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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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48話 実証

 リスティの容体は酷いものだった。

 体中が流行り病に蝕まれて黒ずんでおり、もはや一刻の猶予もない状況。

 その傍らでは、自身も流行り病で苦しいだろうにクレアが手を握って励ましていた。


「リスティ、頑張るのよ! きっと治るからね!」


 クレアの声も届いていない様子だった。

 苦しみ悶えてのたうち回るリスティを見て、ベルンハルトも目を背ける。


「彼女はもう助からないだろう……。ああなった人間は皆、死んでしまった」


 あと半刻と耐えられないかもしれない。

 意識も朦朧としており、ただ病の苦しさに悶えることしかできない。

 死はすぐそこまで迫っていた。


 アインは懐から魔力ポーションを取り出す。

 後先を考えている暇はない。

 今すぐに決断しなければ手遅れになってしまう。


 ベルンハルトはそれを見て驚いたように目を見開く。


「魔力ポーションか。そんな高価な代物を、一体どうするんだ?」


 その問いに対してアインは行動で示す。

 リスティの口元に飲み口を押し当てると、ゆっくりと魔力ポーションを流し込んでいく。


「飲んで」


 流し込んでいくと、リスティの喉がこくこくと動いた。

 意識が朦朧とする中で必死に生きようとしていた。


 少量を口に含んで嚥下する。

 そしてまた一口。

 ゆっくりとリスティは魔力ポーションを飲んでいく。


 すると、微かにリスティの容体が回復したように見えた。

 それは気のせいかもしれなかったが、アインは二本目を取り出す。


 口元に飲み口を押し当て、再びゆっくりと流し込んでいく。

 リスティは含んだ魔力ポーションを嚥下する。

 心なしか、先ほどよりも呼吸が落ち着いているように見えた。


 それを見て、ベルンハルトが驚いたように声を漏らす。


「まさか、魔力ポーションで……」


 二本目を飲み終える頃にはリスティの容体も随分と安定していた。

 先ほどまで苦しみ悶えていたというのに、今では穏やかに寝息を立てていた。

 それを見て、クレアがほっと胸を撫で下ろした。


「ああ、冒険者さん……。本当にありがとう。なんてお礼をしたらいいか」

「お礼はいらない。ただ、あなたもゆっくり休んで」

「分かったわ」


 リスティは大丈夫だろう。

 クレアは安堵した様子でベッドに寝転んだ。

 彼女自身も流行り病の症状が酷く、本当はリスティの看病をするだけでも辛かった。


「ベルンハルトさん、ついてきて」

「俺か?」


 急に声を駆けられて、ベルンハルトは問い返す。

 アインは頷く。


「話しておきたいことがあるから」

「分かった。冒険者さんの話なら、なんでも聞こう」


 二人はクレアの家を後にして村の外れに歩いて行く。

 人気が無いことを確認すると、アインはベルンハルトに最後の魔力ポーションを手渡す。


「……どういうことだ?」

「流行り病の正体はドレインを扱う魔物だと思う。それも、離れたところからでも吸い上げられるような、厄介な魔物」

「それは……確かに厄介だ」


 ベルンハルトは顎に手を当てる。

 ドレイン自体は彼も聞き覚えがあった。

 実際に目にしたことはないが、アインの言いたいことはなんとなく分かった。


「さっきリスティの容体が落ち着いたのは、吸い取られた分の魔力を回復できたからってことか」

「けど、彼女は一時的に回復しただけで根本的には何も変わっていない」

「また魔物に魔力を吸い上げられるから、結局は変わらないと」


 ベルンハルトは頭を抱える。

 その場しのぎは出来たとして、やはり流行り病の根本的な治療には繋がらないのだ。


 ベルンハルトは渡された魔力ポーションに視線を向ける。

 流行り病によって死にかけていたリスティが、これを二本飲むことで持ち直すことが出来た。

 軽症の彼ならば、通常時と変わらないくらいまで回復できることだろう。


「俺にこれを渡すってことは……その魔物を探しに行くんだな?」

「そういうこと」


 ベルンハルトは瓶の蓋を開けると一気に飲み干す。

 すると、微かに黒ずんでいた喉元がもとの色を取り戻した。


 軽く体を動かして、全く問題が無いことを確認する。

 驚くほど体が軽かった。


「今度は躊躇しないの?」

「ああ、もう慣れた」


 ヘスリッヒ村で死にかけているものは沢山いる。

 それこそリスティのように重篤な者も何人もいることだろう。

 だが、彼ら彼女らに渡したところでその場しのぎにしかならず、根本的な解決には至らない。

 であれば、多少の犠牲を払ってでも解決を目指す方がいいだろう。


 死にかけている命を切り捨てることが非情な選択であったとしても、それが間違っているとまでは言い切れない。

 この場において、流行り病をどうにかすることを優先するのも正しいことだ。


「だが、いいのか? 俺に魔力ポーションを渡さずとも、あんたなら一人で探し出せそうな気もするが」

「それが私のためにもなるから」

「……なるほどな」


 ベルンハルトの後方支援があれば、並の魔物が相手ならば後れを取ることはないだろう。

 それにヴェノムモスは毒を持っている。

 もしアインが毒に倒れた時、一人で野垂れ死ぬなんてことは避けたかった。


 だが、アインはもう一つ、隠している理由があった。

 それは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカのこと。

 もし相手が厄介な魔物だった時、ベルンハルトの助けを借りることで消耗を抑えられるかもしれない。


 少しでも消耗は抑えたかった。

 今のアインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を随分と消耗してしまっている。

 次の災禍の日までは時間があるが、それまで温存しなければならない。


「それで、いつ行くんだ?」

「明日の早朝。怪しい場所があれば、そこに案内して」

「ああ、任された」


 どれだけ厄介な魔物が待ち受けているだろうか。

 離れたところから村一つを喰らうことのできる化け物だ。

 場合によっては、以前戦ったラースホーンウルフやブレイドヴァイパーよりもさらに厄介かもしれない。


 だが、それはむしろ良いことだ。

 アインは不敵に嗤う。

 凶悪な魔物が待ち受けているほど心が躍るというものだ。


 こんな状況下においても、やはり苛烈な戦いは楽しいと感じてしまう。

 己の本性に苦笑しつつ、アインは明日に備える。

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