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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
二章 持つ者、持たざる者

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35話 切り捨てる

 夜明けと共に、魔物の軍勢は消え去った。

 あれだけの数がいたというのに、魔物の死体は一つとして残っていない。

 全てが虚空に溶けて消え去ったのだ。


 朝を迎えることがこれほど喜ばしい事があっただろうか。

 マシブは眩しそうに太陽を拝んでいた。


 シュミットの街はただの廃墟になってしまった。

 あれだけ賑わっていた通りも、噴水の美しい中央広場も見る影もない。

 辺り一面が、死体の散乱する地獄絵図となっていた。


 この惨状では、この街はもう終わりだろう。

 これだけ多くの命が、たった一晩にして失われてしまったのだ。


 場合によっては悪霊の巣窟と化してしまうかもしれない。

 このままでは失われた者たちの怨嗟が形を成し、この地を迷宮化させてしまうだろう。

 せめて安らかに眠れるようにと、マシブは後で死者の弔いをしようと考えていた。


「ったく、酷い悪夢だったぜ」

「本当に夢なら、どれだけ良かったことか」


 ゾフィーが大きくため息を吐く。

 魔力も僅かに回復して、歩ける程度にはなっていた。

 だが、とても戦えるような状態ではないため、まだ警戒は怠らない。


「これが黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)の引き寄せる災い……。なんで、こんな酷いことが出来るんだろうね」

「さあな。悪人の考えなんざ、俺には分からねえし分かりたくもねえ」


 盗賊の頭領は、何が目的でシュミットの街に災いを引き寄せたのか。

 二人には想像もつかなかった。


 少しして、アインがラドニスを連れて二人のもとにやってきた。


「ラドニス、無事だったか」

「ああ、どうにか。アイン君がいなければ、今頃は辺りの骸と共に寝ていたかもしれないがね」


 ラドニスは苦笑しつつ、周囲を見回す。

 これだけ多くの命が失われることなど、歴史を振り返ってもそうないだろう。


 まして、これは戦争でも何でもない。

 魔物によって命が奪われたのだ。

 厳密にはそれを引き起こした人物がいるのだが、いずれにせよ異常な事態であることには間違いなかった。


「しかし、それにしても酷いものだ。百年前にあった大災厄を思い出す」

「大災厄ってなんだ?」

「魔物が活発化する周期の中で、特に異常なものだ。これほど悍ましい魔物ではなかったにせよ、あの時も世界各地で幾つもの街や村が失われた」


 ラドニスは廃墟と化したシュミットの街を眺める。

 彼の記憶の中には、同じような光景が幾つも残っていた。


「魔物が活発化するといっても、気候や地脈のような環境的要因の影響ではないのだよ。獣の繁殖期とは違う。恐らくもっと高次元からの干渉か、あるいは……」


 ラドニスが深い思考に入り込もうとしている時、アインは逸早く気配を察知する。

 おそらくは盗賊の頭領だろう。

 これまで気配を消して身を潜めていたが、災禍の日が終わったためか移動を開始したようだった。


 歩き出そうとするアインだったが、右手をゾフィーに掴まれて引き留められた。

 ゾフィーも微かに気配を感じ取っていたようだった。


「アイン、ダメだって! せっかく助かったんだから、わざわざ死にに行くことなんてないって!」

「死にに行くんじゃない。私は、殺しに行く」


 溢れ出す殺気にゾフィーは気圧されるが、それでも首を振って反対する。


「あたしも奴とは戦ったけど、あれは化け物だよ。黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)の力は、あたしたちにはどうしようも……」


 アインがおもむろに手袋を外すと、ゾフィーは固まってしまう。

 その右手に刻まれているのは黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)だ。

 実物を見たばかりなのだから、見まがうはずもない。


「……こういうことだから。ごめんね」


 アインは三人に背を向ける。

 やはり、黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)を持つ者は誰かと一緒にいることなど不可能なのかもしれない。

 存分に力を振るいたい時、仲間がいるとかえって足手まといになってしまう。


「おいアイン! そのまま、どこかに行っちまうなんてないよな!?」


 マシブが声を上げる。

 彼の言う通りだった。

 アインは盗賊の頭領を殺した後、どこかに去ろうと考えていた。


 自分には黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)がある。

 三人は災禍の日を乗り越えられたが、それは運が良かっただけに過ぎない。


 マシブもそれが分かっているからこそ、無理強いは出来なかった。

 黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)を持っている。

 たったそれだけのことで、世界から拒絶されるのだ。


 だが、それでもアインを心配していた。


「アイン。俺は、お前が黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)を持っているって……本当は知ってたんだ」


 アインが体調を崩していた時に、マシブは見てしまった。

 右手に黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)が刻まれていることを知ってしまったのだ。

 しかし、彼はアインのことを教皇庁に報告しなかった。


 マシブはアインの様々な面を見てきた。

 だからこそ、黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)を持っているというだけで、アインのことを悪人だとは思えなかった。


「けどよ、お前が悪人だなんて思えねえ。世間だと邪教徒だのなんだのって言われるかもしれねえけど、俺は気にしねえ。だから……頼む。必ず戻って来てくれ」

「……ありがとう。でも、ごめん」


 盗賊の頭領を殺した後に戻って来てしまったならば、自分はきっと優しさに甘えてしまう。

 シュミットの街を失ったことで、改めて黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)の危険さを思い知らされたのだ。

 こんな危険なものを抱えた状態で、甘い考えを持っているわけにはいかない。


 だからこそ、あらゆるものを切り捨てるのだ。

 誰かに頼ろうとしたり、縋ったり。

 そんなことを覚えてしまったならば、いずれ必ず後悔する時が来る。


 不要なものは全て切り捨てなければならない。

 感情を押し殺して、一人で生きていく。

 それが、アインの選んだ道だった。


 マシブの必死の叫びが聞こえて来ても、アインは振り返ることをしなかった。

 決めたからには、徹底しなければならない。


 盗賊の頭領がどこへ向かったかは分かっていた。

 彼にも自分と同じ黒鎖魔紋(ベーゼ・ファナティカ)の力が流れている。

 同質の魔力を辿っていけば見つけることが出来るだろう。


 アインは激情を滾らせ、盗賊の頭領の後を追う。

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