛躍的に高めていた。


 赤竜の王はそれを煩わしく感じたのだろう。

 大きく息を吸い込むと、麓のベルディンの街にも届きそうなほどの巨大な咆哮を上げる。

 直後、凄まじい重圧がマシブを襲った。


「これが、重力魔法ってやつかッ……」


 まるで体が鉛になったかのように重く感じた。

 地面に縫い付けられたかのように体が動かない。

 先ほど同様の状態に陥ったアインが身動きが取れなくなっていたのも納得だった。


 しかし――。


「こんなもんかよ、おい?」


 マシブは一歩前に踏み出して見せる。

 重力に抗うように腕を持ち上げ、双剣を構え直す。

 まるで重力魔法が効いていないかのように、再び赤竜の王に斬りかかる。


 さすがにまずいと感じたのだろう。

 赤竜の王は警戒した様子でマシブを迎え撃つ。

 その巨体を大きく捻って、その大蛇のような尻尾で薙ぎ払う。


 当たれば即死。

 そんな状況においても、マシブは笑みを絶やさない。

 なぜなら、同じ状況ならばアインも笑みを見せるからだ。


 二振りの大剣を束ね、マシブは魔力を練り上げる。

 彼の持ち得る最大限の一撃を以て迎え撃つ。


「喰らいやがれ――天地滅衝カタストローフェ


 激しい音を立てて赤竜の王の鱗が砕け散る。

 マシブの放った一撃は内側の筋肉を深く切り裂き、さらには骨をも砕いた。


 竜の頂点と謳われる赤竜の王ロート・ベルディヌ。

 かの竜は、その生涯で初めて苦痛に叫び声を上げた。

 ここまで追い詰めた者は、それこそドラグニアの建国の英雄ローレンくらいだろう。


 ドクドクと溢れる血が大地に大きな染みを作っていた。

 赤竜の王は恨めしそうに傷口を見つめた後、再びマシブに向き直る。

 そして、一歩踏み出そうとした時――バランスを崩して地に倒れ込んだ。


 赤竜の王は立ち上がろうとするが、その動きは覚束ない。

 動かそうにも手足の感覚が無かった。

 びりびりとした痺れが帰ってくるのみで、その体を起こすことが出来ずにいた。


 その様子を見て、マシブはニヤリと笑みを浮かべる。

 効いた・・・のだ、彼が仕込んでいたものが。


 双剣『剛蛇毒牙』の元となったのはブレイドヴァイパーの牙である。

 強力な麻痺毒を持っていたそれは、武具として仕立て上げる時に魔紋による制御を取り付けた。

 要するに、敵を斬り付けた際に麻痺毒を叩き込むことが出来るのだ。


 ヴェノムヴァイパーの変異種であるブレイドヴァイパー。

 その麻痺毒の強力さは、目の前の光景で一目瞭然だろう。

 麻痺毒に呻く赤竜の王を見て、マシブは荒く息を吐き出す。


「やってやったぜ……ったく、手こずらせやがってよ」


 マシブは赤竜の王に止めを刺そうと歩み寄っていく。

 その頭部に全力の一撃を叩き込もうとした時――異変が起きた。


 直後、マシブは後方へ大きく飛んだ。

 何か悍ましい力を感じたからだ。

 赤竜の王には、まだ戦う力が残されている。


 その直感は正しかった。

 先ほどまでマシブが立っていた場所は酷く抉られている。

 赤竜の王が腕を振るったのだろうが、マシブにはそれを見切ることが出来ていなかった。


 愕然と視線を持ち上げると、そこには何事も無かったかのように佇む赤竜の王の姿があった。

 否――何事も無かったわけではない。

 その体には、黒い鎖のような魔紋が浮かび上がっていた。


 一目見て、それが黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによるものだと理解できた。

 だが、それがなぜ赤竜の王に浮かび上がっているのか。

 そこまでの理解は、マシブには及ばなかった。


「くそ、どうなってやがるッ!?」


 半ば自棄になりながらも、マシブは再び武器を構える。

 赤竜の王が健在なのであれば、こちらも応戦しなければならない。

 だが、目の前のソレ・・は、先ほどまでとは明らかに違う気配を放っていた。


 最大限の警戒を以て戦うべきだろう。

 彼にしては珍しく、彼我の差を冷静に分析しようとしていた。


 そのおかげだろうか。

 刹那に訪れる死を免れたのは。


「――ッ!?」


 咄嗟に剣を交差させると、直後に強烈な一撃が叩き込まれる。

 鈍い音と共に後方に弾き飛ばされ、マシブは慌てて受け身を取った。

 灼化を発動しているというのに、受け止めた衝撃によって腕がびりびりと痺れていた。


 馬鹿げている。

 そんな感想を抱くのも仕方の無いことだろう。

 これだけ力を得てもなお、辿り着けない高みがあるのだから。


「こんなの、反則だろうが!」


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放した赤竜の王は、今のマシブでさえ足が竦んでしまうほどの威圧感があった。

 これほどの化け物を相手にしなければならないのか。

 覚悟はしていても、さすがに目の前の相手は常軌を逸していた。


 それだけではない。

 マシブの魔力は、既に限界を迎えていた。

 体を包んでいた赤い光が、徐々に薄くなっていき、やがて消え去った。


「……くそがッ!」


 肝心なところで、また戦えなくなってしまうのか。

 眼前に迫る赤竜の王を見て、マシブは悔しそうに歯を軋らせる。


 しかし――。


「下がってて」


 声が聞こえると同時に、マシブの横をアインが通り過ぎていく。

 怪我はもう大丈夫なのか。

 それを問うまでもなく、マシブは言われた通りに安全な場所まで下がる。


 尋ねる必要がないのだ。

 ちらりと見えたアインの横顔には、狂気に彩られた笑みが浮かんでいたのだから。


「我は渇望する。永劫の悦楽よ、此処にあれと――血餓の狂槍フェルカー・モルト


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの第二段階――創造。

 邪神から賜った槍を手に、アインは赤竜の王と対峙する。

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