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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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54話 異変の元凶(2)

 振るわれた巨大な脚を槍で受け流して、アインは一度後方へ飛んだ。

 いつまでも真正面から打ち合っているわけにはいかない。

 持久戦に持ち込まれてしまえば勝ち目はないのだ。


 グラトニーモスもすぐに距離を詰めてこようとはしなかった。

 アインが相応の技量の持ち主であることを悟っているようで、警戒した様子で牙をギチギチと鳴らす。


 頭部と脚は特に魔石化した表皮によって頑丈になっている。

 胴体部分には隙間があるが、そこを突いたところで大した効果は見込めない。

 大魔法を撃ちこむことが出来れば多少の効果はありそうだったが、今の二人にはそこまでの余力はない。


 最小限の魔力で確実にグラトニーモスを弱らせる手段。

 アインは必死に頭を働かせる。

 だが、やはり致命傷を与えるには魔力が不足していた。


 グラトニーモスの体を覆う魔石が、突如として光を帯び始めた。

 それは、まるで魔導士が魔法を行使する際と似ていた。

 かの魔物は、体中を覆う鎧のような魔石を媒介として大魔法を行使しようとしているのだ。


 濃密な魔力の気配。

 巨大な羽をバサバサと羽ばたかせ、歯をギチギチと鳴らす。

 もしかすれば、それはグラトニーモスの詠唱なのかもしれない。

 あまりに強大な魔力故に、森全体が震えていた。


 どれほど強大な魔法を行使しようというのか。

 アインの額を冷や汗が伝う。

 詠唱を止める手立ては無く、ただ襲い来る大魔法の脅威から生き延びることしか考えられないだろう。


 だが、それ故に心が昂るのだ。

 アインは犬歯を剥き出しにして嗤う。

 これぞ冒険者、これぞ殺し合いなのだと。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放すれば耐え凌げるかもしれない。

 だが、それでは全く意味がない。

 アイン自身の力で乗り越えられなければならないのだ。


 ヴァルターやアイゼルネならば、この程度は生身であろうと容易く凌ぐことだろう。

 特にアイゼルネは、いずれ殺すべき両親の仇だ。

 であれば、そう易々と黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力に頼ってはいられない。


 そして――暴風が吹き荒れた。

 生み出された無数の風の刃が森を破壊していく。

 それは以前見たゾフィーの魔法に似ていたが、魔法の威力も規模も比べ物にならないほど強大だった。


「――ッ!」


 魔槍『狼角』に魔力を込め、迎え撃つ様に槍を振るう。

 存外に重く鈍い衝撃が手に伝わってきた。

 風の刃と侮っていては、まともに受けることすら出来ずに命を落としてしまうことだろう。


 全てを受けきることは不可能。

 だが、躱すことは出来る。


 地に這いつくばるように伏せ、直後には飛び上がり、そして空中で身を捻って、アインは風の刃を次々に躱していく。

 風の刃は目で追い辛いが、音と魔力の気配が避けるべき時をアインに悟らせていた。

 避けきれない時は槍で打ち払い、襲い来る風の刃を耐え凌いでいく。


 常人であれば、その恐怖によって動きが阻害されて躱しきれないかもしれない。

 たとえ躱すことが出来たとしても、いつまで精神が持ち堪えられるか分からない。

 常に迫り来る死の恐怖と戦い続けなければならないのだ。

 だが、アインにはそれに打ち勝てるだけの精神が、これまでの旅で鍛えられていた。


 やがて、森に静寂が戻ってきた。

 荒い息を吐きながらも、アインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカに頼らずに凌いで見せた。

 腕や足に掠って怪我を負ったものの、戦闘に支障が出るほどのものではない。


 アインは歯を軋らせる。

 己の未熟故に、全てを躱すことが出来なかったことが悔しかった。

 この程度、涼しげな表情で躱せなくてはヴァルターやアイゼルネには追いつけない。


「……ベルンハルトさん、生きてる?」

「あ、ああ……。なんとかな……」


 地に伏せて隠れていたベルンハルトは、自分が生きていることが奇跡のように思えて仕方がなかった。

 すぐ近くの地面が酷く抉れており、少しでも位置がずれていれば、それは彼の命を刈り取っていたことだろう。


「で、どうするんだ?」


 ベルンハルトの視線の先には、未だにほとんど消耗していないグラトニーモスの姿があった。

 一つの村が死に絶える寸前まで喰らわれたのだ。

 内に秘めた膨大な魔力は、決して枯渇することはないだろう。


 だが、先ほどの大魔法を見てアインは気づいたのだ。

 あの魔石を利用できるのではないかと。


「グラトニーモスの動きを止めるにはどうすればいいと思う?」

「そうだな……縛り上げるにはデカすぎるし、それこそ全ての脚を切り落とすしかないな」


 ベルンハルトはそう呟くが、グラトニーモスの脚は魔石に覆われているものがほとんどだ。

 全てを切り落とすとなると相応の労力が必要になってくるだろう。

 いくら動きの鈍いグラトニーモスと言えど、動いている相手の脚を切り落とすことは非常に難しい。


「おそらく、関節部分は魔石に覆われていないはずだ。出来るか?」


 さすがに難易度が高すぎる。

 ベルンハルトは提案をしたが、これが実現できるようには思えなかった。


 足を切り落とすにはそれだけ強い力が必要だ。

 それに、懐に潜り込むのだから、下手をすれば手痛い反撃を受けてしまうかもしれない。

 どれだけベルンハルトが援護したとしても、さすがに脚を切り落とそうとしているアインから意識を逸らさせることは難しいだろう。


 しかし、アインは頷く。

 グラトニーモスの脚は六本だが、動きを止めるなら何も全てを切り落とす必要はない。

 要は時間が稼げるだけの余裕があればいいのだから。


「援護して」

「本当にやるのか……了解だ」


 アインは再びグラトニーモスに向かっていく。

 先ほどの大魔法によって木々が吹き飛んだため、動き回るには十分な空間がある。

 これならば、先ほどまでよりも戦いやすいだろう。


 横薙ぎに振るわれた脚を潜り抜け、アインは脚の付け根に槍を突き立てる。

 ベルンハルトの予想通り、関節部分は動きを阻害しないためか魔石の鎧がなかった。

 確かな手応えを感じ、アインは槍を捻ってさらに奥まで突き刺す。


 そして、一本の脚が落ちた。

 グラトニーモスは甲高い、金属を擦り合わせたような酷く不快な叫び声を上げる。

 ここに来て初めて目に見える傷を当たることが出来た。


 休む間もなく次の脚に槍を突き立てる。

 グラトニーモスが怒り狂って暴れようとするが、ベルンハルトが遠くから魔導銃で狙撃しているせいで思うように動けないようだった。

 そうしている間にも、アインは次の脚を切り落とす。


 二人の連携は安定していた。

 手際良く脚を切り落としていくアインと、反撃しようとするグラトニーモスの動きを見逃さず狙撃で妨害するベルンハルト。

 もしどちらかの技量が不足していたならば、ここまで上手く事は運ばなかっただろう。


 自らの死を悟ったのか、グラトニーモスが絶叫しながら羽を激しく羽ばたかせ始めた。

 脚を失ったことで軽くなった胴体が徐々に宙へと浮き始める。


「まずい、逃げられるぞッ!」


 ベルンハルトが声を荒げる。

 これほどの魔物に逃げられてしまえば、周辺の村や町にどれだけの被害が出るか分からない。

 この場で即座に仕留めなければ逃げられてしまう。


 だが、アインは嗤う。

 これだけ隙があれば十分なのだ。

 飛翔するグラトニーモスの胴体に槍を突き立てて、アインはそれを取っ手代わりにしてしがみ付く。


 眼下に広がる惨状を見れば、どれだけ苛烈な戦いが繰り広げられたのかが分かる。

 無数のヴェノムモスの残骸と荒れ果てた森。

 この元凶を今、討つ時がやってきた。


「我が名の下に命ずる。煉獄よ、ここに顕現せよ――」


 再び、その魔法を詠唱する。

 本来であれば、今のアインの魔力残量では十分な威力を出せない。

 しかし、強力な媒介があれば別だろう。


 グラトニーモスの魔石に直接手を触れることで、アインは自らの大魔法を行使するための媒介として利用したのだ。

 地上でなければベルンハルトを巻き込む心配もない。

 存分に強大な魔法を行使できるのだ。


「――そして全て灰塵と化せアレス・フェアブレンネン


 グラトニーモスの体が巨大な炎に飲み込まれる。

 アインは即座に槍を引き抜き、自身も巻き込まれないように地面へと落下する。

 落ちてきたアインをベルンハルトが受け止めると、二人で空へと視線を上げた。


 グラトニーモスは激しく炎上しながら少し離れた場所に落下した。

 しばらくもがき続けていたが、それもすぐに静かになる。

 焼け焦げた姿を眺めながら、ベルンハルトは安堵したように息を吐き出した。


「やっと終わったか……」


 完全に生命活動を停止している。

 これでもう、流行り病が広がることはないだろう。


 残ったのは極大の魔石と灰だけ。

 流行り病によって失われたヘスリッヒ村の人たちの命は戻って来ない。

 しかしそれでも、一先ずは勝利の余韻に浸っていたかった。


「これなら随分と良い報酬になるんじゃないか?」

「……ええ」


 アインはそう呟くも、報酬にはあまり興味がなかった。

 魔石の買取と依頼の達成報酬を合わせれば、それこそ今までアインが手に入れたことがないような額になることだろう。

 冒険者としての階級もゴールドまで上がることは間違いないはずだ。


 だが、良い稼ぎになるだろうと思って受けた依頼だったが、ここまで深刻な話になるとは思っていなかった。

 多くの人が苦しむ姿を見てきた。

 そして流れ者の親子が虐げられる姿を見た。

 全て解決したとはいえ、あまり良い気分ではなかった。


 二人はグラトニーモスの討伐を終えると、ヘスリッヒ村へと帰還する。

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