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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
五章 赤竜の王

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82話 天竜騎士団

 司祭というからには仰々しい法衣を身に纏った老人だろうと思っていた。

 だが、アインの予想に反して、扉の先にいたのは女性だった。


 月明りを浴びて淡く光る白銀の長髪。

 その背丈はアインよりも頭二つ分大きく、その双眸は見下ろすようにアインを見つめている。

 その立ち振る舞いに一切の隙は無く、アインは彼女が相応の実力者であることを悟る。


「今宵の月は綺麗だとは思わないか?」


 葡萄酒を呷りながら女性が尋ねる。

 その問いの真意はアインには分からない。


「こんな夜は、愛する者と語らいながら酒を飲みかわす。それこそ、最上の喜びというものだろうな」


 煌々と輝く月の下。

 一組の男女が、星々の輝く夜空を肴に酒を飲み、そして語らう。

 誰もが思う、平和で美しい日常の光景だ。


 だが、それを望む心はアインには残っていない。

 どこかに置き忘れたのか、あるいは擦り切れて無くなってしまったのか。


 いずれにしても、今のアインにとって夜は幻想的なものではない。

 闇の中を這うように進み、朝日が昇るまでじっと耐え続ける。

 夜とは、そんな悍ましいものなのだ。


 そして、それは目の前の女性も同様だった。


「君の槍は、とても美しい」


 女性がアインの背負う槍に視線を向ける。

 それは、ラースホーンウルフの角から作られた一級品の魔道具だ。

 これに匹敵する槍など早々ないだろう。


「私の槍も、王都の名工に造らせたミスリル製のランスだが……やはり、魔物の素材を仕立てたほうが美しさを感じる」


 女性は自分の槍を手に取って見せる。

 それは竜に騎乗した際に使う巨大な槍だ。

 相応の重さもあるのだろうが、女性はそれを容易く持ち上げてみせた。


「私は思うのだ。赤竜の王の力を宿した槍を作れたら、どれだけ素晴らしいものが出来るのだろうかと。きっとそれは、神器に匹敵するほどの代物になるのではないかと」


 アインは目の前の女性がどのような人物であるのかを理解する。

 本質的には違えど、表面的な部分を見てみれば似通っている点も幾つかあった。


「……おっと、すまない。少し取り乱してしまったようだ」


 そこでようやく、女性は理性を取り戻す。

 冷静に考えてみれば、目の前に客人が来ているのだ。

 名乗りもせずにいるのは失礼にあたるだろう。


「私はこの国の司祭にして天竜騎士団の騎士団長、カタリーナ・ブリュンヒルデだ。貴殿の噂は聞き及んでいるよ、『狂槍』のアイン殿」


 二つ名のある冒険者は名前が随分と知れ渡るらしい。

 そう理解していたものの、初対面の相手から名前を言い当てられると、アインはなんだか不思議な感覚になった。


「なぜ騎士団長が赤竜の渓谷に?」

「赤竜の王が活性化の影響を受けて害竜になりかけているとの報せを受け、司祭の位を持っていた私が見張りの任に付いたのだ。討伐の際は私も参加させてもらおう」


 カタリーナの腕前は分からないが、少なくともかなりの実力者であることは感じ取ることが出来た。

 戦力としては申し分ないだろう。


「あのガイアスを助けたそうじゃないか。黒竜ラージェを相手に圧倒して見せたという貴殿の槍術には、同じ槍を扱う者として興味がある」

「別に、大した槍術じゃない」

「謙遜する必要はない。かの黒竜ラージェを圧倒するに至るほどの槍術。様々な死線を潜り抜けてきたからこその実力だ」


 アインは村を出てから様々な相手と戦ってきた。

 それは時に人間であったり、時に魔物であったりと相手は定まらないが、その全てが強い力を持っていた。


 アインの槍術は、以前村で習っていた護身用の槍術から大きく変化を遂げている。

 確実に獲物をしとめるための、極めて攻撃的な槍術。

 だが、その中にも元となった槍術の型があるためか、理にかなった動きとなっていた。


「佇まいを見れば分かる。貴殿はかなりの実力者なのだと。そんなアイン殿が、なぜこの神殿に?」

「赤竜の王について聞きに来た。どのような力を持っているのか、討伐前に事前に知っておきたい」


 討伐隊への参加が決まっているため、アインとしても情報はしっかり集めるべきだろうと考えていた。

 以前対峙した際に赤竜の王がどれほど強大な力を持っているかは理解できた。

 少なくとも生半可な準備をしていく程度では、あの巨竜を鎮めることは出来ないだろう。


「赤竜の王は、場を支配することに長けている。彼にしか使えない重力魔法というものがあるのだが、それを受けてしまえば、まともに動けなくなってしまうだろう」

「……重力魔法?」

「ああ、そうだ。相手の身を強引に平伏させる、まさに王と呼ばれるに相応しい存在の力だ」


 重力を自在に操り、敵を押し潰す魔法。

 それが赤竜の王のみが扱える重力魔法だった。


 冒険者の数を揃えて討伐に向かったとして、果たして重力魔法の影響下で動ける者は何人いるだろうか。

 下手をすれば、アイン以外の皆が足手まといになってしまう可能性もある。

 彼らがいる以上、そう易々と黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を解放するわけにもいかない。


 この街に少し滞在して感じたのは、期待できるほどの戦力が存在しないということだった。

 アインからすれば、今この街に滞在している冒険者はほとんどが足手まといだ。

 同じゴールドの冒険者であっても、赤竜の王を相手にどれだけ戦えるかは分からない。


 場合によっては、討伐隊全員の命を見捨てる必要が出てくるかもしれない。

 アインが黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を発動するには、周囲の視線が障害となってきてしまう。

 もし討伐隊の誰かが密告でもしてしまえば、今後しばらくは教皇庁の追っ手を気にしながらの逃亡生活が始まってしまうことだろう。


 残るは『凶刃』の異名を持つ男の存在だ。

 彼がどれほどの腕前かは不明だが、その実力次第では討伐隊と共に赤竜の王と戦うのも悪くはないかもしれない。

 逆に言えば、『凶刃』の男が期待外れだった場合、アインは一人で戦わなければならない。


「そうだ、アイン殿。もしよければ、明日の朝にでも手合わせなど、どうだろうか?」


 その誘いにアインは頷く。

 ドラグニア王国の最大戦力である天竜騎士団。

 その団長である彼女と手合わせできるのであれば、アインにとってもいい経験になることだろう。


 気づけば夜も深くなってきていた。

 その日はそこで会話を終え、アインは宿に戻った。

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