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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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43話 ヘスリッヒ村(1)

 急いで村に戻った二人は、リスティをクレアの家に連れて行った。

 流行り病の症状が急速に進行してきている。

 このままでは、万が一のことがあるかもしれない。


 先ほどまで寝ていたらしいクレアは、自分の体調も悪いだろうにリスティの体調を気にかけていた。

 苦しそうに咳込みつつ、ベッドで眠るリスティを見守る。


「どうにか間に合ったが……。正直、油断は出来ないだろう」


 ベルンハルトはリスティの容体を見て、どれだけ危険な状態にあるのかを察する。

 なぜ彼女はヴェノムモスに連れ去られたのか。

 そして、今朝まで元気だった彼女が急に流行り病を発症したのか。


 流行り病の症状として分かっていることは幾つかあった。

 主な症状は頭痛や眩暈、嘔吐など。

 そして喉元が黒ずんでいくため、流行り病に冒されている人は一目で分かる。


 病状が進行すると、今のクレアのように咳が酷くなってしまう。

 そして、喉元だけでなく体の至る所が黒ずんでいく。

 流行り病で命を落とした者の死体は、目も当てられないほど悲惨なものだった。


「なんで、私の可愛いリスティがこんな目に……」


 苦しそうに呻くリスティを見てクレアが嘆く。

 大切な娘が目の前で苦しんでいるというのに、どうする事も出来ないのだ。

 ただ回復することを祈っているだけしかできない。


「この子は、病に倒れた私を甲斐甲斐しく世話してくれたわ。だというのに、なんで……なんでッ!」

「クレアさん、落ち着いてくれ」


 ベルンハルトが宥めるも、クレアは酷く興奮していた。

 テーブルに荒々しく拳を打ち付けて己の無力さを悔いていた。


「これも全部、あの流れ者のせいよ! あの親子が来なければ、リスティはこんな目に遭わなくて済んだかもしれない!」


 怒りの矛先は流れ者の親子に向いていた。

 あいつらが全ての元凶なのだと、クレアは憎悪の念さえ抱いていた。

 流れ者の母親が患っていた病気がヘスリッヒ村に広がったのだと、そう考えていた。


「ああ……もしかしたら、リスティは病気を隠していたのかもしれないわ。私を看病するために、心配をかけないようにって……」

「なあ、クレアさん。リスティは今朝まで元気だった。そうだろう?」

「ええ、そうよ。リスティは元気だった。元気なフリをしていた。私のために、無理をしていたのよッ!」


 怒りと悲しみが混ざり合って理性が飛んでいるようだった。

 ベルンハルトが宥めても聞く耳を持たず、ぶつぶつと怨嗟の言葉を吐き続けていた。


 村の人々は皆、今のクレアのように流れ者の親子を憎んでいた。

 下手をすれば流れ者の親子を殺しかねないほどだったが、しかし、それをするほどの余裕もなかった。

 まともに食事にさえあり付けない現状で、そんな事はしていられない。


 アインは流行り病に苦しむクレアとリスティを見て、少し悩んでから包みを差し出した。


「……これは?」

「解毒作用もある強壮剤。どれだけ効果があるかは分からないけれど、飲まないよりはずっといいから」


 それはアインが毒を持つ魔物と戦うことに立った場合に備えて用意したものだった。

 以前マシブがブレイドヴァイパーの麻痺毒に冒された時、直後に盗賊の襲撃があったため用意しておけば良かったと思っていた。

 だが、この手の薬剤は高値であるため、あまり多用は出来ない。


 ベルンハルトもそれを分かっているからこそ、アインに尋ねる。


「良いのか? これ、随分と高価なものだろうに」

「構わない。また買い直せばいいだけだから」


 アインは何ともない様子で薬を渡す。

 しかし、ヘスリッヒ村の現状を考えると薬を渡したところで気休めにしかならないだろう。

 ベルンハルトに渡すならまだしも、クレアやリスティでは無駄に薬を消費するだけだった。


 だが、目の前で人が死にかけている。

 それを放っておけるような残酷な人間にはなれない。

 こんな事は無駄だと頭では理解していても、アインは手を差し伸べずにはいられなかった。


「ああ、ありがとう……」


 クレアの感謝の言葉も、アインにとっては胸が痛むだけだった。

 どうせ、この人も死んでしまうのだろう。

 そう思うと、無性に悲しくなってしまった。


「お人好しなんだな、あんたは」

「所詮、気休めでしかない」


 そう言って、アインはクレアの家を後にする。

 冷酷になり切れない自分が情けなかった。


 強壮剤を与えたのは人として間違った事ではない。

 むしろ称賛されるべきことだろう。

 だが、自分は一人で生きていく覚悟を決めたはずだ。

 今回のように情に流され続けていては、いずれ過ちを犯してしまうかもしれない。


 自分は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを抱えて生きていくのだ。

 この先にどれだけ過酷なことが待ち受けているかは想像も付かない。

 しかし、その度に心を擦り減らしていたのでは、いずれ抱え込んだものに押し潰されてしまうことだろう。

 だからこそ、時には平気で残酷な事をする覚悟もしなければならないのだ。


 先ほど大量のヴェノムモスを相手にしたせいか、少し疲労が溜まっていた

 適当なところに腰掛けて槍の手入れでもしようとしていると、少し離れたところに子供が三人いるのが見えた。

 大柄な少年とやせ細った少年。

 そして、今朝見かけた流れ者の少年だった。


「おい、返せよ! それは僕が採ってきた木の実だぞ!」

「へっ、嫌なこった! 返してほしいなら、さきに流行り病をなんとかしてくれよ」

「そーだそーだ! お前のせいで、俺のとうちゃんはずっと寝たきりなんだぞ!」


 少年は泣きながら籠を取り返そうとしていた。

 きっと病気で寝込んでいる母親のために木の実を集めてきたのだろう。

 それを、彼のことを良く思わない子供たちに奪われてしまったのだ。


 流れ者の親子が虐げられていることは村長から聞いていた。

 それを考えると、木の実を奪った少年たちの行為は褒められたものではないが、気持ちは理解できなくもない。

 もし本当に流れ者の親子が元凶であるならば憎むべき相手だ。

 村の食糧事情も考えると、彼らの行い全てを否定することは難しかった。


 もし流れ者の親子が元凶でなかったとしても、村人たちにとっては行き場のない怒りを向けるのにちょうど良い相手なのかもしれない。

 この理不尽で残酷な運命を受け入れることは難しい。

 だが、それを怒りとして発散することで辛うじて精神を保っているのだろう。

 先ほどのクレアのように。


 いずれにしても、目の前で起こっていることは良いことではない。

 アインは少年たちの方に向かって歩いて行く。


「ねえ、何をやっているの?」

「悪いやつが村の食糧を盗んだから、それを奪い返したんだ!」


 大柄な少年が胸を張って答える。

 まるで自分に正義があると言わんばかりの態度だった。

 それを見て、流れ者の少年が反論する。


「違う! それは僕が見つけてきたやつだ!」

「いいや、お前が盗んだんだ! この泥棒!」

「そーだそーだ! 村の人間じゃないのに、村の近くで木の実を取るなんて密猟者と変わらないだろ!」


 いじめっ子たちの言い分は酷い言いがかりだった。

 かといって、その全てを否定することは難しいだろう。

 今のヘスリッヒ村には流れ者を受け入れられるほどの力は残されていないが、それでも住み続けているのだ。

 食糧を奪われているという言い分も、この村に住む人たちからすればあながち間違いではないのだ。


 アインはパンを取り出すと、二人の少年に差し出す。


「その木の実と私が持っているパン、交換しない?」

「え、いいのか!?」


 いじめっ子たちは驚いたように顔を見合わせる。

 ずっと食糧不足が続いており、なかなかまともな食事にありつけないのだ。

 アインの持っているパンは彼らにとって御馳走だった。


 二人はアインの提案を快く受け入れ、木の実の入った籠をアインに差し出した。


「ありがと、冒険者の姉ちゃん!」

「ありがとな!」


 走り去っていく二人を見送ると、アインは流れ者の少年に視線を移した。


「……なんだよ、お前も僕をいじめるのか?」


 少し怯えたように、しかし無理に強がって尋ねてきた。

 アインは首を横に振って否定すると、木の実の入った籠を少年に手渡す。


「はい、これ」

「……でも、あいつらは盗んだって」

「たとえ間違っていることだとしても、考え方によっては正しい時がある。その逆になる時もあるだろうけれど……君はお母さんのために集めたんでしょ?」


 アインの言葉を聞いて、少年は木の実の入った籠を恐る恐る受け取り、そして大切そうに抱えた。


「……お姉さんは冒険者みたいだけど、なんでこの村に来たの?」

「森の異変を調査するため。だから、もしよければ家まで案内してくれないかな?」

「お姉さんも僕たちを疑ってるの?」


 不安そうな視線で尋ねられ、アインはもう一度首を振って否定する。


「私は疑ってない。それに、もしそうだったとしても、村人たちのように虐げるような真似はしない」

「……誓って?」

「もちろん」


 それを聞いて、ようやく少年は安堵の表情を見せた。

 よほど肩身の狭い暮らしをしてきたのだろう。

 先ほどのクレアのように、村人のほとんどがあの様子であれば考えれば無理もない。


「僕はアルフレッド。アルって呼んで」

「私はアイン。よろしく、アル」


 ようやく信頼を得られたところで家まで案内してもらおうとしていると、前方から一人の男が近づいてきた。

 その姿を見て、アルフレッドは建物の陰に身を隠してしまった。


「おお、あんたが森を調査してくれるっている冒険者か!」


 現れたのはガラの悪そうな男だった。

 流行り病の症状は見られず、栄養状態も随分良いようだった。


「俺はノーザン・モルフォードだ。親父から話を聞いてるだろ? あんたの寝泊りする家の掃除が終わったから呼びに来たんだ」

「そう、ありがとう」


 村長のブラハムが言っていた息子というのが彼なのだろう。

 この食糧不足に陥っている村で一人だけ肥えているのは不自然だったが、尋ねるようなことはしなかった。

 聞くまでもなく想像の付くことだ。


 アインは建物の陰に隠れたアルフレッドに視線を向ける。

 だが、彼は首を振って出てこようとしない。

 よほどノーザンのことが怖いらしかった。


「なに突っ立ってんだ? さっさと行こうぜ」


 ノーザンを待たせるわけにもいかないだろう。

 アインはアルフレッドの家に向かうのを後回しにして、先ずは荷物を整理することにする。

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