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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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62話 総力戦(1)

 エストワール側が再び攻勢に出たのは二日後のことだった。

 早朝から鳴り響く警笛に、アインは眠気眼を擦って体を起き上がらせる。


 戦を控えた砦の中は相変わらず騒がしかった。

 恐らくは今回も小競り合いのようなものだろう。

 適当に雑兵の相手をしつつ、二つ名のある者を見かけたら殺せばいいと考えていた。


 しかし、砦の外に出ると様子がおかしいことに気付く。

 エストワール軍との距離が明らかに近いのだ。

 弓兵や魔術兵の射程圏内であろうと立ち止まることなく進軍してきていた。


「どうやら、エストワールも本気で攻め込んできたようだね」


 隣へやってきたハインリヒが真剣な表情で言う。

 今回は傭兵だけでなく正規軍まで攻め込んできていた。

 それだけ本気ということなのだろう。


 砦の上ではメルフォード伯爵が指揮を執っていた。

 彼としても、この時期にエストワール軍が攻勢に出て来るのは予想外だったのだろう。

 しかも、エストワール軍の規模を見るに総力戦を仕掛けようとしているのだ。

 今の戦力差では、ブレンタニア側は明らかに不利な状況だった。


「何としても持ち堪えるんだ! これを耐えねば、ブレンタニアに明日はないと思えッ!」


 この戦いを持ち堪えれば、中央議会から騎士団が派遣されるのだ。

 そうなればブレンタニア側は勝利へ大きく前進するだろう。

 それだけに、メルフォード伯爵も必死だった。

 険しい表情を浮かべ、ブレンタニア軍に指示を出す。


「――総員、エストワール軍を殲滅せよッ!」


 そして、戦いが始まる。

 メルフォード伯爵の合図と共に大量の矢と魔法が一斉に放たれた。

 大量の矢と魔法が雨のように降り注ぐが、エストワール側の魔法障壁によってほとんどが防がれてしまう。


 しかし、それも完全ではない。

 僅かではあるものの、確実にエストワール軍に被害を齎していた。

 エストワール軍と衝突する前に、第二波の準備が整う。


 アインは自身も魔法を撃つべきだろうと魔力を練り上げる。

 魔法障壁によって阻まれてしまうのであれば、ブレンタニア側の唯一の強みであるガルディアの壁からの迎撃の意味がない。

 それだけエストワールが攻め落とすことに全力を注いでいるのだろうが、アインもブレンタニア側についている以上は手を抜くつもりはなかった。


 弓兵や魔術兵たちに合わせるように、アインは詠唱する。

 数多の兵士の命を奪うことに、もはや抵抗は無い。


「我が名の下に命ずる。煉獄よ、ここに顕現せよ――そして全て灰塵と化せアレス・フェアブレンネン


 魔槍『狼角』の穂先に膨大な魔力が収束し――解き放たれた。


 空が赤く染まっていた。

 夜が明けたばかりだというのに、夕闇のように空が赤い。

 否――業火が空を覆い尽くしていたのだ。


 それは正に煉獄の顕現。

 突如として現れた業火が視界を埋め尽くすほどに広がっていく。

 味方からは歓声が上がるが、果たしてそれを前にしたエストワール軍の恐怖は如何程か。

 視界が晴れると、多くの焼死体が地に転がっていた。


 アインの魔法だけで数十人は死んだことだろう。

 これだけ多くの命を奪ってもなお、アインは不満げな表情を浮かべていた。

 やはり、直接刃を交えるのでなければ快楽は得られない。


 未だ多くの敵が健在だ。

 少なく見積もっても、敵は四千人ほどいるだろう。

 対して、この砦に滞在する兵士は傭兵を含めても千人ほど。

 明らかに数の差があった。


 しかし、だからといって引き下がるわけにもいかない。

 メルフォード伯爵の指示の下、ブレンタニア軍も進軍を開始する。

 そして――両軍が衝突する。


 やはり戦場は居心地がいい。

 アインは衝動のままに槍を振るい、戦場を駆け抜けていく。


 槍で敵を貫く度に、その手に伝わる感触が心地良い。

 返り血を浴びる度に笑みがこぼれてしまうのだ。

 命を奪う度に、自身の生を強く実感できる。


 かつて盗賊を一人殺しただけで涙を流していた少女アインは、もうそこにはいない。

 今いるのは、ただ衝動のままに殺戮する残虐な少女アインだ。

 成長と呼ぶべきか、あるいは退廃と呼ぶべきか。

 それは本人でさえも区別が付かなかった。


 しかし、それでも良いと思えていた。

 その素質があったからこそ、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得られたのだと感じていた。

 ただ漠然と、自分がこの力を得られたのは理由があるのだと理解していた。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは内に秘めた本性を露にする。

 だが、今のアインは己の本性が如何なるものか、己が何者であるかを理解していた。

 そして、それを否定せずに受け入れていた。


 だからだろうか。

 アインは自身の力が高まってきているように感じていた。

 まるで黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放している時のような、狂気的で背徳的な昂揚。

 それを常に感じられて、とても心地が良かった。


 ひたすら殺戮を繰り広げるアインの前に、一人の少女が立ちはだかる。

 アインと同い年くらいで、勇ましい顔つきをしていた。


「あなたが『狂槍』のアインね?」

「……何の用?」

「あなたと一騎打ちをしたくて、わざわざ探していたのよ」


 そう言うと、少女は剣を突き出すように構える。

 その立ち振る舞いには隙を感じられない。

 相応の技量の持ち主と見て、アインは彼女に向き直った。


「なんで私に?」

「近いものを感じたから、ね。あなた、戦うことが好きでしょう?」


 確かに戦うことは好きだ。

 それは間違いではないため、アインは頷く。

 すると少女は、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「やっぱりね。あたしもそうだから、きっと楽しめると思ったのよ」


 その笑みが好戦的なものに変貌する。

 彼女もまた、アインと同様に戦闘狂なのだろう。

 犬歯を剥き出しにして嗤う姿を見て、アインは鏡でも見ているかのような気分になった。


「あたしは『剣帝』イザベル・メルクリウス。いざ尋常に――勝負ッ!」


 名前を聞いて、アインは驚いたようにイザベルの顔を見つめる。

 存外に若い『剣帝』との戦いが始まった。

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