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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

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40話 死にかけの村

 村は酷い有様だった。

 草は伸び放題で地面は荒れ果て、建物も全く手入れがされていない。

 出歩いている人もほとんど見かけることが出来なかった。


「酷いもんだろう?」


 ベルンハルトは苦しそうに笑う。

 村全体がこの惨状なのだ。


 元々はそれなりに人もいたのかもしれない。

 だが、今では流行り病によって多くの命が失われてしまった。

 このままでは、村が完全に死んでしまうことだろう。


 たまに家の中に人の気配があっても、激しく咳込む音が聞こえてくるだけだった。

 どこにいても苦しそうに悶える声が聞こえてくるのだ。

 生き残っている人を何人か救えるかもしれないが、村はもう手遅れだろう。


「とりあえず、村長の所に案内する。ついてきてくれ」


 ベルンハルトに案内され、アインは村長の家に向かう。

 その途中で外を出歩く人を何人か見かけたが、皆が同じような症状に呻いていた。

 程度の違いはあれど、喉元が黒ずんでおり酷く咳込んでいた。


 村長の家は他の家と比べると手入れが行き届いているようだったが、それでも周囲は荒れ果てていた。

 ベルンハルトはドアをノックする。


「ブラハムさん、冒険者が森の異変を調査しに来てくれたぞ!」


 その声を聞いて、家の中から老齢の男性が現れる。

 随分と弱々しい姿だったが、他の人と違って病気というわけではないようだった。


「おお、貴女が……」


 ブラハムは驚いた様子でアインを見つめる。

 まだ若い少女が森の異変を調査しに来たのだ。

 アインの実力を知らない人ならば当然の反応だろう。


 だが、じっくりと観察することでブラハムはアインが普通の少女でないことに気付く。

 年齢に不相応なほど大人びた顔つき。

 無感情で冷たい瞳をしていたが、その内に刃のような鋭さも秘めている。

 首から下げたシルバーの冒険者カードを見れば、実力は申し分ないと思えた。


 家の中に入ると、ブラハムが自己紹介をする。


「私はこのヘスリッヒ村で村長をやっているブラハム・モルフォードと申します。この度は、わざわざ辺境の村にお越しいただいて、それに森の異変を調査していただけると」

「はい。しばらく滞在する予定なので、どこか寝泊りできるところを貸してもらえると」

「それでしたら、すぐ近くに空き家があるので、そちらを自由に使ってください。後で息子に案内させましょう」


 ブラハムはアインの頼みを快く承諾する。

 今この村を救えるのはアインしかいないのだ。

 可能なことは全て協力するつもりでいた。


「幾つかお聞きしていいですか?」

「ええ、もちろん」

「ベルンハルトさんから聞いた話だと流行り病は半年ほど前から流行り始めたみたいですけれど、なにかその時期に村周辺や森で変わったことはありませんでしたか?」


 その問いに、ブラハムは難しい表情で首を捻る。

 思い出せないのではなく、どう説明すればいいのかを悩んでいるようだった。


「あまり気持ちの良い話ではないのですが……村に、流れ者がやってきました」

「流れ者?」

「ええ。あの親子が来てから、病が村に流行り始めたのです」


 ベルンハルトに視線を向けると、彼も難しい表情をしていた。

 どのような事情があるのかは分からなかったが、森の異変に何らかの関係があるかもしれなかった。


「父親を失って、母と子がこの村に流れ着いたのです。ただ、母親の方が病を患っていたらしく、村に来てからずっと寝たきりなのです」

「そう……」


 もし母親が病気を持ち込んだのであれば、村の流行り病の原因は彼女ということになるだろう。

 アインは後で様子を見に行くべきかと考える。


「村人たちは、あの親子が流行り病を持ち込んだのではないかと疑っております。私も考えたくはありませんが、時期を考えると彼女が持ち込んだとしか考えられないのです」


 ヘスリッヒ村に病を持ち込んだ元凶。

 だとすれば、村人たちからどのように思われているのかは想像に難くない。


「アインさん。村に滞在していれば、あの親子が虐げてられいることを嫌に思うかもしれません。しかしどうか、村人たちを悪く思わないでください」

「……善処します」


 もし理不尽に虐げられているのであれば、アインも許すことは出来ないだろう。

 多少手を出してしまうこともあるかもしれない。


 だが、村はこの惨状だ。

 食糧も満足に得られず、次々と命が失われていく現状。

 そんな中で半年も生活してきたのだから、気がおかしくなって誰かを咎めたくなることも無理はない。


「それでは、アインさん。貴女にお貸しする家を掃除しなければならないので、少しお待ちください」

「なら、もう少し村の中を見てきていいですか?」

「ええ、もちろんですとも」


 アインは席を立つと村長の家を出る。

 すると、ベルンハルトがアインの後を追いかけてきた。


「なあ、冒険者さん。よかったら俺に案内させてくれないか?」

「それは助かるけれど……体は大丈夫?」


 ベルンハルトも流行り病に冒されている身だ。

 他の村人と比べればマシな方かもしれないが、健康とは言えない。


 アインは少し考えてから、パンと干し肉を差し出す。

 ベルンハルトは驚いたように見つめていたが、首を振る。


「ありがたいんだが……できれば俺じゃなくて、もっと弱っている人にあげてほしい」

「そのままだと、ベルンハルトさんの体が持たないから」


 彼の様子を見れば、明らかに栄養が足りていないのが分かる。

 このままでは流行り病以前に栄養失調で死んでしまいそうだった。


「残酷かもしれないけど、死ぬ寸前の人に与えるより、動ける人間に与えた方がいい」

「だが……」

「ベルンハルトさんが動けなくなったら、村はどうするの?」


 優先するべきは、死が決まっている命よりも生きる可能性がある命だ。

 彼ならば、まだ助かる可能性は十分にあった。


 それに彼は猟師だ。

 森の異変を調査する時、周辺に詳しい彼の助けがあった方が捗ることだろう。

 死にかけている人に与えるよりもずっと良いとアインは考えていた。


 ベルンハルトは観念したように、アインからパンと干し肉を受け取った。


「すまない。恩に着る」


 彼も随分と飢えていたようだった。

 アインに感謝しつつ、パンと干し肉を噛み締めていた。


 そして二人は、ヘスリッヒ村の周辺を見回りに向かった。

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