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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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63話 総力戦(2)

 イザベル・メルクリウス。

 若くして達人の域に足を踏み入れた彼女は、『剣帝』という二つ名と共に両国に知れ渡っている。


 この地における戦争において、エストワール軍の誇る最高戦力。

 その剣で数多の屈強な傭兵たちを斬り伏せてきた少女だ。

 彼女が駆り出されるということは、それだけ本気ということなのだろう。


 ハインリヒとガーランドもまた、二つ名を持つ者たちと交戦していた。

 手を借りられるほどの余裕はなさそうだ。

 であれば、イザベルはアインのみで倒さなければならない。


 アインは体内に魔力を循環させる。

 相手はどれほどの腕前だろうか。

 見た目はただの少女のようにも見えたが、警戒は怠らない。


 少なくとも先日戦ったジノ・シュタイナーとは格が違う。

 それだけは、相対しただけで理解することが出来た。


 気圧されそうなほどの凄まじい殺気。

 僅かな隙も見つからない立ち振る舞い。

 勇ましく剣を構える姿は、まるで御伽噺に出て来る剣士のようだった。


 しかし、戦えないほどではない。

 アインは魔槍『狼角』を突き出すように構える。

 この程度の差であれば、気迫で埋められないこともない。


 相手は明確な強者だ。

 だが、同じ剣士という点では、アインは遥か高みに存在する者を知っている。

 戦いにおいて、唯一アインが恐怖を感じる相手。

 教皇庁の枢機卿アイゼルネ・ユングフラウと比べれば、まだ戦えるはずだ。


 得物の間合いではアインが有利だ。

 槍と剣とでは長さが違いすぎる。

 じっと隙を見せるのを待てば、勝てない相手ではない。


 そう考えていたが、イザベルは間合いの差など気にもせずに迫ってきた。


「――ッ!?」


 槍を振るって近付けまいとするが、イザベルは得意の剣術でアインの槍を受け流す。

 だが、アインは受け流された勢いを利用して身を捻って上段に回し蹴りを放つ。

 魔力によって強化された身体から繰り出される蹴りは、それだけでも脅威になり得る。


 イザベルはそれを腕で受け止めると、アインの脚を手で掴む。

 引き抜こうとするが、しっかりと固定されてしまい逃げることが出来ない。

 必死に逃げ出そうとするアインに、イザベルが剣を振るおうと構える。


 このままでは危険だ。

 アインは咄嗟に手を突き出して詠唱する。


「――爆炎アオス・ブルフ


 二人の間で爆発が起こり、互いに吹き飛ばされてしまう。

 アインは脚に火傷を負ってしまうが、あのまま掴まれているよりはずっとマシだと割り切って体を起こす。


 イザベルは立ち上がると、アインを警戒した様子で剣を構えた。

 足を掴まれた状況から逃げ出すためとはいえ、自身を巻き添えに爆発を起こすなど聞いたこともなかった。

 その苛烈な戦い方を見て、イザベルはなるほどと頷く。


「見事ね。『狂槍』という二つ名に恥じない戦いぶりだわ」


 イザベルに称賛されるも、アインは興味なさげに再び槍を構える。

 今は戦いに集中するべきだ。

 先ほどの打ち合いだけで技量の差は理解できた。

 一瞬でも気を抜いてしまえば、次の瞬間には死が待っていることだろう。


 再びイザベルが駆け出す。

 迎え撃つように槍を振るうが、イザベルは身を低くすることで潜り抜けてきた。

 目で追いきれないほどの身のこなしで懐に潜り込むと、イザベルは剣を突き出す。


「もらったッ!」


 躱すことは出来ない。

 であれば、如何にしてこの窮地を乗り切るか。

 少しだけ身を逸らすが、イザベルの剣はアインの脇腹を抉るように切り裂く。


 ドクドクと血が溢れ出す。

 体中を激痛が駆け抜ける。

 意識が飛びそうになるのを辛うじて繋ぎ止め、アインは即座にイザベルの腕を掴む。


 イザベルの表情は驚愕に彩られていた。

 急所は外したとはいえ、常人であれば立っていられるような傷ではない。

 だというのに、アインは一瞬たりとも怯まずにイザベルの腕を掴んだのだ。


 勢いをそのままに、アインは足を引っ掛けてイザベルを地に転がす。

 腕を掴んだままであれば、いかに『剣帝』と呼ばれていようと剣を振るうことは出来ない。

 イザベルの上に馬乗りになると、もう片方の手を固く握りしめる。


 拳を力任せに振り下ろす。

 もはや武術の型も関係ない。

 目の前にいる相手を殺すことが出来ればいいのだ。

 アインは荒く息を吐き出して、さらに拳を振り下ろす。


「うぐ、がぁッ!」


 何度も殴られてイザベルは痛みに声を上げる。

 まるで痛みに慣れていないかのようだった。

 それを見て、アインは彼女のことをなんとなく理解する。


 イザベルは天賦の才ともいうべき剣の腕前を持っている。

 恐らく、幼い頃から負けを知らなかったのだろう。

 だからこそ、こうして痛みに慣れることが出来なかったのだ。


 脇腹を抉られようと意識を保てるアインに対して、イザベルは技量では優れていても戦士としては劣っていた。

 それ故に、この状況が生まれたのだ。

 アインが価値を確信した時、戦場に声が響き渡る。


「撤退ッ! 撤退だッ!」


 エストワール軍が撤退を選んだのだ。

 これだけの戦力差があったというのに。

 戦況を見れば、随分とブレンタニア側が優勢のように見えた。


 一瞬だけ気を取られたせいだろう。

 アインはイザベルの動きに反応が遅れてしまう。


「――うぁあああああああああッ!」


 イザベルが声を荒げてアインを押し退ける。

 その衝撃で脇腹の傷がさらに開き、血がドクドクと溢れ出す。

 だが、イザベルはアインに止めを刺す事無く、背を向けて逃走を選んだ。


 それだけアインのことが危険だと感じたのだろう。

 あのまま逃げずに戦っていればイザベルの方が優勢だったかもしれない。

 しかし、傷を負ってもなお怯まずに戦い続けるアインに、どこかで恐怖を感じたのかもしれない。


 やがて、戦場に静寂が戻ってきた。

 エストワール軍が撤退し、残されたのは両軍の死体とブレンタニア軍のみ。

 見れば、被害はエストワール側の方が大きいようだった。


 ガルディアの壁は非常に堅牢な砦だった。

 あれだけの軍を率いてきたエストワールを押し返せるだけの守りがあるのだ。

 長年ブレンタニアが耐え続けられたのも頷ける。


 アインは荒く息を吐き出す。

 さすがに出血が酷く、立っていられそうにない状態だった。

 気迫でどうにか繋ぎ止めていた意識も、さすがにこれ以上は持ちそうにない。


 アインは大の字になって倒れると、そのまま意識を手放した。

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