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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
二章 持つ者、持たざる者

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25話 己の使命

 アインは目の前の絢爛豪華な馬車に呆然としていた。

 白を基調として、美しい金の装飾が施されている。

 大きく描かれたスカーレット家の紋章が眩しく見えた。


 一体、この馬車一台でどれだけの値段になるのだろうか。

 少なくとも、これだけでアインの装備よりも高い値が付くことだろう。

 それを移動のために使うなど、想像もつかなかった。


 しかも、そんな馬車が何台も並んでいるのだ。

 驚くなという方が無理があるだろう。


「ふふ、情けない顔をしているわね。そんなにこの馬車が珍しいかしら?」


 ぽかんとしているアインを見て、エミリアが愉快そうに笑う。

 彼女にとっては移動に用いるだけの馬車だったが、常人にとっては夢のような代物だ。


 金をかけているのは装飾だけではない。

 車輪には衝撃吸収装置が付いており、荒れた道でも馬車の内部は揺れをほとんど感じさせない。

 そして、馬車を引く馬も足腰の強い名馬だ。

 馬車としての性能で見ても、並のものとは比べるまでもないだろう。


 アインは護衛として、御者台の方に乗ろうとする。

 だが、エミリアは馬車の中へ来るように手招きする。


「アイン、貴女はこっちよ?」

「でも、護衛は?」

「構わないわ。よほどのことがない限り、ウィルたちが勝手にやってくれるもの」


 御者台に視線を向ければ、ウィルハルトが周囲を警戒していた。

 エミリアの乗っている馬車を守るように、六つの馬車が囲んでいる。


 それぞれの馬車に四人ずつメイドが乗っていた。

 外見は何の変哲もない、普通のメイドだ。

 エミリアの旅に、世話係としてついてきたのだろうと思えた。


 しかし、じっと観察してみれば只者でないことが窺える。

 ウィルハルトほどの使い手ではないにしても、一介のメイドとは思えないほどの気配を放っていた。


「皆さん、凄く腕が立つんですね」

「そういうこと。だからアイン。貴女はわたくしの話し相手にでもなって頂戴」


 そう言われて、アインは馬車の中に入る。

 座って話し相手になるだけであれば、御者台でずっと警戒し続けるよりもずっと楽だろう。

 アインはそう考えていた。


 馬車が移動し始めると、アインは改めて乗り心地の良さに感嘆する。

 馬車の移動は酔いが付き物だったが、今回はその心配はなさそうだった。


「良い乗り心地でしょう? この馬車は、名工グリムバーツに造らせた特注品だもの」

「グリムバーツ?」

「ええ。彼はドワーフの技術者で、特に車輪の衝撃吸収装置みたいな機工技術に長けているのよ」


 そう言われて、アインは曖昧な相槌しか打てなかった。

 馴染みのない単語が羅列されれば、誰だってこういう反応になってしまうだろう。


 馬車の話を聞いている時、アインはふと思ったことを口にする。


「馬車を安いものにすれば目立たなくて狙われにくくなるんじゃないですか?」


 アインの言葉を聞いて、エミリアは面白そうに「へえ」と声を漏らす。


「確かに、貴女の言う通りにすれば護衛を雇う必要もないかもしれないわね。カモフラージュして移動すれば、盗賊に狙われる危険性も低くなる」

「なら、なんでそうしないんですか?」

「わたくしのプライドが、それを許さないのよ」


 エミリアの表情は真剣なものだった。


「この馬車にはスカーレット家の家紋が描かれているの。これはわたくしの誇り。賊を恐れて家紋を隠すなんて臆病な真似、したいとは思わないわね」


 その瞳には不思議と力が感じられた。

 己が進むべき道を見据え、何をなすべきかを理解しているようだった。


「わたくしはスカーレット家の当主として果たすべき使命がある。その程度の事を恐れていては、先に道は出来ないわ」


 そう言い放てるエミリアが眩しかった。

 今のアインは、生き延びることだけで精一杯。


 自分が何を成すのか。何を望むのか。

 生きていく上で、何を目的とするのか。

 今のアインには、生き延びる以上のことは考えられそうになかった。


 そしてエミリアは、アインに真剣な表情で問う。


「アイン。貴女は今のこの世界の在り方を、どう思っているの?」

「世界の在り方?」

「少し抽象的過ぎたかもしれないわね。……教皇庁について、どう考えているの?」


 教皇庁という言葉を聞いて、アインの脳裏に村での光景が蘇る。

 自分を庇って両親が殺されたこと。

 枢機卿アイゼルネに全く歯が立たなかったこと。

 思い出すだけで、今でも恐怖が蘇ってくるようだった。


「教皇庁は……」


 憎い。そう言いたかったが、そんなことを言ってしまえば異端審問にかけられてしまう。

 特に目の前にいるのは貴族だ。

 迂闊な発言をするわけにはいかないとアインは自制する。


 上手な誤魔化し方が思い浮かばず、アインは口ごもってしまう。

 だが、それ故にエミリアが次に発した言葉は予想外のものだった。


「わたくしは、教皇庁を取り壊すべきだと思っているわ」

「教皇庁を?」

「ええ。秩序と信仰を重んじる一方で、異教徒への過剰とも言える弾圧。時には罪もない人が、命を奪われることだってあるもの」


 その思いは、アインが抱いているものと同じだった。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得てしまったばかりに、アインは両親を失ってしまった。

 自分が何をしたというのか。何が悪かったのか。

 復讐したいと思う一方で、魂に刻み付けられた恐怖がそれを思い留まらせていた。


「アイン。わたくしは貴女に、何か不思議なものを感じているの。だから、少しだけ語らせて頂戴?」


 そう言われ、アインは真剣な表情で頷く。

 エミリアは「ありがとう」と言うと、語り始める。


 それは、悲しき少女の物語――。

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