49話 虐げられる
なぜ流行り病の症状がみられなかった者がいたのか。
流行り病の元凶がドレインによる魔力欠乏であれば、答えは自ずと分かってきた。
無事だった者は皆、ドレインに耐性があったのだ。
体力面で優れる男性であったり、冒険者として活動していたエルティーナ。
そして両親が冒険者であるためにアルフレッドも一定以上の耐性を持っていたのだろう。
ドレインに耐え切れなくなった者から順に死んでいった。
それ故に、この村には男性が多く残っている。
それでも村の少年たちは成熟していないために流行り病の症状がみられた。
ベルンハルトは体力面では優れているものの、衰弱している村人に優先して食糧を渡していた。
そのため、飢えによって弱ってきたところにドレインの効果が表れてきたのだ。
アインが初めてヘスリッヒ村に来た時、微かな空気の淀みを感じていた。
ドレインは空気を経由して作用させる者の可能性がある。
もしそうであれば、村から離れれば流行り病自体は収まるかもしれない。
だが、それをしたところで根本的な解決には至らない。
元凶である魔物は森の中に残っているのだ。
場合によっては、森から出て次の獲物を探すことだろう。
その前に確実に仕留めておく必要があった。
それに、ヘスリッヒ村の住人に避難するだけの体力は残されていない。
病人を担いで抜けるには、森はあまりにも危険すぎる。
もしヴェノムモスの群れにでも遭遇してしまえば、皆が揃って餌食となることだろう。
気づいてしまえば単純な話だった。
森の異変の元凶である魔物と、この村に死を齎した魔物は同一の存在。
これを打ち倒せば調査依頼も達成できて、さらにヘスリッヒ村の住人を救うこともできる。
あとは待ち侘びた戦いが待っているだけだ。
太陽が傾き始めていた。
あとは明日に備えて休息を取るだけ。
借り宿に向かおうとした時、近くで争うような声が聞こえてきた。
「母さんに謝れ! 謝れよ!」
「くそ、離れろクソガキ!」
言い争っているのは村長の息子であるノーザンと、流れ者のアルフレッドだった。
必死にしがみ付いて離さないアルフレッドをノーザンが面倒くさそうに振り払おうとしていた。
「母さんは流行り病の原因じゃなかったじゃないか! なのに……なのにお前らは!」
アインが村長の家に報告しに行ったことで母親の無実が証明出来たのだ。
その話は既に村人たちに広がっていたらしく、これまでの仕打ちを謝らせたいアルフレッドがノーザンに噛み付いていた。
「僕たちがどれだけ辛かったか……どれだけ苦しかったか分かるか!」
「知らねえってんだよ、このガキ!」
痺れを切らしたノーザンが乱暴に振り払う。
地面に転がったアルフレッドに、ノーザンは容赦なく追い打ちをかけていく。
「流行り病の原因じゃなくったって、よそ者はお断りなんだよ! この、このッ!」
「ぐぁ、がはっ!」
ノーザンは地に転がるアルフレッドの腹部を何度も蹴り上げる。
アルフレッドが苦痛で呻こうが、嘔吐しようが、ノーザンは容赦をしなかった。
「てめえらが来なきゃ、もう少し食糧事情はマシだってのによ! 何人死んだと思う? なあ、何人死んだと思ってるんだよ、おい!?」
荒い息を吐きながらノーザンが怒鳴る。
流行り病の原因はドレインによるものだ。
魔物からすれば、食糧不足で飢えていた人々は格好の餌だろう。
流れ者二人の分、村人たちが得られる食糧が減る。
それによってアインが来るまで持ち堪えられなかった者が何人もいるのだ。
ノーザンの怒りは理不尽ではあるが、そこに正義が無いわけでもない。
だが、このまま続けていればアルフレッドが死んでしまうだろう。
アインはノーザンが少し落ち着いたころ合いを見計らって間に割って入る。
「そのくらいにして。気が済んだでしょう?」
「全然足りないくらいだが、あんたがやめろって言うなら従うぜ……」
このままアルフレッドを殺しそうな勢いだった。
アインが止めに入らなければ、ノーザンは嬉々として命を奪っていたことだろう。
だが、流行り病の元凶を突き止めて、さらに解決までしようとしているアインに止められたのでは、彼も拳を下げざるを得なかった。
「見苦しいことをしてすまなかったな、冒険者さんよ」
ノーザンは踵を返すと、そそくさとこの場から去っていった。
アインが視線を降ろすと、嘔吐に塗れて呻くアルフレッドの姿があった。
「大丈夫?」
「これが、大丈夫に、見えるか?」
息も絶え絶えにアルフレッドが皮肉を言う。
彼は酷い姿だった。
ヘスリッヒ村に移住してきてからずっと続いていたのであれば、歪んでしまうのも無理はないだろう。
流れ者に対する差別は、アインが思っていたよりも酷いものだった。
だが、以前クレアが取り乱した時のことを考えれば、これでも生易しい方なのかもしれない。
先ほどのノーザンのように、誰かがアルフレッドやエルティーナの命を奪っていてもおかしくはなかった。
「……いつもこうだ。僕たちは石を投げられて、嘲笑われて生活してきたんだ」
その呟きに対して、アインは何も答えることが出来ない。
善悪で決めきれるほど単純な問題ではないからだ。
ある面から見れば村人たちが悪だが、ある面から見ればアルフレッドだって悪になってしまう。
「僕たちは何も悪いことなんてしていないのに、この村の醜悪な奴らが、母さんを苦しめるんだ」
父親を地竜の群れに奪われてしまった今、彼にとって唯一残っているものが母親であるエルティーナだ。
そんな彼女も病に冒されて死にかけている。
縋るように住み着いた村でも、このようなひどい仕打ちを受けてしまった。
アルフレッドには分からなかった。
何をどうすれば、自分たち家族は不幸にならなくて済んだのか。
両親と幸せに暮らしていくことは出来なかったのか。
自分が無力だから、地竜の群れに殺される父を助けることが出来ないのだ。
自分が無力だから、村人たちから嘲笑されて差別されるのだ。
自分が無力だから、唯一残された母親さえ笑顔に出来ないのだ。
そう、自分が無力だから。
力への渇望。
村人への憎悪。
それはやがて、復讐という形を成すだろう。
酷く憔悴した様子で、アルフレッドはふらふらと帰っていく。
足取りは覚束なかったが、その瞳には力強さがあった。
復讐に燃える憎悪の念が宿っていた。




