表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/170

73話 終戦と後悔

 戦争はブレンタニア公国が勝利した。

 これで、停戦交渉の場においても優位に立つことが出来るだろう。

 傭兵たちの間ではエストワールに対してどのような条件を突き付けるのか、様々な噂が飛び交っていた。


 だが、アインはそれに興味を持たなかった。

 元より戦いだけを望んで来たのだ。

 政治などは執政官のやることであって、戦場で武器を振るうだけの自分には関係のない事だ。

 後のことはメルフォード伯爵が上手くやることだろう。


 報酬を受け取ったアインは、留まる理由もなくなったため砦を後にすることにした。

 自室に置いた荷物を整理すると部屋を出る。


「もう行くのか」


 部屋の外にはガーランドが立っていた。

 彼はまだしばらく留まるらしく、荷造りはしていないようだった。


「もうここには、私がやりたいことは残ってないから」

「……そうか」


 戦争が終わった今、ブレンタニア出身でもないアインが留まる理由はない。

 ガルディアの壁は立派な砦だが、寝泊りするには随分と不便だ。

 それこそ、辺境の村にあるような安宿と変わらないほどに。


 戦いを求めるならば、このまま軍に志願するという手段もあった。

 アインはこの度の戦争において大きな武功を上げている。

 実力も考慮すれば、好待遇で雇われることは間違いないだろう。


 しかし、アインはこれ以上戦争に関わるのは御免だと思っていた。

 戦場で槍を振るうことも悪くはなかったが、やはり冒険者としての生活が性に合っている。

 各地を転々と旅しながら依頼をこなしていく方が気楽だ。

 戦争が無い限りは訓練場で鍛錬をするだけ、という人生には興味を持てなかった。


 だが、それを苦痛と思わない者もいた。


「俺はブレンタニアの正規軍に加わることにした」


 ブレンタニア出身の彼としては、今回の戦争に参加して思うところもあったのだろう。

 ガーランドは自分の力を祖国のために使いたいと考えていた。


「……意外に思うか?」

「全然。良い選択だと思う」


 彼ならば、きっと忠義に厚い騎士になることだろう。

 アインがそんな風に思えたのは、寡黙で不愛想ながら、他者を思いやる心を持つ彼を知っているからだ。


 ガーランドは窓の外を眺め、大きく息を吐く。


「ハインリヒのことを気に病んでいるのだろう?」

「……ええ」


 ハインリヒはアインを庇って死んだのだ。

 自分の身代わりになって誰かが死ぬのはこれで二度目だった。


 一度目は、故郷の村で。

 アイゼルネに殺されそうになっていたアインを庇い、両親が命を落とした。

 その時の絶望は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。


 二度目は、もしかすれば防ぐことが出来たのかもしれない。

 アインが出し惜しみせず黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放していれば、少なくともあの場でハインリヒが死ぬことはなかったはずだ。

 仕方がなかったとはいえ、己の無力さを悔やむほかにない。


「過去を悔いるな。お前はまだ、生きているだろう」


 ガーランドが真剣な表情でアインに語り掛ける。

 彼なりの言葉で励まそうとしていた。


「後悔は死後に纏めてすればいい。今は生きることだけを考えていけ」

「生きることだけを……」

「そうだ。お前は命を粗末にしすぎる。もう少し、自分を大切にした方が良い」


 彼が初めて出会った時、アインは既に擦り切れていた。

 満身創痍の状態で、ただ己の心を癒すためだけのために殺戮を繰り広げていた。


 それを悪だとは言わない。

 彼自身も戦士であって、戦いに昂揚を感じるのは事実だ。

 嫌なことを忘れるために戦場に逃げようとする者は多い。


 だが、ハインリヒの死はアインの心に再び傷を与えていた。

 彼が死ぬ瞬間が、どうにも両親が死んだときの光景と重なってしまうのだ。

 得体の知れない気持ち悪さが込み上げてきて、アインは砦に留まっていられなかった。


 弱り切ったアインの表情を見れば、ハインリヒの死を悔いているであろうことは容易に想像できた。

 だからこそ、旅立つ前にガーランドは声をかけたのだ。


「それに、奴はあの場で生きていたとしても、そう遠くない未来で死んでいたことだろう。お前が気に病むことではない」


 ハインリヒはそういう決断をしたのだ。

 覚悟を持って、死に場所を選んだのだ。

 たとえあの場で生きていたとしても、きっと彼は別の死に場所を見つけていたことだろう。


 やはり彼は善人だ。

 すぐに命を投げ出そうとせず、己の最後を美しく終わらせられるのだから。

 自死を選ぶよりはずっと聡明で、ずっと残酷な彼の決断。

 アインは抱え込むべきではないと思って、無理に忘れようとする。


 全てを抱えてしまっては、いずれ潰れてしまう。

 人間は丈夫な生き物ではないのだ。

 真実を知ってしまったハインリヒを見れば、それはよく理解できた。


 自分のことだけを考えて生きろ、というのはベルンハルトの教えだったが、ガーランドの言っていることもそれによく似ていた。


 他人の死まで自分のことのように抱え込んでしまうのは、決して悪い事ではない。

 そうして悲しめるだけの心を持っているということなのだから。


 だが、生きていく上で重荷になってしまうのは確かだ。

 背負ったまま生きていくには、この世界はあまりにも過酷すぎる。

 それ故に、どこかで割り切ってしまうしかなかった。


「砦を出て、どこへ向かうつもりだ?」

「……北へ行こうと思ってる」


 あの夜、アインは異質な力を持った幼い少女を見た。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力によく似た気配。

 少女があの後どうなったかは分からないが、北へ歩いて行ったことだけは分かっている。


 目的もないのだから、今は少女の足取りを追ってみるのもいいかもしれない。

 アインはそう考えていた。


「北に向かうなら、気を付けた方がいい。ブレンタニアの北には、魔物の災害によって滅びた地が存在している」

「魔物の災害?」

「そうだ。確か、メルディアという地だったか。詳しくは知らんが……とにかく、そこが危険な場所だということは留意しておけ」


 アインは記憶の片隅に留めておくことにする。

 ガーランドほどの男が危険だというのであれば、今のアインでも相応に手こずるような魔物が存在しているかもしれない。

 むしろ、好奇心から近くを通りがかったら寄ってみようかとさえ考えていた。


 次の目的地は未定。

 少女の足取りを追って北へ向かって突き進むのみ。

 アインはガーランドと別れると、ガルディアの壁を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ