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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
二章 持つ者、持たざる者

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37話 狡猾な毒牙(2)

 先に動き出したのはペドロだった。

 ナイフを突き出すように構えると、凄まじい速度でアインに肉迫する。

 迎え撃つ様にアインが槍を横薙ぎに振るうが――その姿が瞬時に掻き消えた。


 鋭い殺気を感じて咄嗟に飛び退く。

 直後、横から現れたペドロの蹴りが頬を掠めた。


 休む間もなく、ペドロが距離を詰めて再び蹴りを繰り出してきた。

 アインは身を捻って避けると、勢いをそのままに蹴りを返す。


 だが、ペドロはそれを腕で受け流した。

 蹴りを放った足が虚空に投げ出され、アインは体勢を崩してしまう。

 その隙を見て、ペドロがすかさずナイフを突き出す。


 アインは槍を地面に突き立てる。

 片足を地面に戻す暇がないならば、足の代わりに槍で体を支えればいい。

 槍に体重をかけると、体を捻りながらもう片方の足で蹴りを放つ。


 ペドロは腕でそれを防ぎ、再びナイフを突き出そうとする。

 だが、アインは蹴りの勢いを利用して距離を取った。


 再び槍を構える。

 武器の間合いの広さでは有利かもしれないが、懐に入られたら対処しきれない。

 剣闘士として生きてきたというペドロの話は本当なのだろう。

 彼の技量は、確かに戦士として一級の代物だった。


 それ故に、殺し合うことが愉しいのだ。

 アインは荒く息を吐き出す。

 心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち続けていた。


 先ほどの打ち合いだけで、ペドロが強者であることは理解できた。

 少なくとも、村で槍術を学んでいただけの自分よりも戦士としては格上だろう。

 下手に間合いの内側に入られてしまえば、先ほどのように何度も凌げるとは思えなかった。


 だが、ペドロも先ほどの打ち合いでアインの技量に驚愕していた。

 槍使いが相手であれば、懐に潜り込んだ時点で勝ったも同然。

 だが、アインは鋭い勘と超人的な反応速度で以てペドロの猛攻を凌いだのだ。


 互いに相応の技量があることは確認できた。

 少しでも気を抜けば、次の瞬間には死が待っていることだろう。


 であれば、次は如何にして相手を殺すか。

 アインはペドロの様子を窺う。

 特に武器を構えもせず脱力しているように見えたが、その内側では凄まじい勢いで魔力が巡っていることが分かる。


「来ねェのか?」


 挑発的な笑みを浮かべ、ペドロがアインを誘う。

 明らかに罠であることは理解できたが、アインはあえて誘いに乗っていく。


 体中に黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を巡らせる。

 それは、魔力による身体強化と原理は同じものだ。

 常人と異なるのは、それが禁忌の力というだけ。


 魔槍『狼角』に刻まれた魔紋が輝きを放ち始める。

 その穂先に魔力の刃を纏っていた。

 身に纏った純白のローブも、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの魔力によって魔紋が浮かび上がってきた。


 湧き上がる力の、なんと心地良いことか。

 体中に力が漲ってきて、アインは恍惚とした表情で槍を構える。

 ペドロが何を企んでいようと、力で強引にねじ伏せれば良いだけなのだ。


 アインは地を力強く踏み込んで一気に駆けだす。

 踏み込みの強さに地面が抉れていた。

 強烈な殺意を乗せて、力任せに槍を突き出す。


 ペドロはそれを迎え撃とうと身構え――その場から咄嗟に飛び退いた。

 彼が想定していた以上の強烈な一撃だったからだ。


 常人であれば、誘いに乗ってきた時点で殺めることが出来ていただろう。

 しかし、アインの一撃は受け止めきれない。

 下手にカウンターを狙おうとすれば、力任せの一撃に押し負けてしまう。


「逃げるの?」


 今度はアインが嗤う。

 そちらから誘っておいて逃げるのか。

 ペドロを嘲笑うかのような表情だった。


 ペドロは危機感を抱いていた。

 最初の打ち合いは純粋に技量のみでの勝負だった。

 戦いに生きてきた彼にとって、アインは実力はあれど勝てない相手ではなかった。


 しかし、二度目は打ち合うことさえ出来なかった。

 地力が違いすぎるのだ。

 武具の質にも差はあったが、それはまだ技量で埋められる範囲内だ。

 問題は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力だった。


 アインの一撃は、あまりにも強烈すぎた。

 同じく黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っているペドロでも、同等の威力を出すことは難しい。

 それ故に、技量で撃ち合う以前に強引に押し潰されてしまう。


 であれば、間合いに入らなければいいのだ。

 ペドロは距離を詰められないように警戒をしつつ、ナイフを構える。


「抉れ――黒刃シュプリッタ


 ペドロが詠唱すると、ナイフを象った黒い刃が撃ち出された。

 咄嗟に槍を振るって弾くが、すぐに次が飛来する。


 それはゾフィーを仕留めた魔法だった。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力によって生み出された黒い刃。

 並の魔法よりも遥かに高い殺傷力を持ち、さらに掠りでもすれば麻痺毒が体を蝕む。


 アインは飛来する黒刃シュプリッタを槍で弾き続けることしかできなかった。

 無理に距離を詰めようとしても、ペドロの素早い身のこなしについていくことが出来ない。

 このままでは、遠距離から一方的に嬲られてしまうだけだった。


 だが、アインは危機的な状況においても平然としていた。

 むしろ、ペドロの戦い方に感心さえしていた。

 撃ち続ければ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を激しく消耗するかもしれないが、状況によっては有用かもしれない。


 その場から動かずに飛来する黒刃シュプリッタを弾き続けているアインを見て好機と思ったのだろう。

 ペドロは一度魔法を打ち止めると、笑みを浮かべて見せた。


「そろそろ限界じゃねェか? 大人しく武器を捨てれば命だけは助けてやる」


 もっとも、奴隷として生きることになるが。

 そう言ってペドロは嗤う。


 だが、アインは不満そうな表情で問い返す。


「もう終わり?」

「あァ?」

「この程度で終わりなのかって聞いてる」


 あれだけの惨劇を生み出しておいて。

 あれだけの命を奪っておいて。

 この怒りをぶつけるには、この男では物足りないかもしれない。


 もう少し腕が立つならば、きっと全力が出せたことだろう。

 心の底から殺し合いを愉しめたのかもしれない。


 だが、この程度で終わりだとすれば。

 ペドロの実力がこの程度でしかないのならば。

 それは、期待外れというに他ならない。


「テメェ……」


 アインの表情から、何を言いたいのか理解できたのだろう。

 ペドロは苛立った様子でナイフを構える。


「そンなに死にてェなら、望みを叶えてやる。切り刻め――黒刃影シュメルツ・シュプリッタ


 ペドロの周囲に無数の魔方陣が浮かび上がる。

 そして、空を覆いつくすかのように途方もない数の黒刃シュプリッタが現れた。

 これを受けきることは、どう考えても不可能だった。


 この絶望的な状況でさえアインは嗤っていた。

 ただ不敵に、殺意を滾らせていた。


 アインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの刻まれた右手を高々と翳し上げる。


「我は渇望する。永劫の悦楽よ、此処にあれと――血餓の狂槍フェルカー・モルト


 そして、狂宴が始まった。

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