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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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52話 苛烈な戦いこそ

 大量のヴェノムモスに守られるように、禍々しい色をした巨大な繭があった。

 繭からは絶えず黒い瘴気が発生している。

 あれが流行り病の元凶と見て間違いないだろう。


 この大量のヴェノムモスを掻き分けて繭まで辿り着くのは困難だろう。

 視界に映る限り、数百体ほどは確実だ。

 飛び交うヴェノムモスに注意を取られれば、今度は地を這う幼体が脅威になる。


「まるで悪夢だ」


 ベルンハルトは冷や汗を垂らす。

 これだけの魔物を同時に相手にしたことは一度もないのだ。

 それこそ国に討伐の嘆願書を持っていく次元の相手だった。


 だが、アインはこの状況で笑みを浮かべていた。

 まるでこの時を待ち詫びていたかのように。


「こんな状況で、あんたは笑えるんだな」


 普段無表情だったアインが、こういう時ばかりは笑みを見せるのだ。

 獰猛な獣のように犬歯を剥き出しにして嗤っている。

 ベルンハルトにはその神経が理解できなかったが、それでも怯えられるよりはずっと頼もしいと思えた。


 アインは魔槍『狼角』に魔力を通していく。

 奥に見える巨大な繭。その中で、得体のしれない何かが蠢いているのが見て取れた。

 もし羽化してしまったならば非常に厄介なことになるだろう。


「ベルンハルトさんは後方から支援して」

「ああ、分かってるさ」


 これだけの魔物を前にして、アインには退くという選択肢はないのだ。

 ベルンハルトは苦笑しつつ銃を構えた。


 アインは槍を高々と翳し上げると、以前リスティを助けた時と同様に魔法を発動する。


「我が名の下に命ずる。煉獄よ、ここに顕現せよ――そして全て灰塵と化せアレス・フェアブレンネン


 今のアインが扱える中で最大の魔法。

 それは正しく詠唱の通り、此の地に煉獄を顕現させた。


 焼け焦げたヴェノムモスの死骸が大量に降ってきた。

 周囲にあった木も跡形も無く消し飛ばして、森の中に開けた空間が出来上がる。

 だが、これでは足りない。

 アインの視線の先には、未だに大量のヴェノムモスが飛び交っていた。


 これだけの大魔法を以てしても威力が不足していた。

 ヴェノムモスの大群を相手にするには、もっと強大な力が必要なのだ。

 だが、今のアインに出来るのはこれが限界だった。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが使えれば、この程度の数に苦戦することはないのに。

 アインは歯ぎしりするが、今ある戦力で戦うしかない。


 そして、一斉にヴェノムモスが襲い掛かってきた。

 アインは全身に魔力を循環させると、迎え撃つように自ら飛び込んでいく。


「はあああああッ!」


 槍を一閃。

 すれ違いざまにヴェノムモスの頭部を切り落とし、さらに奥にいたヴェノムモスの頭部を貫いた。

 槍を引き抜くと、すぐに次の獲物へと向かっていく。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を振るえないのは残念だったが、これはこれで楽しいと思えた。

 純粋に自身の技量のみで魔物の大群を捌くことも悪くはない。

 だが、やはり災禍の日と比べれば随分と劣っているようにも思えた。


 嬉々として槍を振るい続けるアインの後方では、ベルンハルトが着実にヴェノムモスの数を減らしていた。

 魔導銃『六芒星ペレス・カペル』に魔力を充填し、寸分の狂いも無く頭部を撃ち抜いていく。


「こんなに酷い戦いはいつ以来だろうな……」


 ベルンハルトは独り言ちる。

 以前一人旅をしていた時も似たようなことがあった。

 その時は今ほど大群ではなかったにしても、随分と苦労していた。


 だが、何より彼が気になるのはアインの戦いぶりだ。

 ベルンハルト自身も旅の中で様々な冒険者と出会ってきたが、アインのような苛烈な戦い方をするものは見たことがなかった。

 敵の攻撃をギリギリで躱して反撃したりと、あえて危険な戦い方をしているように思えてならない。


 そのスリルさえ楽しんでいるのだろう。

 返り血を浴びる度に、アインは純粋な子供のように目を輝かせるのだ。

 戦闘狂という言葉がこれほど当てはまる人物はそういないだろう。


 アインの事情はベルンハルトには分からない。

 冒険者にならざるを得なかったのだとアインは言った。

 その言葉は間違ってはいない。

 だが、それを嬉々として選択したのも彼女の意思だった。


 未だにヴェノムモスの勢いは衰えない。

 アインにもまだ余裕はあったが、動き続ければ徐々に体力を消耗してしまう。

 いつまでも相手にし続けるわけにはいかない。


 だが、ヴェノムモスを無視して奥にある巨大な繭に辿り着くのは不可能に等しかった。

 空中は大量のヴェノムモスに、地上は大量の幼体によって守られている。

 守りを固められた堅牢な要塞を落としているかのような気分だった。


 少しだけ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を使うべきか。

 アインは悩んでいた。

 このまま戦い続けても日が暮れてしまうだろう。

 だが、かといって消耗しすぎるのは良いことではない。


 だが、その悩みも後方から聞こえた声によって吹っ飛んでしまう。


「クソ、下手打ったかッ!?」


 前方のヴェノムモスに気を取られるあまり、ベルンハルトは自分の周囲の警戒がおろそかになっていた。

 そのせいで、彼は上空から迫るヴェノムモスに気付くことが遅れてしまった。


 助けに向かうには距離が離れすぎてしまっている。

 ベルンハルトは一応短剣を持っているが、それはあくまで狩猟の際に獣を解体するためのものだった。


 これでは間に合わない。

 アインは逡巡するも、すぐに覚悟を決める。

 右手の皮手袋を外して黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを翳し上げた。


「我は邪神の使徒。全ては主の望むがままに、殺戮する――狂化フェーゲ・フォイアー


 心地よい高揚感を感じた。

 先ほどまでも随分と好戦的だったが、今は違う。

 より残虐で、より悍ましい本性が解放されたのだ。


 ベルンハルトを助けるにはこれしか手段がない。

 どうせやるならば派手にやってしまおう。

 そう考え、アインは槍を高々と翳し上げた。


「――降り注げ、怒りの雨よレーゲン・フォン・ブルート・ランツェ


 それは、黒よりも昏い闇で象られていた。

 宵闇よりも不安を掻き立て、夜明け前のような焦燥を思い出させた。

 空に遍く漆黒の槍が、雨のように魔物の群れを蹂躙する。


 ベルンハルトは思い知る。

 これがアインの真の実力なのだと。

 これまで見てきた戦いも苛烈なものだったが、今はその比ではない。


 右手の甲に輝く邪悪な魔紋――黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ

 これがどういったものであるのか、彼が知らないはずもない。

 だが、自分を襲っていたヴェノムモスだけが降り注ぐ槍の餌食になったことを考えると、どうにも教皇庁の流している話が全て真実とは思えなかった。


 彼は知っている。

 アインが何よりも他者を助けようとする人物であることを。

 邪教徒は無差別に人を殺すとされているが、アインがそうであれば今頃自分は死んでいることだろう。

 いずれにせよ命を助けられたのだから、ベルンハルトは気にするだけ失礼かもしれないと思った。


 やがて全てのヴェノムモスが死に絶えると、アインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を解除する。

 消耗しすぎてしまうと次の災禍の日が乗り越えられなくなってしまうからだ。

 本来はベルンハルトを助けるだけのつもりだったが、昂揚した心を抑えきれず大規模な魔法を展開してしまった。


 後悔しつつ皮手袋を付け直す。

 ベルンハルトに視線を向ければ、彼はアインが黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っていることを咎めるつもりはないようだった。


「これで、あとはあいつだけってことか」


 ベルンハルトは視線を奥に向ける。

 禍々しい色をした繭から足が突き出て、中から悍ましい見た目をした魔物が這い出してきた。

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