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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
二章 持つ者、持たざる者

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28話 結晶化

 エミリアの指に嵌められているのは、黒水晶のような宝石の指輪だった。

 一見するとただの指輪にしか見えなかったが、そこから強大な魔力を感じ取れた。


「これって、魔石ですか?」

「その通り。といっても、ただの魔石ではないのよ?」


 黒い魔石の内側では、赤い魔力光が炎のように揺らめいていた。

 確かに魔石ではあるものの、感じる気配は明らかに異質。

 それは、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力と同質のものだった。


 エミリアには黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは刻まれていない。

 彼女は邪神の祝福を受けていないのだ。

 普通に考えれば、その力を扱えるはずがない


 だというのに、その力を行使できた理由。

 それがエミリアの右手で妖しく輝いている指輪だった。


「アイン。貴女は錬金術について知っているかしら?」

「錬金術、ですか?」

「ええ。金を生み出す、なんていう前時代的なものではなくて。もっと業の深い、禁忌とされるべきもの。亡骸を素材として魔石を生み出す錬金術よ」


 亡骸を素材として魔石を生み出す。

 その言葉だけで、アインが指輪の正体を知るには十分だった。


 この赤黒い魔石は、エミリアの父の亡骸を基にして作られたものだった。

 父の体には黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが刻まれている。

 それを基にして魔力を結晶化させた、恐ろしく強力な魔石。


 アインはそんなことが出来るのだと驚くと同時に、恐ろしいとも思った。

 しかし、エミリアはそうは感じていないようだった。


「これが、貴女が感じた気配の正体。わたくしはお父様の力を借りて、魔法を発動しているの」


 魔導士は、魔法を行使する際に杖を用いることが多い。

 その理由は、魔法を補助具として杖が最も優秀だからだ。


 杖の柄に刻まれた魔紋と、先端に取り付けられた魔石。

 これを媒介とすることによって、詠唱にかかる時間を短縮したり、より強力な魔法を行使する際には補助具として用いることが出来る。


 エミリアの場合も同様だった。

 違うのは、使っている魔石と補助具としての形。

 父親の亡骸から得られた魔石は硬貨ほどの大きさしかなかったが、内に秘められた魔力は膨大。

 それを指輪にすることによって、エミリアは何時如何なる時においても大魔法を行使することが出来るのだ。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者の亡骸から生み出された魔石は、力をそのままに結晶化することが出来る。

 それ故に、エミリアは自身の父を魔石へと変えてしまったのだ。


 狂っている。

 指輪を恍惚とした表情で眺めるエミリアを見て、アインはそう感じた。

 もし自分ならば、決して同じことはできないと思った。


 しかし、どうだろうか。

 アインはこれまでの自分の行いを思い出す。

 魔物との死闘に昂揚し、挙句の果てには盗賊を殺めて快楽を得るような自分。

 どちらの方が狂っているのか、アインには分からなかった。


「アイン。もし教皇庁が、わたくしと同じように魔石を生み出しているとしたら。黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を利用するために、持つ者を見つけ次第殺しているのだとしたら、どう思うかしら?」


 それは、アインには想像もつかないことだった。

 もし教皇庁が何らかの理由があって黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者を狙っているのだとしたら。

 極端なまでの異教徒狩りも、説明が付くのではないだろうか。


 しかし、果たしてそれは悪だろうか。

 何らかの理由があっての事ではないのか。

 現に、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは災いを呼び寄せる。

 アインの右手は微かに疼きを感じていた。


 まだ、その時ではない。

 しかしいずれ、アインにも災禍の日が訪れるだろう。

 その時に誰かを巻き込んでしまう可能性もあるのだ。

 そういったことを考えれば、教皇庁の極端なやり方も仕方ないとさえ思えてしまう。


「もし教皇庁が悪だったとしたら、私は……」


 両親を殺された恨み。

 だがそれ以上に、アイゼルネへの恐怖が勝ってしまう。

 今のアインには教皇庁に歯向かうという選択肢は選べなかった。


 だが、それでも一つだけわかることがある。

 今のような極端なやり方は間違っている。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカという存在が悪であったとしても、持つ者が皆悪人というわけではない。

 であれば、他にやり方があるはずだ。


 アインは知っている。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者が、等しく悪人というわけではないことを。

 自分がヴァルターに助けられたように、自分もまた善人でありたいと思っていた。


「私も、教皇庁に両親を奪われました。だから……もし教皇庁が悪だったなら、私は絶対に許しません」


 その答えを聞いて、エミリアは驚いたように、そして感心したように頷く。

 アインの瞳に宿る力強さに惹かれていた。


「……正直に話すと、わたくしは単純に、お父様を処刑した教皇庁が憎いだけ。できるならこの手で潰してやりたいと思っている。だからこそ、禁忌とされている黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力にも手を出した」


 それが正直な心情だった。

 ただ、最愛の父を殺されたことが憎い。

 娘として、それ以上の理由は必要なかった。


「今、わたくしは仲間を集めているの。馬車に乗っているメイドたちも、過去に教皇庁によって家族や友人を失った者たちだけ。同じ気持ちを抱く同胞を求めているのよ」


 エミリアは真剣な表情でアインを見つめる。

 そして、問う。


「アイン、貴女にも仲間になってほしい。教皇庁を憎む同胞として、共に戦ってほしい」


 エミリアの言葉は力強かった。

 彼女ならば、いずれ大きなことを成すかもしれない。

 世界の在り方さえ変えてしまうかもしれない。

 漠然とだったが、そう思えた。


 しかし、だからこそアインは首を振る。


「私は一緒には行けません。だって……」


 そう言って、アインは自分の右手を差し出すようにエミリアに見せる。

 皮手袋を外すと、そこには黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが刻まれていた。


「私は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っていますから」


 エミリアは驚いたように黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを見つめていた。

 ウィルハルトやメイドたちが心配そうに見守る中、彼女は力が抜けたように息を吐いた。


「ふふ、残念です。貴女が味方になってくれるなら心強いとは思っていたけれど、まさか黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っているとまでは思わなかったわ」


 エミリアは「けれど……」と続ける。


「わたくしの考えが誤りでないと再確認できただけ、良かったと思うことにしておきましょう。お父様だけじゃない。黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者の中には、貴女のような人もいる」

「エミリアさん……」


 アインはそう言ってもらえたことが嬉しかった。

 これまで、アインは自分が恐ろしい人間なのではないかと葛藤してきた。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを抱えて生きていくだけでも、罪なのではないかと恐れていた。

 災禍の日に他者を巻き込んでしまう危険もあるのだから、死を選んだ方が良いかもしれないとさえ思っていた。


 だが、今は違う。

 たとえ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っていたとしても、それだけで罪というわけではないのだ。

 エミリアに出会えて、アインは救われたような気分だった。


「さあ、早く行くわよ? あと少しでエリュアスに到着するのだから」


 そうして、馬車は港町エリュアスに向けて出発した。

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