50話 森の探索
まだ太陽も登り切らない時刻。
アインとベルンハルトは村の北部に集まっていた。
目的は森の異変の元凶である魔物の討伐。
ヘスリッヒ村にはこれ以上の猶予は残されていない。
二人は今日で全てを終わらせる覚悟で臨んでいた。
ベルンハルトの装備は狩猟の際とは違うものだった。
皮のコートに身を包み、ツバの反り返った帽子を身に着けている。
そして何より、手元にある武器が弓から銃に変わっていた。
「どうだい、イカしてるだろう?」
銃を構えて気取った笑みを見せる。
随分と様になっていて、本来はこれが彼の正装なのだろうと思えた。
「その武器は?」
「これは前に旅商人から買った魔導銃『六芒星』だ。魔力を込めて弾丸を放つ。弓と違って矢筒を持ち歩く必要がないし威力も高い」
銃という武器はアインにも聞き覚えがあった。
筒状の武器で、火薬によって鉛玉を打ち出す古典的な武器であると。
だが、ベルンハルトの持つ魔導銃はそれをさらに改良したものだった。
「こいつなら魔術の詠唱を必要としない。即座に弾を打ち出すことが出来るから、前みたいな大群に襲われても問題はないのさ」
魔導銃の強みは連射速度にあった。
魔力を込めるだけで弾薬の補充が出来て、引き金を引くだけで魔法と同等の威力を持つ弾丸を放つことが出来る。
表皮の堅い魔物には効果が薄いが武器としての性能は非常に高いものだった。
「なぜ今までは弓を?」
「流行り病のせいで体力が衰えていたからな。これを扱うには魔力が不足していたんだ。あんたに魔力ポーションをもらったおかげで、こいつを使える」
ベルンハルトはもともと軽症だったためか、今では流行り病の症状も全く見られない。
この森においてこれほど心強い味方はいないだろう。
「それじゃ、行くとしよう。ここから北へ進んでいくとヴェノムモスが大量にいる場所があるんだ」
その方向はアインが以前巨大なヴェノムモスを見つけた時と同じだった。
やはりその奥に何かがあるのだろう。
二人は慎重に森を進み始めた。
村の周辺はいつもと変わらず静かだった。
食糧を得るために狩りをしたせいで獣はおらず、かといって魔物がいるわけでもない。
この異様な静かさも、森の異変の元凶が関係しているのだろうか。
時折ヴェノムモスを見かけるが、それ以外の魔物は見当たらない。
前に倒したワイルドボアさえ姿が見当たらなかった。
「そういや、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「あんたみたいなのが、なんで冒険者になったか聞きたいんだ」
その問いに、アインはベルンハルトの方を振り返る。
彼の表情は真剣なもので、興味本位で聞きたいというわけでもなさそうだった。
「なんでそれを聞くの?」
「……村はあの状況だろう? 森の異変が解決したとしても、そのまま住み続けられはしない。だったら、早い内に身の振り方を考えておこうと思ってな」
ベルンハルトは冒険者になろうと考えているようだった。
確かに彼ほどの実力があれば十分やっていけるだろう。
本来の武器を手にした彼ならば、もしかすればゴールドの冒険者にだってなれるかもしれない。
「俺も若い頃は旅をしていたんだ。その時はただの放浪だったが、今度は冒険者として旅をしたいと考えてる」
「……そう」
アインは少し考えて、彼の問いに答える。
「そうせざるを得なかったから」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味。私に残されていた選択はこれしかなかった。だから冒険者になった」
故郷の村がオークの群れに襲われた時、アインは黒鎖魔紋を発現してしまった。
その時点で運命は定まっていたのだろう。
冒険者として生きていくほかにないのだと。
生き延びるには力が必要だ。
繰り返される災禍の日。
それを乗り越えるには黒鎖魔紋の力に頼るだけでは難しい。
それ故に、アインは過酷な運命に抗えるだけの力を欲した。
冒険者であれば金も稼げるし経験も得られる。
各地を旅しながら自身の実力も高めていくことで、ようやく生きていけるのだ。
「訳ありってことか」
「そういうこと」
ベルンハルトもそれ以上尋ねようとはしなかった。
尋ねたとしてもアインは話さないだろう。
黒鎖魔紋を抱えていることなど、誰かに教えるわけにはいけない。
森を進んでいくにつれて、二人は魔物の気配を強く感じるようになっていた。
以前リスティを助けた時のようにヴェノムモスの巣があるのかもしれない。
「……前方から二体。俺がやる」
「わかった」
ベルンハルトは魔導銃『六芒星』を構える。
気配は随分と先のようだったが、彼にはどこにいるのか正確な位置まで把握できていた。
銃に魔力を込めると、息を押し殺して姿が見えるのを待つ。
そして――。
「――ッ!」
静寂に包まれた森に、乾いた音が二度響いた。
ベルンハルトは銃を降ろすと息を吐き出す。
「……二体とも仕留めた」
アインにはヴェノムモスの姿さえ見えていなかった。
長年この森で狩猟を行っていただけあって、ベルンハルトの気配察知と目は非常に優れている。
確信をもって仕留めたと宣言しているのだから疑う必要はないだろう。
少し歩くと、そこにはヴェノムモスの死体が二つ転がっていた。
いずれも頭部を綺麗に撃ち抜かれており、それを見たアインは感嘆のため息を吐いた。
「見直したか?」
「ええ、とっても」
同じ武器を持っていたとしても、アインには自分がベルンハルトの成した技を再現できるとは思えなかった。
彼の天性の才能というべきか、あるいは努力のたまものというべきか。
どちらにしても、これほどまでに腕のいい後衛はそういないことだろう。
そこからさらに奥へと進んでいく。
ヴェノムモスの出現頻度は進むにつれて高くなってきて、ついには目視できる範囲に大量の姿を見つけることが出来た。
「こいつはまた……酷い光景だ」
ベルンハルトは愚痴をこぼすが、アインにとっては大したものではなかった。
災禍の日と比べれば、この程度は生温いとさえ感じられる。
襲い来るヴェノムモスの大群を打ち払いながら二人は奥へと進んでいく。
進むにつれてヴェノムモスの猛攻はより苛烈になっていく。
まるで先に進ませまいとしているかのようで、二人はこの奥に森の異変の元凶がいることを確信する。
そして、二人はついに辿り着く。
大量のヴェノムモスに守られる巨大な繭のもとに。




