表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
三章 病魔の住まう森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/170

39話 調査依頼

 そこは、ブレンタニア公国の南部に位置する森だった。

 木々が鬱蒼と生い茂る深い森で、じめじめとして薄暗く、地面も苔で覆われており滑りやすい。


 アインは一人、そんな森の中を進んでいた。

 周囲は静寂に包まれており、魔物の気配は全く感じられない。

 それどころか獣の一匹さえ見かけることが出来なかった。


 幸い食糧は多めに用意してあったため、飢え死にすることはないだろう。

 だが、かといって暢気に構えていられるほど余裕があるわけではない。


 アインがこの森を訪れたのは、近くの街にある冒険者ギルドで調査依頼を受けたからだ。


 依頼名:異変の調査

 期限:無期限

 報酬:要相談

 備考:近辺の生態系に異変が生じているため、原因の調査及び可能であれば解決。


 森からやや離れた位置にある街で受けた討伐依頼だった。

 近辺で目撃されることのなかった魔物が出現したり、逆に最近までいたはずの魔物が見られなくなったとのことだった。


 アインは一先ず、森の中にあるヘスリッヒ村を目指していた。

 森の異変を調査するのであれば、拠点としてしばらく滞在できる場所が必要だからだ。

 さすがに野宿を続けるのは体力的にも厳しい。


 ヘスリッヒ村は森の中にあるだけあって狩猟や採集を主としている。

 場合によっては彼らに助力を仰ぐのも良いだろうと考えていた。

 この土地に詳しい人物がいれば、異変の調査も捗るだろう。


 森に入って半日ほど経っていた。

 だというのに、未だに獣の一匹さえ見かけない。

 アインの故郷も自然に囲まれていたが、この森とは違って獣や魔物をよく見かけていた。


 森の異変に関係しているのだろうか。

 アインは警戒を怠らず、森の中を進んでいく。


 ヘスリッヒ村まで距離があるため、一晩は野宿することになるだろう。

 暗くなる前に野営の準備をしておく必要があった。

 適当に休めそうな場所を見つけると、アインは倒木に腰掛けた。


 随分と歩いたはずだったが、やはり森は深い。

 目的のヘスリッヒ村までどれだけかかるだろうか。

 地図と方位磁針を取り出して確認しつつ、アインは明日のことを考える。


 ギルドで得られた情報によると、この森周辺で生態系に大きな変化が起きているとのこと。

 特にヴェノムモスという毒蛾の魔物が増えているらしく、危険度から最低でもシルバー以上の冒険者という指定があった。

 盗賊の討伐でシルバーに上がっていたため、アインはこの依頼を引き受けた。


 ヴェノムモスの特徴は、五十センチから一メートルほどの大きさであることと、麻痺毒を持っているということだ。

 単独で行動している場合が多いが、巣の近くを通りがかると群れで襲い掛かってくることがある。

 また、夜目が効くため夜間は襲撃を警戒しなければならない。

 その鱗粉は毒矢などの素材に仕えるため高値で取引されているため、調査の報酬と合わせれば良い額になるだろうとアインは考えていた。


 日が暮れてくると、アインは焚火をする。

 夜の森は視界が悪い。

 多少目立ってしまうことを考えても、焚火をした方が安全だろう。


 夕食は持ってきたパンと干し肉とチーズだった。

 干し肉とチーズを火で軽くあぶると、それをパンにはさんで頬張る。


 一人旅は孤独だ。

 特に、夜の森はいっそう静かで寂しい。

 それが己の選んだ道とはいえ、すぐに慣れるようなものでもないだろう。


 アインは湯を沸かして紅茶の葉を煮詰めると、コップに注いで一気に飲み干す。

 体が程よく温まると、そのまま眠りについた。

 熟睡は出来ずとも、明日に備えて体を少しでも休めておきたかった。


 だが、すぐに近付いてくる気配を感じ取って目を覚ます。

 明確な殺意を感じる。

 おそらくは件の魔物だろうと、槍を手に取って構えた。


 現れたのはやはり、毒々しい色をした巨大な蛾――ヴェノムモスだった。

 羽を含めれば、一メートルに届かないくらいだろうか。

 この魔物が大量発生しているのは気持ちが悪いとアインは思った。


 巨大な羽を騒がしく羽ばたかせ、ヴェノムモスが接近してくる。

 移動速度は思っていたよりも遅い。

 この程度ならば大した脅威にならないだろう。

 アインは冷静に観察してから、頭を一突きして仕留める。


 十中八九、ヴェノムモスの大量発生が原因だろう。

 この大きさの魔物ならば、近辺の獣を駆逐するには十分すぎる。


 だが、そうであればヘスリッヒ村は無事なのだろうか。

 腕の立つ人物が辺境の村にいるとは思えない。

 もし村の近くに巣が出来ていたならば、既に村が壊滅してしまっている可能性があった。


 アインは再び眠りにつく。

 そして翌朝になると、すぐに移動を開始した。


 やはり魔物の気配はない。

 大量発生しているであろうヴェノムモスも、夜に遭遇した一匹だけだ。

 どこか一か所に固まっているのか、あるいは他の誰かがこの場所を通ったのか。

 警戒しつつ先へ進んでいると、前方に気配を感じた。


 殺意は感じない。

 相手もこちらの様子を窺っているらしく、動く様子はなかった。

 互いに草陰に隠れているため、姿を視認することは出来ない。


 アインは先に草陰から姿を現して見せる。

 相手に敵意が無ければ問題はない。

 敵意があったとしても、殺せばいいだけのことだ。


 様子を見ていると、相手も姿を現した。

 壮年の男性だった。

 弓を手に持っている姿から、狩人であることが分かる。


「君は誰だ? なぜこの森に?」


 男の問いかけに、アインは依頼書を取り出す。

 そして、冒険者カードを見せた。


「私はアイン。ギルドの依頼で森の調査に来た。あなたは?」

「俺はベルンハルトだ。この近くにあるヘスリッヒ村で猟師をしている」


 素性が分かると、互いに警戒を解いた。


「冒険者が調査に来てくれるなんて本当にありがたい。実は今、ヘスリッヒ村は流行り病のせいで消滅の危機にあるんだ」

「流行り病?」

「そうだ。実際に見てもらった方が現状を理解してもらえることだろう」


 ベルンハルトは浮かない表情をしていた。

 それだけ深刻な状況なのだろう。


 流行り病に冒された村。

 それがどれだけ悲惨な運命をたどるのかは想像に難くない。

 可能ならば、森の異変の調査だけでなく村の方もどうにかしたいと考えていた。


「ベルンハルトさんは、一人で狩りを?」

「ああ。流行り病のせいで皆が衰弱しきっていて、動ける者は極少数なんだ。だから、俺が……」


 続けようとして、ベルンハルトは激しく咳込む。

 彼自身も随分と病に冒されているようだった。


「すまない、俺も流行り病に冒されているんだ。皆よりは、随分と症状が軽いみたいだが」


 そう言って笑みを見せるが、明らかに体調が悪そうだった。

 よく見れば、喉元が微かに黒ずんでいた。


「だが、やはりこれ以上は厳しいかもしれない。今日だって、猟に出掛けても獣の一匹さえ取れないのが現状だ」

「森がこうなったのはいつ頃から?」

「そうだな……多分、半年くらい前だ。あの頃から、森がおかしくなり始めた」


 ベルンハルトは悔しそうに唇をかみしめる。

 どうにもならない現状が腹立たしかった。

 これまでによほど辛い思いをしてきたのだろう。


「ヴェノムモスの大量発生も異常だが、それだけなら村の猟師だけでどうにでもなる。問題は、どこから来たかもわからない流行り病だ」 

「流行り病とヴェノムモスの大量発生の時期は同じくらい?」

「病の方が先だったかもしれない。それから少ししてヴェノムモスが増えてきた」


 であれば、直接的な原因は他にあるのだろう。

 流行り病を持ち込んだ魔物がいるのか、あるいは毒素を噴出するような異常が発生しているのか。

 いずれにせよ、一度村に行ってみなければ原因は分からないだろう。


 しばらく歩いていると、アインは微かに空気が淀んできたことに気付く。

 どこかで感じたような嫌な感覚。

 澄んでいるはずの森の空気に、何かが混ざっていた。


「ベルンハルトさん。この近辺で、なにか空気を汚すような魔物は?」

「聞いたことがないな。こうなる前でも、精々ホーンウルフみたいな魔物がいたくらいだ」

「そう……」


 生態系が大きく変化してしまったのだろう。

 他所から生態系に変化を起こすだけの凶悪な魔物が入って来た可能性もある。

 場合によっては、それと戦うことになるかもしれない。 


 それからしばらくして、二人はようやくヘスリッヒ村に到着する。

 アインの視界に映ったのは、酷く寂れた死にかけの村だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ