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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
二章 持つ者、持たざる者

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24話 手合わせ

 宿の中庭は手合わせをするには丁度良い広さだった。

 地面も石畳が敷かれており、これならば存分に槍を振るうことが出来るだろう。


 アインは背負った槍を手に取り、ウィルハルトと向き合うように立つ。

 既に戦闘態勢に入ったアインに対して、彼はまだ剣も抜いておらず自然体のまま。

 その穏やかな表情には余裕の色さえ見て取れた。


 たとえ相手が老人であろうと、刃を交えるのであれば手加減はしない。

 それにウィルハルトの佇まいは只者ではない。

 下手に飛び込めば返り討ちに遭うかもしれないと、アインは警戒する。


 二人からやや離れた位置。

 中庭の端にある椅子に、エミリアが上機嫌な様子で座っていた。


「怪我をしても治癒魔法で治してあげるから、好きに戦って頂戴。けれど、殺し合いは無しよ?」


 その言葉にアインは頷く。

 さすがに模擬戦で命を奪いに行くほどの攻撃をしようとまでは思っていなかった。


「貴女がどれだけの実力者か、この目で見定めてあげる」


 エミリアはそう言うと、妖しく瞳を光らせる。

 微かにだがエミリアから魔力の気配を感じ、アインは首を傾げた。


「それではアイン殿。手合わせを始めると致しましょう」


 そう言われ、アインはウィルハルトの方に意識を集中させる。

 未だにウィルハルトは腰に下げた剣を抜いていない。

 体術にも秀でているのだろうかと警戒しつつ、どこから切り込んでいくか考える。


 しかし、やはり隙が無い。

 村で自警団の訓練に混ざっていた時は、じっと観察すれば必ず隙を見つけることが出来ていた。

 魔力量で劣っていたアインでも、技量で十分に補うことが出来ていたのだ。


 今のアインは、魔力も常人以上に高まっている。

 それに、村で培ってきた経験もある。

 対人における経験は積んできていると自負していたアインだったが、それを改めざるを得ないと感じていた。


「ふむ、随分と慎重なようですな?」


 穏やかなウィルハルトが、挑発的な笑みを浮かべて見せる。

 手をひらひらと振って隙があるように見せていたが、そこにさえ何かが隠されているような気がした。


 だが、このまま読み合いをしていても埒が明かない。

 ウィルハルトは自分よりも遥かに戦闘経験が豊富なはずだ。

 下手に時間をかけてしまうと癖を見抜かれてしまう。


 であれば、突貫あるのみ。

 アインは槍を突き出すように構え、全身に魔力を巡らせる。

 体中から赤い魔力光が溢れ出し、身体能力を強化していく。


 魔槍『狼角』はアインの気迫に応えるように、穂先に赤い刃を出現させた。


「行きますッ!」


 地を大きく踏み込んで――跳躍。

 落下する勢いをそのままに、アインは槍を突き出した。


 ウィルハルトは感心したように息を漏らす。

 武具も業物だったが、アイン自身の身のこなしも洗練されたものだった。

 身体能力も体内で魔力を循環させるだけの基礎的な強化しか使っていない。

 それ故に、アインの魔力操作の精密さが見て取れた。


 アインの槍が届く瞬間、ウィルハルトはわずかに身を逸らして躱す。

 そして、隙だらけのアインの腹部に掌底を打ち込んだ。


 拳に魔力を込めただけの簡素な技。

 しかし、扱う者が手練れであれば、最小限の魔力で急所に致命打を与えることだ出来る。

 ウィルハルトはアインの腹部を捉えると、上に押し込むように力を込める。


 アインは咄嗟に槍を地面に突き立て、ウィルハルトの掌底の力を流すように体を捻る。

 勢いそのままに蹴りを放ち、アインは距離を取った。


「見事ですな」


 称賛されるも、アインは素直には喜べなかった。

 少なくとも今の打ち合いで、ウィルハルトの間合いに入ったら確実に負けてしまうことが分かったからだ。

 もし先ほどの掌底をまともに食らっていたら、肺の中の空気を押し出されて動けなくなってしまっていただろう。


 下手に動けば同じことを繰り返してしまう。

 だが、受け身になったところで勝てる見込みはない。


 アインは再び槍を構える。

 地を這うように、今にも飛び掛からんとする獣を真似る。

 そこには槍術としての型はない。

 しかし、自然と体に馴染んでいた。


 魔力を一気に高め――飛び出す。

 先ほどとは違い、今度は地面を駆け抜けていく。

 技量で競っても勝てないならば、純粋な暴力で圧倒すればいい。


 アインは魔槍『狼角』にさらに魔力を込め、渾身の一撃を放つ。


「――紅牙ッ!」


 それは、アインがラドニスから槍を受け取った時に考え付いた技の一つ。

 槍に魔力を通すことが出来るならば、その量を増やせば増やすほど威力が上がるのではないか。


 理論は至極単純。

 しかし、それ故に槍の質とアインの魔力量が活かされる。


 瞬時に間合いを詰めてきたアインに、ウィルハルトは思わず腰の細剣に手を伸ばす。

 そして、強烈な一撃を抜刀の勢いで弾いた。


「――ッ!?」


 アインは渾身の一撃が弾かれたことに驚愕する。

 しかも、ウィルハルトは細身の剣で弾いたのだ。

 下手に弾こうとしても押し負けてしまうはずだったが、ウィルハルトは的確な位置に剣を当てることで軌道を逸らして見せた。


 アインが勝つには、あまりにも技量の差がありすぎた。

 どれだけ強力な一撃であろうと、最小限の力で弾かれてしまうならば魔力を無駄に消費するだけだ。


 ウィルハルトは返す刃で隙だらけのアインを狙う。

 咄嗟に槍を引き戻して柄の部分で受け止めるが、体勢を崩して地面に背を着いてしまった。

 首筋に剣を当てられ、アインは負けを認めざるを得なかった。


「ま、参りました……」


 その言葉を聞いて、ウィルハルトは剣を鞘に戻す。

 倒れているアインに手を差し出し、立ち上がらせた。


 模擬戦が終わると、エミリアが満足そうに歩み寄ってきた。


「なかなか面白かったわ。ウィル、戦ってみてどうだったかしら?」

「見事な槍捌きでしたな。魔力操作も精密で、勘も鋭い。これならば、護衛として役立ってくれることでしょう」


 アインは自分が思っていたよりも良い評価をされ、きょとんとする。

 攻撃は一度もウィルハルトに届かず、ほとんど一方的な試合であっただけに不思議だった。

 そんなアインの様子に、エミリアが笑いながら答える。


「貴女、この剣がどれだけの代物か分かるかしら?」


 そう言って、エミリアはウィルハルトの腰に下げられた剣を指す。

 豪華な装飾が施されており、細身の剣でありながらアインの槍を弾ける強度を誇っている。

 アインには相当な業物なのだろうと思えた。


 だが、エミリアは首を振る。


「この剣は、貴女が思っている何倍も凄い代物よ? わたくしの家に代々伝わる大魔法具アーティファクトなのだから」


 大魔法具アーティファクトとは、強力な魔力を秘めた武具の事を指す。

 魔道具よりも遥かに強力な武具であり、稀に迷宮の深層であったり古い遺跡などから発見されることがある。

 また、使い込まれた魔道具が成長することで大魔法具アーティファクトになることもあるのだが、これは非常に希少な例だった。


 アインが興味津々といった様子で見つめていると、ウィルハルトが説明をする。


「これは『反鏡』という銘を持つ魔剣です。詳しくは教えられませぬが……衝撃を鏡のように返すことが出来る魔剣とだけ、お教え致しましょう」


 そう言われて、アインは先ほどの戦いを思い出す。

 渾身の一撃が細身の剣に弾かれたのは想定外だったが、そういった性質を帯びているならば納得だった。

 しかし、それを引いてもウィルハルト自身の技量が凄まじかったため、いずれにせよ負けていただろうとも思っていた。


 エミリアは愉快そうに笑みを浮かべ、ウィルハルトの肩を突く。


「これは誇るべきことよ。負けたとはいえ、ウィルに魔剣を抜かせたのだから。ねえ、ウィル?」

「……そうですな」


 ウィルハルトは気まずそうに頬を掻く。

 彼にとっても、魔剣を抜くことは想定外だったらしい。

 エミリアはアインに向き直ると、正式な依頼書を手渡す。


「ということだから、アイン。エリュアスまでの護衛、頼んだわよ?」


 実力を認められ、アインは嬉しそうに頷いた。

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