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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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41話 魔物の巣

 覚悟を決めていたとはいえ、やはり村の惨状は酷いものだった。

 動ける者がほとんどいない状況。

 たとえ動ける者がいたとしても、症状が軽いだけで無事というわけではなかった。


 村人のほとんどが流行り病で倒れているのだ。

 既に村としては死にかけている。


「それで、何を見たいんだ?」

「まずは流行り病について知っておきたいから、症状の酷い人に会わせて」

「症状の酷い人か……。そうなると、クレアさんだな」


 ベルンハルトはアインを案内する。

 そこは他の家と比べると随分手入れが行き届いていた。

 家の周りの雑草も丁寧に刈ってあり、住み心地は随分と良さそうだった。


「大丈夫かどうか聞いてくるから、ちょっと待っててくれ」

「分かった」


 酷く衰弱しているようであれば、無理に話を聞くわけにもいかないだろう。

 だが、出来る限り病状を詳しく知っておかなければ解決には繋がらない。

 そのため、症状の重い人物から詳しく聞いておきたかった。


 少しして、ベルンハルトが残念そうに家から出てきた。


「すまない、今日は症状が酷いらしくて厳しいみたいだ」

「どんな症状?」

「頭痛と眩暈。それと、酷い吐き気があるらしい」


 病気の中では一般的な症状だろう。

 アインの故郷でも似たような病気は幾つか存在したが、この村の流行り病はそれらとは別物だろう。

 何より、喉元が黒ずんでいく病苦など見たことがなかった。


 村の現状を考えると、何も手掛かりなしに時間が過ぎていくのは避けたい。

 悠長に構えていられるほどの状態ではないのだ。

 アインはどうにかして現状を把握できないかと考える。


 すると、ベルンハルトが思いついたように手を打つ。


「そうだ、クレアさんにはリスティっていう娘がいるんだ。普段から近くで看病してるだろうし、彼女なら参考になる話を聞けるかもしれない」

「その人はどこに?」

「確か、森に出て野草を取っているはずだ。おおよその場所は分かるから案内しよう」


 ベルンハルトに連れられて歩いている途中、アインは遠くに少年を見かける。

 年齢は十に満たないくらいだろう。

 なぜだか、アインは彼に不思議なものを感じた。


「あの子が気になるのか?」


 ベルンハルトの問いにアインは頷く。

 一人で寂し気に腰掛けている茶髪の少年。

 彼は何故か、流行り病に冒されている様子もなかった。


「例の流れ者の子だ。母親と二人で村のはずれに住んでいる」

「あの子が……」


 何故か引っかかるものを感じたが、改めて見ると普通の少年にしか見えなかった。

 アインは首を傾げるも、今はリスティに話を聞きに行く途中だったことを思い出す。


 そして、二人は村を出て森の中を進んでいく。

 やはり森は静かだった。

 魔物の気配はないが、警戒を怠らない。


 ベルンハルトの武器は弓だった。

 手頃な木を加工して作った簡素な弓だったが、それ故に小回りが利いて森の中で扱うには向いているのかもしれない。

 腰には短剣が下げられているが、そちらは素材の解体に使うものだった。


 相変わらず森は静かだった。

 昨晩のようなヴェノムモスが大量発生しているのであれば、もっと物音がしてもいいはずだ。

 だというのに、森は静寂に包まれている。

 アインは不測の事態に備えて警戒を怠らない。


「森がこの状態だと、村の人たちはどうやって食糧を?」

「俺みたいに動ける奴が狩猟や採集に行って、それでも足りない分は村の食糧庫から出している。だが、それもそろそろ限界だろう」


 ヘスリッヒ村の食糧庫は空も同然の状態だった。

 生き残っている人たち全員が満足に食事にありつくことは出来ない。

 そのため、ベルンハルトは自分の取り分を減らしてでも他の弱っている人に分け与えていた。


 森にはヴェノムモスが大量発生している。

 それはギルドが確認している限り事実であって、周辺の街ではヴェノムモスの目撃情報が多く寄せられている。

 だというのに、何故か村周辺で見かけることはないのだ。


 これだけ自然豊かな場所で獣の一匹さえ見つけることが出来ない。

 魔物さえほとんど見つけられない。

 なぜこれほどまでに静かなのか、見当もつかなかった。


 しばらく歩いても、リスティの姿を見つけられなかった。

 ベルンハルトは地図を確認しながら首を捻る。


「おかしい……。普段なら、この辺りで野草を取っているはずなんだが」


 どこにもいない。

 森は不自然なほど静かだった。


 しばらく周辺を探していたが、急にベルンハルトが立ち止まった。

 なぜかは尋ねるまでもなく、彼の視線の先にある物が全てを語っていた。


 木の根元に血がこびり付いていた。

 そして、周辺には野草が散らばっている。

 少し離れたところには野草を入れていたであろう籠も転がっていた。


「……まさかッ!?」


 ベルンハルトは愕然とする。

 誰の血かは考えるまでもないだろう。

 野草を採りに来ていたリスティが、魔物に襲われたのだ。


 血痕は森の奥まで続いていた。

 恐らく、引きずられて連れて行かれたのだろう。

 所々に地面が抉れており、彼女が必死に抵抗した様子が想像できた。


 ベルンハルトが振り返ると、アインは頷く。

 急いで彼女を助けに行かなければ。

 二人は警戒しつつ、駆け足で血の跡を辿っていく。


 そして、二人が辿り着いたのは洞窟だった。


「洞窟……なぜだ?」


 ベルンハルトが首を傾げる。

 なぜ魔物がリスティを洞窟に連れ去ったのか分からなかった。


 だが、アインはギルドで得たヴェノムモスの生態を思い出す。


「ヴェノムモスは洞窟の奥に巣を作る。きっと、幼虫の餌として連れて行かれたのかも」

「だとすれば、急がないと不味いな……」


 洞窟の中はヴェノムモスの巣窟となっているのだろう。

 自ら巣の中に飛び込むことがどれだけ危険なことかは言うまでもない。

 故にベルンハルトは躊躇してしまう。


 だが、アインは臆することなく洞窟の中に入っていく。

 どれだけ多くの魔物が潜んでいようと、アインにとっては大したことではない。

 大量の虫がいると考えると嫌な気もしたが、災禍の日と比べればずっとマシだろう。


「ベルンハルトさんは後方からの襲撃を警戒して。囲まれると少し面倒だから」

「ああ……分かった」


 ベルンハルトも覚悟を決める。

 自分よりもずっと若い少女が勇敢に進んでいくのに、自分だけ洞窟の前で立ち止まっているわけにもいかない。

 もしもの時は自分が囮になってでも逃がそうと考えていた。


 だが、彼は知らなかった。

 目の前にいる少女が、どれだけの力を持っているのかを。

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