表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/170

58話 自覚する

 砦の中を兵たちが慌ただしく駆け回っていた。

 エストワール軍が国境付近で確認されたらしく、戦いの準備を進めていた。


 アインは他の傭兵たちに続くように砦の外へ出ていく。

 大半は有象無象によって構成されていたが、何人か腕の立ちそうな人物の姿もあった。

 彼らが今まで砦を支えてきたのだろう。


 先頭で悠然と佇む巨躯の男。

 戦いを前にしているというのに、そこには一切の緊張も感じられない。

 身の丈はあろうかという巨大な盾を手に持っている姿は、まるで堅牢な要塞を前にした時のような圧があった。


 その横には、武骨な剣を持つ男がいた。

 穏和な顔つきをしているが、戦場に立つ姿は正しく戦士のそれだ。

 よく見れば、彼の剣は竜鱗を加工して作られた業物であることが分かる。


 彼らもまた、アインと同様にゴールドの冒険者だった。

 一体どのような戦いを見せるのだろうか。

 自身の戦いだけでなく、彼らの方にも興味が惹かれた。


 戦争と言えど、総力戦になることは少ない。

 大抵は小競り合いのようなもので、総力戦になることはほとんどない。

 正規軍同士のぶつかり合いになることはほとんど無く、実質的に傭兵の代替戦争という形になっていた。


 であれば、気負う事無く戦争を愉しめるだろう。

 アインは槍を構えると笑みを浮かべる。

 果たして、自身を満足させてくれるような強者は現れるだろうか。

 戦いの時が楽しみで仕方がなかった。


「随分と余裕があるね?」


 声をかけられ、アインは視線を向ける。

 先ほどの竜鱗の剣を持つ男がいた。


「戦場は初めてみたいだけど、大丈夫かい? 年頃の女の子には随分と辛い光景を見ることになる」

「大丈夫。慣れてるから」

「そうか。けど、無理しすぎないように。自分の生存を最優先で考えないとね」


 男はアインのことを心配している様子だった。

 悪い人物ではないだろう。

 血の気の多い者は戦いを前に昂揚して、臆病な者は自分のことばかりを考える。

 戦場で他人の心配を出来る者はそういない。


「僕はハインリヒ・ベルト。巷じゃ『竜殺し』なんて大層な呼び方をされているが、大した人間じゃない。君は?」

「アイン。家名はない」

「アインか。いい名前だ。よろしく頼むよ」


 差し出された手を握り返すが、アインの意識は別にあった。

 ベルトという家名に、どこかで聞き覚えがあったからだ。

 だが、今は戦いに集中するべきだろうと意識を切り替える。


 ガルディアの砦は、周囲の土地の形状を利用して作られており守りに適している。

 正規軍の大半や後衛の傭兵は砦からの攻撃を行うことになっている。

 弓兵や魔術兵、固定砲台などを警戒してか、エストワール側も射程圏内まで攻め込んでくることは少ない。


 そのため、戦いは常にガルディアの壁の前方にある巨大な荒野で繰り広げられていた。

 敵軍は既に、視認できる距離にまで近付いてきている。


 後方を振り返れば、メルフォード伯爵が砦の上から敵軍の様子を窺っていた。

 こちらの消耗を狙ってか、射程の内側までは攻め込んできていない。

 今回も小規模の戦いになることだろうと予想していた。


 彼は手を前方に突き出すと、大きな声で自軍に指示を出す。


「進軍せよッ!」


 その指示に従い、ブレンタニア側の傭兵たちが駆け出す。

 迎え撃つ様にエストワール側も抜刀した。

 そして、徐々に両軍の距離が近づいていき――衝突する。


 剣と剣がぶつかり合う音が至る所から聞こえてきていた。

 勇ましい雄たけびと共に敵軍に切りかかっていく傭兵たち。

 乱戦の中、アインは魔槍『狼角』を構えて突撃する。


「はあああああああッ!」


 アインは敵陣に切り込んでいく。

 味方が近くにいては、存分に槍を振るえないからだ。

 魔力を込めて槍で薙ぎ払うと、それだけで何人もの人間を吹き飛ばした。


 心地よい高揚感があった。

 これが戦争、これが殺し合い。

 多くの命がこの場で散っていくのだ。

 自然と笑みがこぼれてしまう。


 槍を振るう度に、手に伝わってくる感触がアインを震わせる。

 戦場では己の本性を隠す必要はないのだ。

 背徳的な快楽が体中を満たしていた。


「おぬし……随分と楽しんでいるな?」


 老齢の男がアインに立ちはだかる。

 両手に短槍を一本ずつ持ち、警戒した様子でアインのことを見据えていた。


「あなたは?」

「儂はジノ・シュタイナー。武の頂点を目指した男の成れの果てよ」


 彼はエストワール側の傭兵だろう。

 老齢だが覇気に満ちており、鋭い眼光を見れば衰えていないことが窺える。

 彼もまた、戦いを求めて戦場にやってきたのだろう。


 アインは魔槍『狼角』をジノに向ける。

 戦いを求めてきたのならば、応えないわけにはいかない。

 たとえ相手が老齢であろうと一切の手加減もせずに戦うべきだ。


「いざ――参るッ!」


 素早く間合いを詰め、ジノが短槍を振るう。

 身を捻って躱すと、休む間もなく反対の手に持った短槍が振るわれた。

 流れるような槍捌きに、アインは感心した様子で頷く。


 だが、甘い。

 どれだけ鋭い一撃を放とうと、相手に届かないのであれば無意味だ。

 二槍による連携は厄介かもしれないが、翻弄されなければ良いだけの事。

 冷静に対処すれば、今のアインには脅威足りえない。


 突き出された短槍を躱すと、アインはその手首を掴む。


「むッ!?」


 ジノの顔には驚愕の色が浮かんでいた。

 己の槍術が見抜かれるとは思ってもみなかったのだろう。

 アインは体に魔力を巡らせ、ジノの体を力任せに地面に叩きつけた。


 そして、槍を心臓に突き立てる。

 技量は確かなものだったが、彼がアインと戦うには魔力が不足していた。

 それ故に、得意の槍術も速さが足りなかった。


 彼は確かに見事な腕を持っていた。

 昔のアインであれ梃子摺っていたことだろう。

 しかし、これまでの旅の経験がアインの実力を高めていた。

 この程度の手合いであれば、大した脅威にはならない。


 しかし、それはあくまでアインにとっての話だ。

 彼の敗北は、自軍にも敵軍にも大きな衝撃を与えていた。


「おい、嘘だろ……」

「今の見たか?」

「『双牙』のジノ・シュタイナーが討たれただと!?」

「あんな少女が……」


 名のある人物だったのだろう。

 特にエストワール側の動揺は激しく、アインに対して怯えたような視線を向ける者さえいた。


 たかが一人の男が命を失っただけで馬鹿馬鹿しい。

 戦士であれば、剣を以て仇討ちくらいしてみせてほしい。

 この程度のことで戦意を喪失されるなど期待外れだ。


 アインは槍に付いた血を振り払うと、再びエストワール軍に襲い掛かる。

 先ほどまでとは違い、逃げ出そうとする者も多かった。

 しかし、アインが逃走を許すはずもない。

 すぐに追い付くと、背後から心臓を貫いて命を奪う。


 やはり、自分には戦いが合っている。

 殺すことが堪らなく気持ちいのだ。

 命を奪う度、アインは心の底からそう思えた。


 以前は残虐な自分が嫌で仕方がなかった。

 普通の少女として過ごしてきた倫理観が異常な振る舞いを抑えていた。

 しかし、今は違う。

 殺戮の宴を心から楽しめるほどに、アインは狂っていた。


 やがて、敵軍は撤退していった。

 静まり返った戦場で、ブレンタニアの傭兵たちは呆然とその光景を眺める。

 敵軍の亡骸で溢れ返る大地の上で、返り血に染まって恍惚とする少女の姿を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ