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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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59話 二つ名

 その日の夜、アインは砦にある食堂で酒を飲んでいた。

 メルフォード伯爵との約束通り、アインには肉と酒が大量に用意されている。


 初陣は完全勝利に終わった。

 敵軍の数が少なかったということもあるが、それ以上にジノ・シュタイナーが討たれたことが大きかった。

 不測の事態に動揺した敵軍が早期に撤退を選んだことで、自軍に大きな被害は出ていない。


 だが、アインは満足していなかった。

 確かにジノの技量は確かなものだったし、学ぶべきことも多かった。

 彼の流れるような身のこなしも同じ槍使いとしても参考になっていた。

 しかし、やはり黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を存分に振るうのとでは、満足の度合いは大きく違う。


 災禍の日はまだ先だろう。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカには疼きを感じない。

 存分に暴れられる日はまだ遠かった。


 せめて命の危険を感じられるほどの手合いがいればいいのだが、と気だるげにため息を吐く。

 そんなアインのもとに、一人の男がやってきた。


「やあ、アイン。凄い活躍だったね」

「……別に」


 ハインリヒだった。

 彼は自分の食事をテーブルに置くと、アインの対面に座る。


「戦場で堂々としているから腕が立つんだろうとは思っていたけれど、まさかあのジノ・シュタイナーを討つとは思わなかったよ」

「大したことじゃない」

「いや、大したことだよ。実際、彼の槍術には手を焼いていた」


 彼自身もジノと戦ったことがあるのだろう。

 洗練された技術は脅威だ。

 特に長年磨き上げられてきたジノの槍術は、若い衆では太刀打ちできずにいた。


「それに、君は大勢の敵兵を討ったじゃないか。あれだけの敵を一人で倒したんだから、もっと称賛されるべきだ」


 戦場で、アインは敵軍に恐怖という大きな爪痕を残した。

 狂ったように槍を振るい続ける姿。

 命を奪う度に嗤う姿。

 まるで悪魔のようだと語られていた。


 アインは視線を周囲の傭兵たちに向ける。

 彼らは視線が合うと気まずそうに顔を背けた。

 恐れているのは、敵軍だけではないようだった。


「それにしても、酷いものだよ。君のような少女に『狂槍』だなんて二つ名が付けられているんだなんてね」

「二つ名?」

「知らなかったのかい? 君の戦場での様子から、そう呼ばれているみたいなんだ」


 それを聞いて、アインは自嘲気味に笑う。

 少し暴れすぎたのかもしれない。

 存分に槍を振るうことだけを考えていたせいか、他者からの視線を全く気にしていなかった。


「ブレンタニアには二つ名のある傭兵が三人いる。一人は僕、『竜殺し』ハインリヒ・ベルトだ」


 ハインリヒはそう言うも、あまり良い表情ではなかった。

 戦場でも言っていた通り分不相応な称号だと思っているらしい。


「『竜殺し』ってことは、竜と戦ったの?」

「ああ。住んでいた街……ガルディアから西へ行ったところにあるんだけど、そこが地竜の群れに襲われてね。無我夢中で剣を振るっていたら、奇跡的に生き延びることが出来たんだ」


 そう言って、ハインリヒは自分の剣を鞘から抜いて見せる。

 竜の鱗を磨き上げて作られた業物で、刀身には複雑な魔紋が刻まれていた。


「大層な二つ名で呼ばれてはいるけど、僕は無力だよ。自分の家族さえ守れないんだからね」


 ハインリヒ・ベルト。

 その家名に聞き覚えがあると思ったが、まさか。

 アインは彼の顔をじっと見つめ、しかし、尋ねようとはしなかった。


「二人目は『城塞』のガーランド。ほら、向こうで一人で飲んでいる男がいるだろう? 彼がそうだ」


 巨大な盾を壁に立てかけて、巨躯の男が一人で酒を飲んでいた。

 屈強な肉体を厚い金属鎧で覆っており、生半可な攻撃では守りを突破することは厳しいだろう。

 鉄壁の守りと恵まれた体格による戦い方から『城塞』という呼び名が付いていた。


「そして三人目が君、『狂槍』のアインだ」


 二つ名を持つ三人。

 それがブレンタニア側の主力だった。

 随分と重要な立場になってしまったものだと、アインは面倒そうにため息を吐いた。


 ブレンタニアとエストワールの戦争が終結するまでいるつもりはない。

 自分が満足出来るだけ殺戮出来たらそれでいいのだ。

 だが、一応は傭兵として戦争に参加したのだから、ある程度の区切りまでは戦い続けても良いだろうと考えていた。


「けれど、君のような少女に戦争の重荷を背負わせるのは心が痛むよ。僕にも幼い息子がいたから、特にね」


 彼がアルフレッドの父親なのかもしれない。

 アインは確信していた。

 ヘスリッヒ村を滅ぼした、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ幼子。

 彼の行方は未だに分からない。


「ブレンタニア側の戦力は理解できた。それで、エストワール側は?」

「ああ、分かっている限りだけど説明させてもらうよ」


 ハインリヒは酒を呷ると、説明を始める。


「エストワール側で二つ名のあるような傭兵は四人。いや、正確には四人いた、かな。君が『双牙』のジノ・シュタイナーを倒してくれたおかげで、あと三人だ」


 今回の戦いでは、エストワール軍は多くの戦力を割かなかった。

 そのため、二つ名のある者はジノしか参加していなかった。


「『鉄扇』のメイ・シャンテ、『幻魔』のクロセル。そして、特に厄介なのが『剣帝』イザベル・メルクリウスだ」


 メイ・シャンテは『鉄扇』という二つ名の通り鉄扇で戦うのだろう。

 慣れない戦い方をする相手は厄介だが、いい経験になるかもしれないとアインは期待する。


 クロセルは『幻魔』という二つ名を持つ、幻術の類を扱う魔導士だ。

 気配を消すことにも長けており、戦場で彼の姿を捉えることは難しい。


 だが、そんな二人よりもさらに厄介な人物。

 それが『剣帝』の二つ名を持つ女性――イザベル・メルクリウスだ。


「いいかい、アイン。彼女には気を付けるんだ。彼女の剣は見えない」

「……どういうこと?」

「そのままの意味さ。目で追うことが出来ないくらい、鋭くて素早い太刀筋だ」


 彼女の強みは、鍛え上げた己の剣術のみだ。

 それ故に純粋な実力勝負になることが多く、戦場において彼女は敗北を知らない。

 イザベルが戦場に出て来た時、それはエストワール側が本気でガルディア砦を落としに来たということだろう。


「他の傭兵……ジノと比べると、どうなの?」

「ジノも確かに優れた技量の持ち主だった。けど、イザベルはその上を行くと考えていい。おまけに彼女は強大な魔力を持っている」


 まさに神の寵愛を受けた剣士だろう。

 生まれ持った強大な魔力と天賦の才。

 それを磨き上げて、ついに『剣帝』と称されるほどに昇華させた。


 それほどの人物がこの戦争に参加しているのだ。

 アインは刃を交える時が楽しみで仕方がなかった。

 実力のある者との戦いは、確実に自身の成長へとつながる。


「ジノが討たれたから、きっとエストワール側も本気を出してくることだろう。近々、大規模な戦いが起こるかもしれない」

「……そう」

「怖くないのかい? 傭兵として戦場に立っているんだ、いつ命を落とすか分からないのに」


 それを聞いて、アインは首を傾げる。

 戦いに怖いという感情を久しく持てなかったからだ。

 生きるか死ぬかという状況でさえ、今のアインは楽しいとしか感じられない。


「それを望んで来たから。怖いなんて、考えたこともなかった」

「そうか……大物だね、君は」


 ハインリヒは呆れたように笑う。

 皮肉ではなく、心から称賛している様子だった。


 家族を失った傷を癒せていないのだろう。

 地竜の群れの襲撃から生き延びたとしても、愛する家族がいないのでは意味がない。

 果たして彼は、妻が病死してしまい、息子が殺戮者となったことを知るべきだろうか。

 アインは話すべきか悩んだが、結局は黙することを選んだ。


 食事を終えると、アインはハインリヒと別れて自身の部屋に戻る。

 戦いの疲労もあるため、早めに眠ることにした。

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