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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
五章 赤竜の王

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87話 二体の巨竜

 討伐隊は順調に赤竜の渓谷を進んでいく。

 さすがと言うべきか、冒険者たちは手慣れた様子で道中に立ちはだかる竜を退けていた。

 長い間べルディンの街にいた冒険者が主軸となって、上手く連携を取って安全に道を進んでいく。


 しかし、その表情にも徐々に疲労の色が見え始めた。

 竜という強大な力を持つ魔物を相手にし続けているのだから、それも仕方のないことだろう。

 この調子でいくと、確実に赤竜の王までは辿り着けない。


 道も半ばまで来ると、竜たちもその力を増していく。

 生半可な力では頑丈な鱗に傷を付けることすら敵わない。

 シルバーの冒険者の中には、既に戦力として期待できないような者もいた。


 そして――。


「うわぁあああああッ!」


 後方から聞こえてきた悲鳴に皆が振り返る。

 そこにあったのは、上半身を失った状態の冒険者の残骸。

 重力に負けるように、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。


 だが、彼らの視線はその先にあった。

 その死体を作り上げた存在――深緑の巨竜。

 翡翠の瞳をぎょろぎょろと動かしている様子は、まるで餌の品定めをしているかのようだった。


 奥地に足を踏み入れたことによって、これまでとは別格の竜と遭遇してしまった。

 可能であれば戦闘は避けたかったが、相手は既に戦闘態勢に入っている。

 戦わざるを得ない状況だった。


 全員が深緑の巨竜に剣を向けようとするが、別の方向から巨大な咆哮が響いた。

 視線を向けると、そこには水晶の体を持つ巨竜――クリスタルドラゴン。


「――怯むなッ! ブレスを警戒して散開せよ!」


 カタリーナの声に、我に返った冒険者たちが散開する。

 一か所に固まってしまえば皆まとめてブレスの餌食になってしまう。


「アイン殿、そちらは任せていいか!」


 アインは頷くと、魔槍『狼角』を手に取る。

 任されたのはクリスタルドラゴンの方だ。

 体に魔力を巡らせると、アインは一気に駆け出す。


「援護するぜ!」


 アインに並ぶようにマシブが並走する。

 その手に双剣『剛蛇毒牙』を構え、クリスタルドラゴンに狙いを定めた。


 クリスタルドラゴンは二人に狙いを定めると、巨大な腕を振り下ろしてきた。

 アインは回避しようとするが、マシブは犬歯を剥き出しにして嗤う。


「喰らいやがれ――剛撃ッ!」


 巨竜の一撃を双剣で迎え撃つ。

 無謀かと思えたその行動だったが、マシブはそれを成し遂げて見せた。

 鈍い音を立ててクリスタルドラゴンの腕が弾き飛ばされる。


「今だ、アインッ!」


 マシブによって強引に切り開かれた道をアインが駆け抜ける。

 魔槍『狼角』に魔力を込め――。


「――紅閃」


 脳天に狙いを定め、一気に突き出す。

 頑丈な魔晶に守られた頭部に突き立てるが、浅い。


 クリスタルドラゴンが苦悶に満ちた咆哮を上げる。

 アインの一撃は仕留めるには至らなかったものの、脳天を大きく揺さぶるほどの威力があった。

 槍を引き抜くと、荒れ狂う巨竜から一度距離を取る。


「……固すぎる」

「全くだぜ。俺の剛撃でも腕を切り落とせなかったくらいだ」


 マシブは残念そうに言う。

 だが、アインとしてはマシブが竜の一撃を跳ね除けるほどの力を手に入れていることに驚いていた。

 以前のマシブであれば、あのまま叩き潰されていたかもしれない。


「アイン。もう一度、奴の脳天を狙えるか? 動きを止められさえすれば、俺が――」

「必要ない」


 アインは首を振ると、槍を構える。

 その表情は愉しげだった。

 ゾクリとするような悍ましさを感じるのは、果たして気のせいだろうか。


「次は確実に仕留める。援護して」

「おうよ!」


 自信に満ちたアインを見て、任せられると判断したのだろう。

 マシブは再び補助に回ることにした。


 アインが駆け出すと、マシブも追走する。

 前方を走るアインの体から昏い色をした魔力が溢れ出す。

 その力の正体は分からなかったが、マシブは本能的に危険なものであることを察していた。


 クリスタルドラゴンが怒り狂った様子で二人に襲い掛かる。

 巨大な口をゆっくりと開くと、白く輝くブレスを吐き出した。


「俺が行くッ!」


 マシブは大きく跳躍してアインを飛び越えると、巨大な双剣を構える。

 身を捩じる様に勢いを付け――ブレスを迎え撃つ様にその技を放つ。


「――旋風刃ッ!」


 その一撃と共に暴風が吹き荒れた。

 クリスタルドラゴンのブレスは搔き消され、再び道が開かれた。


 その隙を逃すわけにはいかない。

 アインは大きく跳躍すると、内に秘めた昏い魔力を一気に引き出す。

 怨嗟の声に満ちた悍ましい力が魔槍『狼角』の穂先に収束していく。


「お前も糧になれ――黒牙閃」


 奪った命の分だけ、己の力が増していく。

 そんな呪われた力を忌避する心は既に失われている。

 ただ、目の前に存在する馳走を喰らうことしか、今のアインの意識には無い。


 突き出した槍は、クリスタルドラゴンの脳天を穿ち――粉砕する。

 内部で魔力を爆ぜさせたことによって、その頭部は跡形も無く破壊された。

 頭部を失った体は、大きな音を立てて地に倒れ込んだ。


――やはり、力が高まっている。


 アインは自分の右手を見つめる。

 皮手袋の内側には黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが隠されている。


 ヴァルターの力は、同じ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカでもアインとは異なっているように見えた。

 もしかすれば、保有者によって性質が異なっているのかもしれない。

 彼の力の正体は全く想像が及ばなかったが、自身の力の正体は単純だ。


 命を奪えば奪うほど力が高まっていく。

 そんな悍ましい力を手にして、アインは歓喜していた。

 魔物であろうと、人間であろうと、情けをかけることは無意味。

 殺すことに新たな意義を見出せたのだから、邪神に感謝すべきだろう。


 もっと力が欲しい。

 もっと殺したい。

 もっと、もっと……。


「……おい、アイン。大丈夫か?」


 マシブの声にはっと我に返る。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力に惹かれるあまり、我を失っていたようだった。

 それはまるで、力を解放している時のように。


「大丈夫。少し、考え事をしていただけ」

「それならいいけどよ……」


 マシブは心配そうにアインを見つめていた。

 アインの事情を知っている彼だからこそ、余計に不安になってしまうのだろう。


 反対側では深緑の巨竜を討伐し終えたらしく、カタリーナが討伐隊に指示を出しているところだった。

 まだ赤竜の王の住処までは遠い。

 疲弊しきった様子の討伐隊を見る限り、彼らがこれ以上の戦闘に耐えられないのは明らかだった。


「カタリーナ。彼らはもう、べルディンの街に返すべきだと思う」

「ふむ……そうだな」


 アインとしては、足手まといになる彼らをこれ以上連れて行くべきではないと考えていた。

 いざという時に黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを使うことを考えると、余計に人数は少ない方が都合が良い。


 力を解放した際、少なくともカタリーナには知られてしまうことになるだろう。

 彼女がどのような反応をするかは分からないが、反応如何によっては殺すことも考えなければならない。

 そんな思考さえも、今のアインは嬉々として行っていた。


「分かった。これ以上、彼らに頼るわけにもいかない。この先は進める者だけで向かうことにしよう」


 アインの思惑も知らず、カタリーナは頷く。

 彼女が想定していたよりも遥かに赤竜の渓谷は険しい場所だ。

 討伐隊も彼女が期待していたほど機能していなかったらしい。


 この先へ進むのはアインとマシブ、カタリーナの三人だ。

 手練れである三人であれば、この先も問題なく進んでいくことが出来るだろう。

 そうして、アイン達は赤竜の渓谷の奥地へと足を踏み入れていく。

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