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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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55話 村は死んだ

 村に戻ってきた二人の目に飛び込んできたのは廃墟と化した村の姿だった。

 アインが初めて訪れた時も似たような感想を抱いていたが、目の前にある光景はその比ではない。


「嘘、だろ……。何があったんだ」


 ベルンハルトが呆然と呟く。

 長い間暮らしてきた村が死んでいるのだ。

 まるで何か悍ましい魔物に荒らされたかのように、村は荒れ果てていた。


 ベルンハルトはしばらく動けずにいたが、はっと我に返って生き残りを探しに向かった。

 アインも村の中を歩いて、現状を把握しようと調べ始める。


 微かに残る魔力の残滓。

 アインはそこに、自身と同じ力を持つ者の気配を感じ取っていた。

 邪神によって与えられた、この世界において禁忌とされる力。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者が、この村を襲撃したのだ。


 この村に黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者はいないはずだった。

 少なくともアインが見た限りでは誰も持っていなかった。

 だが、現実として今ここに惨劇の跡が残されている。


 井戸の傍らに倒れるリスティを見つける。

 その胸には大きな穴が開いており、既に絶命していた。

 何も分からぬままに殺されたのだろう。

 混乱したような表情で死んでいた。


 リスティの亡骸の近くには別の人間の手足が転がっていた。

 誰のものだろうか。

 考えながら何気なく井戸を覗いてみると、そこにはクレアの死体が入っていた。


 よほど苦しみながら死んだのだろう。

 手足を失った状態で井戸に放り込まれた彼女の表情は酷く歪んでいた。

 娘の命を奪われて、さらに自身も激痛と息苦しさを感じながら死んでいったのだ。

 この世のものとは思えないほど強い憎悪を抱えて死んでいったことだろう。


 少し離れたところには、村長の息子であるノーザンの死体が転がっていた。

 よほど執念深い人物に襲われたのだろう。

 その体はもはや原形を留めていないほどに切り刻まれていた。


 あの流れ者の親子はどうなったのだろうか。

 アインはエルティーナの家に向かい、そして、彼女が病死しているのを発見する。

 死に顔は穏やかなものだったが、少し悲しげにも見えた。


 ヘスリッヒ村で何が起きたのか。

 これで、アインはなんとなく見当が付いた。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者が襲撃したのではなく、襲撃しようとしたものに黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが与えられたのだと。


 エルティーナの家を出ると、アインは村の中を駆け回っていたらしいベルンハルトを見つける。


「ベルンハルトさん、どうだった?」

「駄目だ、どこを見ても死人ばかりで生き残りが見つからない。あんたはどうだ?」

「私も同じ。皆死んでた」

「そうか……」


 ベルンハルトは気が抜けたように肩を落とす。

 命がけでグラトニーモスを討伐してきたというのに、それを報告する相手もいないのだ。

 流行り病の元凶を討っても、村がこれではどうしようもない。


「あと探していないのは村長の家だが……」


 あまり期待は出来ないだろう。

 そう思いつつ、二人は村長の家に移動する。

 すると、瓦礫の下から微かに呻き声が聞こえてきた。


 瓦礫を慎重に退かしていくと、下から村長のブラハムが出てきた。


「おい村長さん、大丈夫か!?」


 ベルンハルトが必死に呼びかける。

 すると、ブラハムはうっすらと目を開けて、周囲を見回す。


「お二方、アルフレッドは見ませんでしたか……?」

「見ていないけれど……何かあったの?」

「彼が、この村の惨状を引き起こしたのです」


 それを聞いて、アインはやはりと思った。

 でなければ、これほどまでに執念深い殺し方はしないだろう。

 殺戮者がアルフレッドであれば、ヘスリッヒ村の惨状も頷ける。


「それで、私以外に生き残っているものはおりましたか?」


 ブラハムの問いに、二人は黙って首を振ることしかできなかった。

 ついにヘスリッヒ村は死に絶えてしまった。

 この場にいる三人以外、生き残っている者はいない。


 アインは酷く苛立っていた。

 それはアルフレッドに対してだけではない。

 この世界に存在する、ありとあらゆる不条理に激高していた。


 ようやく流行り病から解放されて、村の人々は自由になれるはずだった。

 しかし、彼らは流れ者の親子を迫害したことによって報いを受けることになってしまった。


 救えたはずの命も、結局は何らかの因果によって失われてしまう。

 手を伸ばしたところで死の運命からは逃れられないのかもしれない。

 アイン自身も、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの引き寄せる災厄によっていつ命を落とすか分からないのだ。

 他人の生に執着することが馬鹿馬鹿しく思えてしまった。


 偽善によって他者を救う必要などない。

 自分が生きていればそれでいい。

 己の内に秘めた本性に素直になってしまえばいい。


 悪魔のような囁きが、激高して吹き飛んだ理性の壁をすり抜けてきていた。

 そうだ、悩むくらいなら狂ってしまえばいい。

 存分に殺戮して、返り血の中で嗤えば全てを忘れられるのだから。


「なあ、アイン。あんたはこの後どうするんだ?」


 ベルンハルトの問いによって現実に引き戻される。

 今のアインは調査依頼の最中なのだ。

 森の異変の元凶を討伐したとて、ギルドに報告に行かなければ依頼終了ではない。


 だが、その後はどうするのか。

 アインは湧き上がる衝動を堪えられそうになかった。


「傭兵の真似事でもしようかと思ってる」

「……傭兵?」


 ベルンハルトは嫌な予感がしていた。

 今のアインの表情は明らかにおかしい。

 もしかすれば、酷く誤った道に進もうとしているのではないだろうか。

 そんな不安があった。


「戦争の只中にある地域に行って、人殺しの対価に報酬を貰う。それだけのこと」

「それが、あんたの選んだ道か」

「ええ」


 ベルンハルトはこれまでアインと同行して、様々な面を見てきた。

 そんな彼が、アインの発言の真意に気づかないはずがなかった。


――憂さ晴らしとして暴れたい気分だ。


 アインが言いたいのは、ただそれだけのことだった。


 それを止める手段はベルンハルトには無い。

 分かってはいても、自分の年齢の半分くらいしか生きていない少女が、目の前でこうして狂っていく姿が堪らなく悲しかった。


 ベルンハルトはブラハムを近くの街まで送り届けなければならない。

 当然、アインとはここで別れることになってしまう。

 別れの挨拶もしたかったが、彼自身も村の惨状に酷く混乱していて言葉が上手く出せなかった。


「なあ、その……なんだ。俺も今後は冒険者として、各地を旅する予定だ。もしどこかで、偶然会えたら……その時は一緒に依頼でも受けないか?」

「会えたら、ね」


 そう言い残して、アインはベルンハルトに背を向ける。

 自分がいつまで生きていられるかも分からないのだ。

 また共に戦える保証は出来ない。


 そうして、アインはヘスリッヒ村を後にする。

 次の目的地は、存分に殺戮を愉しめる場所。

 戦争をしている国の、中でも苛烈な争いが起きている地域。

 それさえあれば今は十分だった。

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