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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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68話 後方襲撃

 エストワール皇国南端、対ブレンタニア戦線後方補給基地。

 物資の中継地点となっているこの場所は、エストワール軍の最前線に存在する野営地から五キロほど北にある。


 補給経路となっているだけあって相応の警備体制も敷かれているが、前線と比べれば守りは手薄になっている。

 いざという時に退路にもなっている後方補給基地を断つことこそ、傭兵と砦の兵たちに与えられた任務だった。


 日は沈みかけ、辺りは夕闇に包まれていた。

 朱色の大地に身を隠すように進軍し、遂にアイン達は目的地まで辿り着く。

 指揮を務めるメルフォード伯爵が立ち止まり、後方を振り返る。


「敵軍は我々が奇襲を仕掛けるとは思っていないだろう。今こそブレンタニアに勝利を齎す、かつてない機会だ。それでは諸君、作戦通り頼む」


 メルフォード伯爵の指示によってブレンタニア側が動き始める。

 傭兵たちは武器を構えて駆け出し、砦の兵たちは左右に分かれるように散開していった。


 目の前にある補給基地は皆殺しで構わない。

 そう指示され、アインは笑いを堪えきれずに声を漏らす。

 戦争を終わらせるという大義名分の下に、存分に殺戮を愉しめるのだ。


 犬歯を剥き出しにして、荒く息を吐き出す。

 体中に魔力を駆け巡らせて身体強化をすると、傭兵たちを置き去りに一人加速していった。


「――殺し尽くすッ!」


 大きく跳躍して敵陣に切り込むと、困惑する敵兵の胸部を一突き。

 槍を引き抜けば、ドクドクと赤い血が溢れ出していた。

 未だに何が起きたのか理解していない様子の敵兵から視線を外して、アインは次の獲物を狩りに行く。


 やがて何人か殺した辺りで、ようやくエストワール側は襲撃に気付いたようだった。

 警笛が鳴り響き、アインの下に大勢の敵兵が押し寄せてくる。

 だが、雑兵が集まったところでアインの勢いを押しとどめることは出来ない。

 大地が赤く染まっていく。


 アインの左脚に矢が突き刺さる。

 飛んできた方向に視線を向ければ、大勢の弓兵と魔術兵に取り囲まれていた。


「撃てぇッ!」


 指揮官らしき人物の掛け声と同時に、無数の矢と魔法が飛来する。

 そして――巨大な爆発が起きた。


 砂埃が巻き上げられて視界が悪くなっていた。

 敵兵からはアインの姿が確認できない。

 しかし、砂煙の奥から発せられる強烈な殺気は未だ衰えていなかった。


 やがて砂煙が晴れる。

 無数の矢と魔法を受けて体は傷だらけになっていたが、アインは嗤っていた。

 まるで応えないといった様子で、物足りなさそうな表情で敵兵を見つめる。


「――その程度?」


 悍ましいほどの殺気に当てられ、兵士たちが腰を抜かしてしまう。

 目の前にいる存在が何者か理解できないのだ。

 あれだけの攻撃を受けて平然と立っている相手に勝てるとは到底思えない。

 彼らの顔には恐怖の色が見えた。


 再び槍を構える。

 先ほどの猛攻では満足できないのだ。

 あの程度では、生を実感するには程遠い。


 魔槍『狼角』に魔力を込めていく。

 赤い魔力光が穂先に収束していき、刃を象った。


 アインは一気に駆けだすと、敵兵の集団に襲い掛かる。

 至る所で断末魔が響いていた。

 未だ多く残っている敵兵を、全て殺さなくてはならない。


 ふと、視界の端に隠れている敵の姿を捉える。

 近付いてみれば、兵士や軍師などではなく、馬の世話を任されているだけの村娘だった。

 村娘は酷く怯えた様子でアインを見ていた。


 アインは村娘の首筋に槍の穂先を突き付ける。

 果たして、この少女まで殺すべきだろうか。

 指示は皆殺しとなっているが、非戦闘要員まで殺していいのだろうか。


 よほどアインのことが恐ろしく見えたのだろう。

 村娘はガクガクと体を震わせて失禁していた。

 情けなく涙を流しながら、必死に慈悲を請うていた。


 周囲を見渡せば、敵兵の亡骸が散乱していた。

 遅れて到着した傭兵たちが暴れているのだろう。

 周囲から断末魔が止まない。


 その中に、村娘と同じく馬の世話や兵たちの食事を任されているであろう女性たちの死体もあった。

 武器を持つ者であろうと、そうでなかろうと、戦争では平等に死が訪れる。

 アインは納得したように頷くと、目の前で蹲る村娘の体に槍を突き立てた。


 ほとんどの敵兵が始末され、アイン達は隠れている残党狩りを始める。

 もし補給基地から逃げ出す者がいても、周囲をメルフォード伯爵の私兵によって包囲されているため逃げ切ることは難しいだろう。

 これで、敵軍の前線に情報が洩れることなく後方を断つことが出来た。


 アインは周囲の様子を窺う。

 未だに敵兵は多少残っているが、それもじきに片付くだろう。

 興味を失ったように視線を外すと、アインはハインリヒのもとに向かう。


「随分と張り切ってるみたいね?」


 ハインリヒは返り血で真っ赤に染まっていた。

 アインも多くの敵兵を殺したが、彼はそれ以上だろう。


「僕に出来ることは、剣を振るうことくらいだからね」


 そう返したハインリヒの表情には影があった。

 アインから聞いた真実が酷く堪えているのだろう。

 歪な表情をしていたが、表面だけは笑顔で取り繕っていた。


「ようやく戦争が終わるんだ。こんなところで立ち止まってなんていられないよ」

「……走りすぎるのもどうかと思う」

「もしかして、僕を心配してくれているのかい? 大丈夫。至って正常だよ」


 アインには彼の言葉が信じられなかった。

 正常な人間は、こんなにも歪んだ表情をしないのだ。

 様々な感情が入り混じった複雑なモノを瞳の奥に封じて、ハインリヒは無理に笑っていた。


 近くにいたガーランドに視線を向けるが、彼は難しそうな表情で首を振る。


「無駄だろう。あれは既に、死に場所を定めた目つきをしている」

「死に場所……」


 ブレンタニアとエストワールの最終戦を死に場所としているのだろう。

 ハインリヒは機会があればいつでも命を捨てるつもりでいた。


 愛する妻が死に、最愛の息子も全くの別人になってしまった。

 もはや、今の彼に現世への未練はない。

 それどころか、死ぬことでエルティーナと再会できるとさえ考えてしまうほどに、今のハインリヒは病んでしまっていた。

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