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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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70話 夜襲

 煌々と輝く月の下、夜の闇に紛れてブレンタニア軍が南下していく。

 松明を焚いてしまうと奇襲に気付かれてしまう恐れがあるため、月明りだけを頼りに進んでいた。


 砦方面からはヴェルテ率いる聖銀騎士団が北上している頃だろう。

 挟み撃ちにしてしまえば、如何にエストワール軍といえど耐え切れない。

 皆が勝利を確信して突き進んでいた。


 しかし、敵軍には『剣帝』イザベルを始めとする強力な傭兵がいる。

 場合によっては形成を引っ繰り返される可能性もあるのだ。

 決して気を抜いてはならない。


 やがて、視認できるほどにエストワールの野営地に近付いた時――辺りに鐘の音が響き渡った。


「敵襲ッ! 敵襲だッ!」


 野営地にある見張り台から声が響き渡る。

 こちらの行動に気付かれてしまったようだったが、それでも十分な距離にまで近付くことが出来た。


「全軍に告ぐ――エストワールを蹂躙せよッ!」


 敵軍の動きに怯む事無く、メルフォード伯爵が声を上げる。

 今こそ決戦の時。

 ここで勝たなければ、ブレンタニアに明日はない。


 アインは一気に駆けだすと、後方基地を落とした時と同様に先行して駆けていく。

 少しでも多くの敵兵を殺してやりたかった。

 憂さ晴らしのためにわざわざ戦場にまで来たのだ。

 これが最後なのだから、存分に楽しまなければ勿体ない。


 突然の襲撃に、エストワール軍は迎え撃つ準備もまともにできていなかった。

 早々に準備を終えた者から向かってくるが、アインはその全てを薙ぎ払っていく。


 先ほど酒を飲んだせいか、あるいはそれだけ昂揚しているのか。

 アインは体が酷く熱を発しているように感じた。

 飛び散る鮮血を恍惚と眺めながら、無我夢中で槍を振るう。


 少し遅れて、敵軍の奥の方からも断末魔が聞こえてきた。

 聖銀騎士団が到着したのだろう。

 凄まじい勢いで敵軍の数が減っていた。


 このままいけばブレンタニアの勝利は確実だろうと思われていた。

 だが、徐々にその勢いが失われていく。

 その原因は考える前もなく、敵軍の傭兵たちだった。


 アインは雑兵狩りを切り上げると、イザベルを探す。

 彼女は唯一ブレンタニア軍を押し返すことが出来る存在だ。

 野放しにしておくわけにはいかない。


「誰を探しているの?」


 探すまでもなく、イザベルはアインの前に姿を現した。

 悠然と剣を構えて、鋭い殺気を放っていた。


「前回は、少し油断していたわ。そのせいであんな無様を曝したけれど……今回は違う」


 よほど前回の敗走が堪えたのだろう。

 イザベルは傷を受けても全く怯まないアインに恐怖を隠せなかった。


 しかし今は、落ち着いた様子でアインの前に立っている。

 研ぎ澄まされた刃のような殺気。

 前回と同じ手は、もう通用しないだろう。


「あたしは高みを目指して剣を振るってきた。『剣帝』と称えられるようになった今でも、その目的は変わらない」


 誰よりも高みに至ることがイザベルの望みだ。

 強さへの貪欲さは計り知れない。

 彼女の強みは、その志の高さにこそあった。


「あなたを倒して、あたしはさらなる高みに登る。だから、踏み台になってもらうわよ――ッ!」


 イザベルが駆け出す。

 その速度は凄まじく、瞬きをすれば見失ってしまいそうなほどだった。


 しかし、アインは迎え撃つ様に槍を構える。

 砦での鍛錬や戦争での経験が、確実にアインを成長させている。

 災禍の日を乗り越えたばかりで疲労はあるが、それ故に戦いの高揚感も持ち越していた。


 振るわれた剣をアインは槍で打ち払う。

 勢いをそのままに蹴りを放つが、イザベルはこれを後方に飛んで回避する。

 その隙に槍を引き戻すと、アインは自ら間合いを詰めるべく駆け出す。


 駆けながら、全身に魔力を巡らせていく。

 身体強化を施し、さらに過剰なまでの魔力を魔槍『狼角』に注ぎ込む。

 穂先に赤い魔力光の刃が生み出されると、アインは重心を前にずらして突きを放つ。


「――紅閃ッ!」


 イザベルはそれを真正面から受け止めようとする。

 魔法障壁を展開すると、アインの槍を受け止める。


――重い。


 イザベルが抱いた感想はそれだった。

 アインの一撃は、以前戦った時よりも遥かに鋭い突きだった。

 想定外の威力にイザベルは判断を誤ったかと後悔する。


 ガーランドから教わった通り、アインは重心を前に傾けていた。

 逃げることは考える必要はない。

 ただ全力の一撃を放てばいいのだ。


 魔法障壁に罅が入っていく。

 それを見てイザベルが愕然とする。

 高い魔力を誇る彼女が、魔法障壁で攻撃を受け止めきれないのはこれが初めてだった。


 砕けると同時にイザベルは再び後方に飛んで回避する。

 それを見て、アインはつまらなさそうに尋ねる。


「また逃げるの?」


 イザベルは弱気になっていた。

 才能あったせいか、同格以上の相手との戦闘経験に乏しいのだ。

 アインを相手にどうやって戦えばいいのか分からなかった。


 これまでの相手は力押しで容易く蹴散らすことが出来た。

 しかし、アインは生半可な攻撃では倒れない。

 下手な攻撃を打ち込めば、前回の二の舞になってしまうことは目に見えていた。

 技量だけで圧倒できない今、イザベルは打開策を見出せずにいた。


 イザベルは致し方ないと言った様子で剣を捨てる。

 それは敗北を意味していたが、彼女にとっては違った。

 さらに皮手袋を外すと、そこには黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが刻まれていた。


「これに頼るつもりはなかったんだけど、死ぬわけにはいかないからね」


 イザベルは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの刻まれた右手を高々と翳し上げる。

 そして、詠唱する。


「我は欲する。邪神の導きの下、天涯へと至らんと――心蝕む黒剣シュヴェールト・スクラーヴェ


 虚空から黒き剣が現れた。

 とても禍々しい剣が。

 赤黒い瘴気を発する剣が、イザベルの手に握られていた。

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