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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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42話 救出

 二人は慎重に洞窟の中を進んでいく。

 随分と深くまで続いているらしく、先は全く見えない。


「冒険者さん……あんた、随分と肝が据わっているな。攫われたリスティも同い年くらいだが、えらい違いだ」

「……慣れてるから」


 ベルンハルトの言う通りだろう。

 少なくとも、この年齢でアインのように場慣れしている人間は珍しい。

 普段から狩猟をしている彼でさえ、この状況に臆しているのだ。


 だというのに、アインは全く臆していなかった。

 悠然と槍を構えて洞窟の奥に進んでいく。


「怖いの?」


 アインの問いに、ベルンハルトは気まずそうに頬を掻く。

 それを否定することが出来なかった。


「情けない話だが、俺は結構ビビっちまってる。長いこと狩人をやっているが、ここまで危険なことは初めてだ」

「心配しないで。危険な時は私が何とかするから」

「そうだと有難いんだが、俺もやれる限りのことはさせてもらうさ」


 洞窟の中は薄暗く視界が悪い。

 だが、狩猟生活で鍛えた感覚があれば魔物の気配を察知することが出来るだろう。

 熟練の冒険者ほど気配に敏感なため、今のアインにとってベルンハルトの助力は頼もしいものだった。


 万が一のことがあったとしても、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を使えば大抵は何とかなるだろう。

 しかし、それは安易に頼って良いような力ではない。

 第一段階までならともかく、第二段階まで解放するようなことがあればベルンハルトを巻き込みかねないからだ。


 それに、あまり消耗したくないというのが本音だった。

 シュミットの街で使い、盗賊の頭領を相手に使った。

 そして、ここまで来る前に一度、災禍の日を乗り越えるために使った。

 今のアインは存分に黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を振るえるほど余裕はない。


 故に、今ある戦力だけでリスティを助け出す必要がある。

 ヴェノムモス程度ならば早々遅れは取らないだろうが、用心するに越したことはないだろう。


 少しして、ベルンハルトが前方に向けて弓を構える。


「……何か来てるみたいだ」


 微かに地を這いずるような音が聞こえてきた。

 ヴェノムモスではないだろう。

 あの不快な羽音であれば、アインも気づくことが出来る。


 ベルンハルトは静かに矢をつがえると、姿が見えるまでじっと息を押し殺す。

 ここは魔物の巣窟なのだ。

 もし仲間を呼ばれてしまえば、押し寄せる魔物に道を阻まれてしまう。

 その状態でリスティのもとに辿り着くことは困難だ。


 やがて、魔物が姿を現す。

 それは三十センチほどの芋虫だった。

 おそらくヴェノムモスの幼体だろう。


 ベルンハルトは矢に魔力を込め――放つ。


 打ち出された矢は寸分違わず幼体の急所を穿った。

 彼の見事な腕前に、アインは感心したように息を吐く。


「どうだい、頼りになるだろう?」


 ベルンハルトは笑みを浮かべて見せる。

 長年狩猟をして生計を立てていただけあって、彼の弓の腕は本物だった。

 彼の後方支援があれば戦いやすいことだろう。


 だが、ここは魔物の巣窟だ。

 森で静かに獲物を待つのとは訳が違う。

 それを理解しているからこそ、ベルンハルトは警戒を怠らない。

 もし気配を察知するのが遅れてしまえば、弓では対処しきれない可能性があるからだ。


 進むにつれて、嫌な気配が濃くなっていく。

 酷く空気が淀んでいるように思えた。

 ベルンハルトは先から人の気配を感じ取る。


「リスティがこの先にいる。だが……」


 その周囲に、数えきれないほどの魔物の気配を感じた。

 とても対処しきれるような数ではない。

 下手すれば、助けようとした自分たちまで餌食になってしまうかもしれない。


「魔物は私が引き受ける。ベルンハルトさんはリスティって子を助けてあげて」

「だが、あんただけに任せるわけには……」

「心配しないで。私、腕には自信があるから」


 アインはそう言って笑みを浮かべて見せる。

 ずっと冷たい表情をしていたアインが初めて変化を見せたのだ。

 だが、それは戦いを愉しむかのような、酷く残虐で好戦的な笑みだった。


 洞窟の最深部は開けた空間が広がっていた。

 そこにはヴェノムモスの卵と思われるものが大量に並んでおり、その奥には少女らしき姿が見えた。


「……あれがリスティだ」


 リスティは巨大な繭に捕らわれていた。

 周囲には大量の幼体が這っている。

 常人では、あれを突破するだけでも相当厳しいだろう。


 だが、それだけではなかった。

 大部屋の壁一面をヴェノムモスが覆い尽くしていた。

 一体どれだけの数がいるのだろうか。

 数百は下らないであろう数にベルンハルトは息を呑む。


「私が先に突入する。ベルンハルトさんは魔物に気付かれないように待機して、数が減ってきたら救出を」

「ああ、分かった」


 そう言うや否や、アインは槍を構えて駆け出す。

 大量の虫が蠢いているのは不快だったが、所詮はただの魔物だ。

 数に手間取るかもしれないが、それだけのことだ。


 あえて気配を隠さずに飛び出していった。

 そうすれば、後ろで身を潜めているベルンハルトが魔物に気付かれにくくなる。


「はああああああッ!」


 繭の周辺に蠢く幼体をまとめて薙ぎ払う。

 体液がびちゃびちゃと飛び散ってアインは顔をしかめた。


 幼体が襲われたことに激怒したのか、ヴェノムモスたちが一斉に壁から飛び立ってアインに襲い掛かってきた。

 ベルンハルトが援護するべきか悩んでいると、アインは魔槍『狼角』を翳し上げて詠唱を始める。


「我が名の下に命ずる。煉獄よ、ここに顕現せよ――そして全て灰塵と化せアレス・フェアブレンネン


 穂先に膨大な魔力が収束し――煉獄が解き放たれた。

 爆炎が襲い来るヴェノムモスを無慈悲に焼き殺していく。


 その魔法の規模の大きさに、ベルンハルトは驚愕する。

 一体どれだけの魔力を注ぎ込めば、あれだけの光景が出来上がるのだろうか。

 彼も基礎的な魔法は扱えるが、これほどの大魔法を行使することは出来なかった。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を解放せずとも、アインの基礎魔力は以前より格段に高まっている。

 それ故に、これほどの大規模な魔法の行使を可能とさせた。


 思い描いたのは、馬車の護衛依頼を引き受けた時にエミリアが見せた魔法。

 槍だけでは対処しきれない時、大規模な魔法を扱うことが出来れば生存確率はずっと増すのだ。

 そのために、アインは自分でも魔法を扱えるようにと考えていた。


 しかし、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を解き放っていなければ最大限の威力は引き出せない。

 ヴェノムモスの数をかなり減らすことが出来たが、それでも全てを殺しきることは出来なかった。

 少なくとも、まだ五十体は残っているだろう。


 だが、これは好機だった。

 先ほどまでとは違い、今ならば槍だけで十分戦える数だ。

 そしてそれは、ベルンハルトがリスティを救出するだけの余裕が出来たということだ。


 アインが槍を振るっている隙に、ベルンハルトはリスティの所に駆けていく。

 そして、腰に下げた短剣を手に取って繭を切り裂いた。


「大丈夫かッ!?」


 声をかけるも、反応はなかった。

 慌てて首筋に指をあててみると、脈はあるようだった。


 気を失っているのだろう。

 ベルンハルトは無事だったことに安堵するが、リスティの喉元が酷く黒ずんでいることに気付く。

 それは明らかに異常な事だった。


「なぜだ……。今朝まで流行り病の症状もなかったはず」


 だが、現に流行り病の症状が出ているのだ。

 リスティの喉元は酷く黒ずんでおり、よく見れば顔や腕にも同じような跡が見える。

 ここまで症状が進行してしまうと助からないだろう。


 そもそも流行り病自体に謎が多い。

 原因さえ分からない現状であれこれと考えても無駄だった。

 今は洞窟から出るのが先だろう。


 ベルンハルトがリスティを背負って振り向くと、ちょうどアインもヴェノムモスを倒し終えたところだった。

 巣の外に出ていたヴェノムモスが帰ってくるかもしれないため、この場に長く留まると危険だろう。

 二人は洞窟を後にする。

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