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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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72話 救済

 アインは先ほどまでとは別人のように落ち着いていた。

 槍を構えて駆け出すが、その表情は至って冷静。

 だが、その内では狂気的な衝動が渦巻いていた。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放しているわけではないというのに、これほど強大な力が湧き上がってくるのだ。

 この力をを存分に振るえたらどれだけ楽しいことか。

 そして、目の前には力を振るうに相応しい相手がいる。

 試さないわけにはいかなかった。


「はあああああああッ!」


 力任せに槍を振るう。

 イザベルは剣を盾にしてそれを受け止めるが、その表情は険しい。

 アインの一撃は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの二段階目を解放しているイザベルでさえ重く感じるほどだった。


 これまで圧倒的に優勢だったイザベルが、今では劣勢になっている。

 技量では僅差で彼女に軍配が上がるだろう。

 だが、その差をものともしないアインの暴力的な魔力量に圧倒されていた。


 アインの凄まじい猛攻が続いていた。

 楽しくて仕方がないのだ。

 強大な力を振るうことが、これほどまでに心地良いものなのか。

 槍を振るう手が止まらない。


 その戦いに、戦場にいる者全てが息を呑んで見守っていた。

 ブレンタニア公国を背負う『狂槍』のアインと、エストワール皇国を背負う『剣帝』イザベル。

 二人の戦いは苛烈を極めていた。


 そしてついに、二人の戦いに決着が付く。

 致命的な隙を曝してしまったイザベルが剣を弾き飛ばされ、地に転がされた。


「……あたしの負けね」


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を封じ、イザベルは正気に戻る。

 敗北したというのに、その表情は晴れやかだった。


 アインはイザベルの喉元に穂先を突き付ける。

 これは戦争なのだ。

 敗者に死が訪れるのは当然の摂理だろう。


 イザベルはアインの表情を見つめ、意外そうな表情を浮かべた。

 そして、残念そうにため息を吐く。


「……ああ、そう。あたしとあなたは似ていると思っていたけれど……違ったみたいね」


 互いに戦うことが好きだ。

 それは間違いないだろう。

 だが、二人の間には致命的なズレが存在していた。


「あたしは戦うこと自体が好き。でも、あなたは……」


 その言葉が続く前に、イザベルの胸に槍が突き立てられた。

 その時のアインの表情は、悲しむわけでもなく、憤るわけでもなく。


 ただ、嗤っていた。


「……あなたは、殺すことが好きなのね」


 その言葉を最後に、イザベルは息を引き取った。

 エストワール軍の最高戦力とされ、『剣帝』と称えられた少女。

 彼女は奇しくも、同じ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つアインによって命を奪われた。


 二人の戦いが終結すると、戦場は静寂に包まれた。

 誰もが二人の戦いを見守っていたのだ。

 この後どうすればいいのか、誰も考えてはいなかった。


 イザベルが倒れた今、エストワール軍は圧倒的に劣勢だ。

 それでもなお抵抗を続けるか。

 あるいは負けを認めて降伏するのか。

 彼らに残されていたのはこの二択だった。


 既に多くの命が失われた。

 数多の亡骸が転がる戦場で、エストワール軍は未だ剣を手放さない。

 彼らにも祖国に尽くす心があるのだ。


 赤く染まる大地で、誰もが死の恐怖を押し殺していた。

 そして、彼らが再び戦いを始めようとした時。


 戦場に美しい声色の歌が聞こえてきた。

 野営地の見張り台の上から、とても悲しい歌が聞こえてきた。


 血飛沫舞う乱戦の夜。

 失われていく魂が、救済を求めて彼女を呼び寄せた。


「災禍の歌を捧げよ」


 闇よりも昏い黒髪。

 陶磁のように透き通った肌。

 およそこの世の者とは思えない美貌を讃えた幼い少女は、ただ無感情に戦場を見下ろすのみ。


 その小さな口から紡がれるのは、戦場に遍く失われた命を弔う鎮魂歌。

 青白い光が、至る所から彼女の方に集まっていく。


 彼女の歌声に共鳴するかのように青白い光が揺らめいていた。

 まるで歌っているかのように。

 それらは彼女のもとに吸い寄せられると、その体の中に入っていく。


 それは亡者たちの魂だった。

 ブレンタニアとエストワールによって、この地で長く続けられてきた戦争。

 相応に多くの人間が命を落としてきたことだろう。


 彼らの魂はこの地をずっと彷徨い続けていた。

 それが今、救済されているのだ。

 幼き少女の体を通じて、彼らの魂が天へと召されていく。


 やがて全ての魂が天へと召される。

 少女は歌うことを止めて、静かに目を閉じて黙祷を捧げた。


 アインは少女の姿をじっと見つめる。

 外見では、まだ十にも満たないだろう。

 彼女が何者かは分からない。

 だが、得体の知れない何かをしているのは確かだった。


 そして何より、少女からは自身と似た気配を感じていた。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカと同質の、とても悍ましい気配。

 このまま黙って見ているわけにもいかないだろう。


「……何者なの?」


 尋ねるが、少女は返答せずに違う方向を向いた。

 既にこの戦場に興味がないと言った様子で、見張り台から飛び降りると北の方へ去っていく。

 追いかけるべきかと考えたが、この場を途中で放り出すわけにもいかない。


 少女が現れたことによってほとんどの者が戦意を失っていた。

 やがてエストワール側から降伏の声明が出されると、ブレンタニア軍の皆が歓声を上げる。


 この様子ならば、戦争はこのままブレンタニアの勝利として終結することだろう。

 和平に向けた準備や戦争の後始末が残っているだろうが、それは役人の仕事だ。

 アインは静かに目を閉じると、勝利の余韻を味わう。

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