67話 聖銀騎士団
長い夜が明け、アインは砦に帰還する。
体中が傷だらけになり、脇腹に巻いてあった包帯も真っ赤に染まっている。
だが、殺気立ったアインの様子を見てしまっては、誰も理由を尋ねることは出来なかった。
過酷な戦いを終え、アインは酷く疲れていた。
災禍の日は黒鎖魔紋の力を心行くまで振るうことが出来る。
それでも、やはり疲弊した体で戦い続けるのは厳しかった。
ベッドに倒れ込むように寝転ぶと、微睡みの中で考え事をする。
漠然と、災禍の日がなぜ存在するのかを考えていた。
災禍の日は黒鎖魔紋を持つ者にのみ訪れるものだ。
繰り返される惨劇の夜。
周期は不明だったが、繰り返す度に短くなっているように感じた。
ヴァルター曰く、これは邪神の与えた試練であると。
黒鎖魔紋に引き寄せられた悪しき存在とは、一体どこから湧いて出てきているのか。
この世のものとは思えない異形の怪物たち。
その気配は、何故だか自分に近いような気がしていた。
力無き者は死に、力有る者は生き永らえる。
災禍の日を乗り越えられずに命を落とした者も多いのだろう。
アインは戦う力を持っているが、もとより力を持たなかった者はどうやって生き延びているのだろうか。
死にたくない。
それはアインの根源的な感情だ。
殺し合いを望むのも変わらず自己ではあるものの、最優先すべきは自分の生存であることには変わりない。
未だ黒鎖魔紋には謎が多い。
何を基準として所有者は選ばれているのか。
邪神という存在は何者なのか。
何を思って黒鎖魔紋という力を与えているのか。
ヴァルターはいずれ邪神に会うことが出来ると言った。
もし彼の言葉が本当であるとして、ヴァルターは邪神に会ったことがあるのだろうか。
会ったからこそ今のような信心深い彼がいるのだろうか。
考えても答えは出ない。
アインは確実に力を使いこなせるようになってきている。
過酷な道を歩き続け、戦士としても大きく成長している。
だが、力の正体については全く理解できていなかった。
己の内に流れる異質な力。
果たして黒鎖魔紋とは何なのか。
答えにはしばらく辿り着けそうになかった。
心地よく微睡んでいるアインだったが、ドアがノックされて目を覚ました。
「アイン殿、メルフォード伯爵がお呼びだ」
伝令の兵士だった。
アインは不機嫌そうに目元を擦ると、身なりを整えてメルフォード伯爵の元へ向かう。
部屋に到着すると、既にハインリヒとガーランドもいた。
その対面には見知らぬ鎧姿の男性がいる。
白銀の美しい鎧を着ている姿を見れば、彼が件の騎士団を率いる者なのだと理解できた。
「皆揃ったようだな」
メルフォード伯爵が部屋にいる者たちを見回す。
ブレンタニアが攻勢に出るだけの準備が整っていた。
「先ず、皆に紹介させてもらおう。この者は、中央から派遣された聖銀騎士団の団長ヴェルテ・ランバートだ」
「諸君の活躍は中央でも聞き及んでおります。どうぞ、よろしく」
ヴェルテが仰々しく頭を下げる。
その姿がアインにとっては意外に思えた。
本来は立場が上にあるはずの騎士が、雇われているだけの傭兵に礼を尽くしたからだ。
そんなアインの様子に、ヴェルテは笑みを浮かべて尋ねる。
「意外に思いますか、『狂槍』のアイン殿?」
ヴェルテは二つ名まで知っていた。
それほどこの地方で起きている戦争に関心があったのだろう。
驚いた様子のアインに、彼は丁寧に説明する。
「この地における戦争は、我が国にとっても重要な問題でしたから。エストワール側からすれば、小国を相手に遊んでいる程度の認識でしかないかもしれませんが……それでも、我々聖銀騎士団は常にこちらの情勢に耳を傾けておりました故」
「なぜ、すぐに救援に来なかったの?」
「単純にはいかないのですよ。もし我々が時期を考えずに救援に駆け付ければ、下手すればエストワールの皇帝直属の騎士団が出張ってくるかもしれませんから。今は色々と丁度いい時期なのです」
アインにはいまいち分からなかったが、そういうものだと納得する。
もとより村育ちのアインは国同士のいざこざに詳しくない。
騎士団長であるヴェルテが言うならば間違いないだろう。
「事前にメルフォード伯爵から聞いているとは思いますが、傭兵の皆さんにはエストワール軍の後方を断っていただきたい。我々聖銀騎士団が正面から、砦の皆さんは後方から。挟み撃ちにすれば、如何にエストワール軍といえど一溜りもないでしょう」
ブレンタニア公国直属、聖銀騎士団。
数は二千と少ないが、代わりに練度が非常に高く個々の能力も並の騎士団より遥かに優れている。
全身を聖銀の武具で揃えていることからその名が付いたとされていた。
だが、敵軍には『剣帝』イザベルがいる。
以前であれば、聖銀騎士団が加勢しても押し切れるか分からない状況だった。
しかし、今は彼女と引き分けたアインがいる。
メルフォード伯爵はその話をすることで、中央議会から騎士団派遣の承認を得ることが出来たのだった。
「敵軍に情報が洩れる前に、一刻も早く行動に移したいと考えています。傭兵の方々には明日の早朝には発ってもらい、メルフォード伯爵の兵と共に敵陣の後方にある中継拠点を攻め、その後南下して本陣を攻めてもらいたい」
遂に待ち侘びた最後の戦いが始まるのだ。
この場にいる皆の士気が高まっていた。
その中で一人、アインだけは違うことを考えていた。
エストワール軍の最高戦力である、『剣帝』イザベル・メルクリウス。
前回は引き分けてしまったが、次は確実に仕留めようと考えていた。
災禍の日を乗り越えて確実に成長した今ならば勝てると、アインは確信していた。




