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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
序章 血餓の狂槍
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7話 夜が明ける

 朝を迎えることがこれほどまでに心地の良いものだと、アインは知らなかった。

 優しい日の光が、薄暗い森を徐々に照らしていく。


 そして目にするのは、死屍累々の惨状。

 波のように襲い来る数多の魔物を相手に最後まで生き延びたのだ。

 体中に酷い怪我を負いつつも、アインは決して膝を地につけなかった。


 戦場で最後まで立っていた英雄は、きっとこんな気持ちだったのだろう。

 足元に転がる亡骸を見て、悦びと哀れみの入り混じった勝利の余韻に浸っていたのだろう。

 アインは辺りを眺めながら、そんなことを考えていた。


「ああ、アイン! 私たちは、死の運命に打ち勝った!」

「そうね……私は、生きてる」


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの光は収まり、理性が徐々に戻ってきていた。

 思い出すのは、獣のように狂った己の姿。

 災禍の日の魔物よりも、きっと自分の方がおぞましい存在なのかもしれない。


 しかし、後悔はなかった。

 戦いに狂う獣。それが、アインの本質。

 それを受け入れさえすれば、残るのは災禍の日が終わったことへの名残惜しさだけだった。


「貴女という人は……。アイン、あれだけ暴れても物足りないのですか?」

「え、えと……少し、だけ?」

「はあ、そうですか……。やはり貴女は、向いているのでしょうねえ」


 少し呆れたようにヴァルターが笑う。

 疲れ切った表情の彼とは対照的に、アインはまだ殺気が収まっていなかったのだ。

 アインの表情は、まるで遊び足りない子供のようだった。


「さて……少し、先ほどの話の続きでもしましょうか」

「続き?」

「ええ。こればかりは、貴女が戦うところを実際に見なければわからないのですよ」


 そう言って、ヴァルターは懐から分厚い魔導書を取り出す。

 豪華な装飾が施されたそれは、何かの宗教の教典のように見えた。


「これが私の魔導書です。私が黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力をここに宿して戦っていたのは、戦いの中で見えたでしょう?」


 アインは頷く。

 ヴァルターは得体のしれない魔法で以て、迫りくる魔物を迎え撃っていた。

 彼が手を振るう度に周囲の魔物が破裂していく様子は異様だった。


「これは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの第一段階。理性の枷は封じられ、代わりに強大な力を武器に宿すことが出来ます」


 それが彼の見せた戦い方だった。

 彼が元々持っている魔導書の力を引き上げ、強大な魔法の行使を可能にする。

 理性に枷がかけられるといっても、戦闘における判断力などは失われない。


 しかし、とヴァルターは続ける。


「貴女の使っていたものは第二段階。発動すれば強力な武器を得られますが、対価として理性を失い、本能を曝け出し、そして狂う。戦いが終わるまで、正気に戻ることはないでしょう」

「なんで私が、いきなり第二段階を使えたの?」

「それは私にもわかりません。本来であれば、第二段階の解放は初めて黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを発動するときのみ。自在に解放できるようになるには、多くの魂を捧げる必要があるはずなのです。であれば、今の貴女が扱えるはずはない」


 アインにも心当たりはなかった。

 今までの人生を振り返っても思い当たる節はない。

 自分はただの村娘であって、命を奪うようなことといえば村の周辺に現れたスライムやゴブリンを討伐する程度だった。


「使えるに越したことはありません。周囲に他の人間がいないのであれば、災禍の日を生き伸びるために使えるのですから」

「でも、第一段階はどうなの? 私、どうやってすればいいのか」

黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの解放の仕方は、私にも説明することは難しいですねえ。時が来れば自ずと分かる、としか」

「そう……」


 アインは右手の甲に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを見つめる。

 その力は未だに理解できない。

 なぜ自分が選ばれたかもわからない。


「まあ、日常生活において困ることはないでしょう。普段でもそれなりの力は引き出せますし、手袋でも付けておけば、街に寝泊まりすることもできますからねえ」

「でも、人のいるところにいたら危ないんじゃないの? さっきみたいに、魔物がたくさん押し寄せてくるかもしれないし」

「災禍の日は毎日起こるわけではありません。黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの疼きが、いつ起こるのかを教えてくれるでしょう」


 それならば、これまで通りの生活を続けることが出来るのでは。

 アインはそう考え、少しだけ安心する。


「アイン。貴女はこの後はどうするのです? 言っておきますが、村に戻ることはお勧めできませんよ」


 村に戻ったところで、両親は既に死んでしまっている。

 それに、村の人々に黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを見られてしまっている。

 アインの居場所はそこにはない。


「私は、冒険者になる。そうすれば生きていくためのお金も稼げるし、生き延びるための力も手に入れられる」

「なるほど。貴女らしい、良い判断です」


 ヴァルターは満足そうに頷く。

 見た目は怪しげな神父だが、この人は善良な人なのだろう。

 アインはそう思った。


「ああ、とても残念ですが、ここでお別れです。私も貴女の手助けが出来ればいいのですが、やるべきことがありましてねえ」

「大丈夫よ、ヴァルター。一人でも、きっと生き延びて見せるから」

「それは頼もしいですねえ。それでは……」


 そう言うと、ヴァルターは首から下げた逆十字を握り、祈るように言う。


「汝の行く道に祝福わざわいあれ。ああ、言い忘れていましたが、これは我々の別れの挨拶のようなものです」

「それじゃあ、えっと……汝の行く道に祝福わざわいあれ」


 アインはヴァルターに別れを告げ、森を出る。

 後に狂槍のアインと呼ばれる少女の、第一歩が踏み出された。

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