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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
四章 ガルディア戦役

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57話 ガルディアの壁

 ブレンタニアは隣国エストワールと比べると国力の面で差を付けられてしまっている。

 当初は戦争が長引けば降参するだろうと思われていたが、国境付近における地の利を生かすことで辛うじて均衡状態を保てていた。


 特に大きく貢献しているのが、ガルディアの壁と呼ばれる巨大な砦である。

 砦自体は古いもので、何世紀も前に作られた石造りのものだ。

 しかし地の利を活かして作られたこの砦は、一度も落とされたことのない不落の砦としても有名だ。


 逆に言えば、この砦さえ落とされてしまえばブレンタニアは負けも同然だった。

 初めはエストワールの苛烈な侵攻によって窮地に立たされたことが何度もあった。

 しかし、代々このベルグラード地方を治めてきたメルフォード辺境伯の優れた戦場指揮によって何度もその危機を脱してきた。


 次第に戦火は静かになっていったが、近年では再び衝突が激しくなってきている。

 その理由として挙げられるものは二つある。


 一つ目は魔物の活性化だった。

 特にブレンタニア側での被害は大きく、一つの街が崩壊したこともある。

 後方からの支援が減ってしまった今、ガルディアの壁は以前よりも守りが薄くなってしまっている。


 二つ目は両国が傭兵を雇うことによって戦力増強を開始したことだ。

 正規軍の前方に傭兵たちによって構成された部隊を置くことによって、自国の戦力は消耗せずに戦い続けることが出来る。

 両国がそれを始めてから、再び戦争が苛烈なものになってきていた。


 だが、やはり国力に劣るブレンタニアには大勢の傭兵を雇い続ける余裕もない。

 それ故に名のある者はエストワールに奪われがちで、自国出身の者を引き留めることが精一杯の状況だった。


 戦況を見れば、明らかにエストワールに付いた方が良いだろう。

 報酬も高く、勝利にも近い。

 しかし、アインはあえてブレンタニア側で戦おうと考えていた。


 砦に到着したのは昼頃のことだった。

 アインが到着すると、見張りの兵に声をかけられた。


「何用だ」

「傭兵として雇ってもらいたい」

「傭兵だと?」


 見張りの兵は意外そうな表情でアインに視線を向ける。

 ブレンタニア側に志願する物好きもいるものだという驚きと、アインの姿を見てもただの少女にしか見えないという驚きだった。

 アインの容姿を見ればブレンタニアの出身でないことが分かる。

 他国の人間が志願してくることは随分と久しぶりのことだった。


 しかし、アインがローブの前を開けて見せると、胸元にはゴールドの冒険者カードがあった。

 それを見て、見張りの兵は驚いた様子で頷く。


「わ、分かった。案内しよう」


 ゴールドの冒険者は一人いれば戦況をひっくり返すことが出来るような人材だ。

 両国共に何人か抱えていたが、ブレンタニア側の方が数では負けている。

 アインが加わるのであれば、戦力差も多少は埋められるかもしれない。


 砦の中は随分と埃っぽかった。

 周囲の大地が枯れ果てているため、砂埃によってどうしても汚れてしまうのだ。

 せめて寝床くらいはマシだといいけれど、とアインは心の中で呟いた。


「この部屋の中にメルフォード伯爵がいらっしゃる。くれぐれも粗相のないように」

「分かった」


 アインは頷くと、扉をゆっくりと開けて中に入る。

 部屋の奥には何人かの役人と、椅子に座った壮年の男がいた。

 覇気に満ちた姿を見れば、なるほど、この砦を任されるだけのことはあると思えた。


「ふむ、傭兵志願かね?」

「ええ」


 アインは頷く。

 メルフォード伯爵はアインの身なりをじっと観察して、不思議そうに首を傾げる。


「しかしなぜ、君はブレンタニア側に? いや、もちろん大歓迎なわけだが。出身国もここではないだろう?」


 劣勢のブレンタニアにわざわざ加勢する者は少ない。

 金のために参加するのであれば、エストワールに流れるのが普通だ。

 自国のためを思って参加する者がほとんどで、それ以外の者がブレンタニアに雇ってほしいと申し出るのは珍しかった。


 だが、アインに動機はいたって単純なものだった。


「ブレンタニア側に付いた方が、強い人と戦えるから」


 それを聞いて、メルフォード伯爵は驚いた様子でアインの顔を見つめる。

 整った顔立ちをしているが、どこか冷たい印象を受ける。

 その瞳の奥には、刃のように鋭い殺気が秘められていた。


「なるほど、武芸者の類ということか」


 メルフォード伯爵は納得した様子で頷く。

 強い相手と戦うことを求めているのであれば、確かにブレンタニア側に付いた方が良いだろう。


 だが、アインの本音はさらに深くにある。

 強者を求めていることは間違いない。

 彼らとの戦いは、アインにとってもいい経験になることだろう。


 それだけならば、戦争にわざわざ参加する必要はない。

 アインが真に目的とするものはただ一つ。

 存分に殺戮を愉しめる場が欲しかっただけ。

 その大義名分を得られるから利用するだけに過ぎないのだ。


 しかし、どのような理由であってもブレンタニア側にとっては良いことばかりだ。

 これを拒む理由なども無いだろう。


「報酬はどれくらいを望んでいる? あまり大金は用意できないが、ゴールドの冒険者であれば多めに用意させてもらおう」

「金は少額で構わない。代わりに、肉や酒を優先して回してほしい」


 アインが必要としているのは、存分に槍を振るえる場のみだ。

 これまで受けてきた依頼の報酬も多く残っているため、これ以上増えたところで邪魔な荷物にしかならない。

 であれば、戦いの疲れをいやすために食糧を優先した方が良いと考えていた。


 メルフォード伯爵としても、その申し出はありがたいものだった。

 物資に余裕はないが、それ以上に資金が酷く不足していた。

 破格の条件でゴールドの冒険者を雇えるのだから、その程度の融通を利かせることなど安いものだ。


「分かった、その申し出を受け入れよう。詳細は追って説明させる。今日は旅の疲れを……といっても、ゆっくりくつろげるような場所ではないが、部屋を手配するから休んでくれ」


 そうして、アインは兵士に案内されて部屋に向かう。

 その最中で他の傭兵たちの姿を何度も見たが、彼らの表情は暗かった。

 戦況を考えれば仕方ないだろう。


 部屋は独房のように狭く、最低限としてベッドが用意されているくらいだった。

 だが、これでも他の部屋よりはマシな方なのだろう。

 安く雇われている傭兵などは、廊下で雑魚寝しているような者までいるくらいだ。

 アインの待遇は比較的良い方だった。


 窓から顔を覗かせると、隣国側の様子が良く見えた。

 見渡しが良いと思えば悪くない部屋かもしれない。

 戦場となる場所を一望出来るのだから、何かあった際に即座に行動に移せるだろう。


 荷物を置くと、アインはベッドに腰を下ろした。

 いくら戦争の苛烈な地域とはいえ、やはり毎日のように戦い続けているわけではないのだろう。

 多くても数日に一度、エストワール側の兵が襲撃を仕掛けてくるくらいだ。

 戦力の不足しているブレンタニア側は滅多に進軍することはない。


 要するに、襲い来る敵を退け続ければ良いのだ。

 その中で強敵と相対することが出来たならば、全力を以てして殺せばいい。

 アインはその時が楽しみで仕方がなかった。


 ヘスリッヒ村のあるブレンタニア南部からガルディアの壁のある北部まで、随分と長旅になってしまった。

 その疲労を癒すべくベッドに寝転ぶアインだったが、急にけたたましく聞こえてきた鐘の音に目が覚めてしまう。


「敵襲! 敵襲!」


 砦を駆け回る兵たちの声によって何が起きたのかを把握する。

 待ち侘びた戦いの時が来たことを知り、アインは笑みを浮かべた。

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