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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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69話 休息

 後方基地の制圧を終えたのは丁度日が沈み切った頃だった。

 物資の中継地というだけあって食糧が大量に保管されていた。

 食糧はメルフォード伯爵によって各自に分配され、今は南下する際に備えて皆が体を休めている。


 後方基地の指揮を任されているであろう人物のテントからは酒が出てきていた。

 さすがに戦いを前に控えて飲もうとする者はいなかった。

 だが、アインは一人、皆から離れた場所で酒を飲んでいた。


「戦いの前だというのに、酒を飲んでいるのか」


 背後から聞こえてきた声に振り向けば、そこにはガーランドがいた。

 彼は呆れたように笑うと、アインの隣に腰掛ける。


「……ハインリヒについて、どう思っている?」

「彼は……死ぬことを望んでいる」


 アインから見て、ハインリヒは非常に不安定なように見えていた。

 その原因が砦で伝えた真実なのであれば、アインは自身の責任を感じてしまうだろう。


「私が真実を……嘘偽りなく、残酷な真実を伝えてしまったから」

「その話は、俺も奴から聞いた。なんとも惨い話だ」


 自分の知らないところで家族が苦しんでいたのだ。

 妻は不幸のまま病で命を落としてしまい、息子は憎しみのあまり黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得てしまった。

 ハインリヒの悲しみがどれほどのものかは想像に難くない。


「なぜ、奴が死ぬことを望んでいると思う」

「家族を失った悲しみで、生きていることが辛いから?」

「感情的にはそうだろう。俺も同じ立場であれば、耐えられるとは思えんからな」


 これだけ残酷な真実を突き付けられて、平然としていられる者はいないだろう。

 ハインリヒの心は酷く擦り切れてしまっている。

 今にも倒れてしまいそうなほどに弱っているのだ。


「ハインリヒが死にたがっているのは、死ぬことが唯一の救済だからだ。逃げ道と言い換えてもいい。どちらにしても……奴にとって、楽になれる手段はそれしか残されていない」


 これだけ辛い悩みを抱えているのだ。

 生き続けるには相応の苦痛を伴う。

 その状態が長く続くとして、人は楽な道に逃げたくなってしまう生き物だ。


 妻のエルティーナは命を落としたが、まだ息子は生きているかもしれない。

 だが、人格は酷く歪み、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得てしまっている。

 もはや別人といってもいいほどにアルフレッドは変わってしまった。


 ハインリヒには悩み続ける覚悟が足りていなかった。

 これだけ残酷な話なのだから、それも仕方のないことだろう。

 重責から逃れ、楽になりたいと思ってしまう気持ちは、アインにとっても関係ない話ではなかった。


「アイン。お前はなぜ戦いの道を選んだ」

「……私には、それしか道がなかったから」


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得てしまった時点で、冒険者として生きていくしかなかったのだ。

 生き延びるには相応の実力が必要。

 であれば、常に戦い続けて己を磨き上げるしかない。


 しかし、果たしてそれは本音なのだろうか。

 今のアインには、それが建前でしかないように思えていた。

 もっと別の、正しい答えがあった。


「違う……私は、それを望んでいた。だから武器を取った」


 自分は仕方なく槍を振るっているのではない。

 自ら望んで戦いの道に進んだのだ。


 血飛沫を見る度に心が躍る。

 断末魔を聞く度に悦に浸れる。

 そんな戦いの喜びを、アインは知ってしまった。


 もはや、ただの村娘に戻ることは出来ない。

 勝利の味はあまりにも甘美だ。

 もし全てを忘れて平和に暮らせるとしても、アインは戦いの道を選ぶことだろう。


「やはり、か」


 ガーランドは深刻そうな表情で黙り込む。

 何か間違ったことを言っただろうかと疑問に思うが、特に心当たりもない。

 アインは酒を呷ると、彼の言葉を待つ。


「……なぜ、先ほどの戦いで敵の攻撃を態々受けた?」


 彼はアインの戦いを見ていたのだろう。

 敵兵に囲まれて、大量の矢と魔法が飛んで来た時、アインは迎え撃つことを選んだ。


 だが、躱そうと思えば躱せたはずだった。

 なぜ無意味に自身が傷を負うような手段を選んだのか。

 ガーランドはそこに疑問を抱いているようだった。


「……お前もまた、死を望んでいるんじゃないのか?」


 ガーランドの問いは、アインにとって意外なものだった。

 これだけ死にたくないと思って戦っている自分が、死を望んでいるとは思えない。

 なぜなら、命を奪う度に、堪らなく生の愛おしさを実感できるのだから。


「前にも話したと思うが、俺は臆病な人間だ。戦場に出ているというのに、誰よりも死を恐れている」


 それ故に、彼は『城塞』のガーランドと呼ばれるほどに守りを固めたのだ。

 全ては己の命を守るため。

 万が一のことがあったとしても、この重厚な鎧を突き破られるようなことはあり得ない。


「だが、お前は死を恐れてはいない。……いや、恐れてはいるが、死んでしまったらそれはそれで仕方がない程度の認識なのだろう」


 そう言われて、アインはこれまでの戦いを振り返る。

 ラースホーンウルフと戦った時、わざわざ相手の懐に潜り込むような危険な手段を選んだ。

 盗賊の頭領と戦った時、最初から黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの二段階目を解放していれば楽に終わったはずだ。

 グラトニーモスと戦った時、あえて己の力のみで戦おうとしていた。


 ガーランドの言う通りだった。

 アインはこれまでの戦いにおいて、意図して最善を尽くしていない。

 もし生に執着しているのであればそんな手段は択ばないはずだった。


「私は……」


 死にたくない。

 それは確かな事実だ。

 しかし、そのために最善を尽くそうとまではしていなかった。


「お前にどのような事情があるかは知らん。だが、命を捨てるような真似は好ましくない。戦士ならば、最後まで立ち続けることを考えろ」


 アインはガーランドの言葉を反芻する。

 自分は無意識の内に死を望んでいたのかもしれない。

 でなければ、あえて傷を受けて戦うという選択肢は生まれないだろう。


 無意味に自分を傷つける必要なないのだ。

 アインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを抱えてしまった罪悪感を、痛みで和らげていた。

 それがどれだけ心地の良いものであったとしても、それは生き延びるためには不要な感覚。

 最後まで立ち続けることを考えなければ、その先に待っているのは死のみだ。


「酒もその辺りにしておいた方が良い。でなければ、次の戦いに支障が出る」


 そう言うと、ガーランドは去っていった。

 不愛想な顔つきだが、意外と面倒見が良いのだろう。

 アインは瓶に栓をすると、懐にしまって立ち上がった。

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