23話 護衛依頼
翌朝、アインは一人で冒険者ギルドに来ていた。
昨日酒場で金を使いすぎてしまったせいで、今の所持金は少ない。
二日酔いで体はだるかったが、依頼をこなさなければ食事さえ出来ない。
「あ、アインさん! 今日も討伐依頼ですか?」
「うーん、今日は別のにしようかな」
いつも通り討伐依頼を進められたが、アインは首を振る。
できれば今日は楽なものが良いと考えていた。
受付嬢は意外そうに何度か瞬きをした後、アインの顔を見て納得する。
「アインさん、もしかして昨日遅くまで飲んでいませんでした?」
「わかるの?」
「それはもちろん。伊達に受付嬢をやっていませんからね。酒場で遅くまで飲んでいた冒険者は、みんな同じ顔をしていますよ」
そう言われ、アインは恥ずかしそうに頬をかく。
昨夜のことをほとんど覚えていないことを考えると、自分が思っていたよりも酔っていたかもしれない。
今後は飲みすぎないようにしなければと、アインは心に誓った。
「それで、どのような依頼がいいですか?」
「護衛の依頼で、稼げそうなのをお願い」
「護衛ですか? 報酬が良いものだと、それだけ盗賊と遭遇する可能性も高くなってしまいますけれど……」
受付嬢が心配そうに言うが、アインは首を振る。
「大丈夫。それに、ちょっと気になることがあって」
「気になること、ですか?」
アインが気になっていたのは、もちろん盗賊の頭領の事だった。
自分と同じく黒鎖魔紋を持つ男が、何を思って盗賊になったのかが気になっていた。
護衛依頼の中でも、報酬の高いものは貴族や大商人の馬車であることが多い。
価値のある品を運んでいたり、要人の移動であったりするため、それだけ盗賊に狙われる危険が高まってくるのだ。
依頼者は安全を確保するため、腕の立つ冒険者を雇おうとする。
そういった馬車を狙うとすれば、盗賊たちも腕の立つものを用意してくることだろう。
もしかすれば、盗賊の頭領と遭遇することが出来るかもしれないと、アインは考えていた。
「アインさんの階級で受けられる中だと、この辺りですね」
受付嬢は幾つかの依頼書の中から、一番報酬の良いものをアインに差し出した。
依頼名:要人の護衛
期限:港町エリュアスまで
報酬:金貨五枚
備考:シュミットからエリュアスまでの護衛を求む。実力の事前調査あり。
アインは依頼書を見て、報酬の高さに目を見開く。
エリュアスとは、シュミットの街から馬車で六時間ほど南へ移動した場所にある港町だ。
たったそれだけで金貨五枚ももらえるのであれば、多くの冒険者が集うはずだろう。
アインが酒場で飲んだ火竜の酒は地域にもよるが、一本で銀貨五十枚ほどが相場だ。
金貨五枚であれば、それが百本は買えることだろう。
「随分と報酬がいいけれど……」
他の依頼書に視線を向けてみても、精々が銀貨百枚といったところだ。
腕の立つ護衛を野党にしても、明らかに過剰な報酬だった。
「実はですね、今シュミットの街にはスカーレット家の御令嬢がいらしているんですよ。護衛にも腕利きの方が多いようなんですが、盗賊の頭領が黒鎖魔紋を持っていると知って万全を期すために、とのことです」
「そうだったんだ」
アインはスカーレット家と聞いてもピンと来なかった。
幼い頃から村で育って、こうなるまでは村の外にもほとんど出たことがなかったのだから仕方のないことだろう。
「でも、実力の事前調査って言うと、どうやってやるんだろう?」
「それに関しては、護衛の方と模擬戦を行うと聞いていますよ」
「模擬戦、か……」
貴族の護衛とあれば、相応に腕の立つ護衛がいるのだろう。
そんな相手と手合わせを出来るならば、自分にとっても良い経験になるかもしれない。
アインはそう考え、依頼を引き受けることに決める。
「それじゃあ、この依頼を受けようかな」
「わかりました! ギルドの方から依頼者の方に連絡するので、少し待っててください」
そう言うと、受付嬢は奥にいる係員に伝言を頼んだ。
アインは適当な席に腰掛けると、依頼者が来るのを待つ。
しばらくして、アインの下に一人の男性が現れた。
「護衛の依頼に立候補されたアイン殿とは、貴女の事ですかな?」
声に振り向けば、そこには執事姿の男が一人。
随分と老齢のようだったが、その立ち振る舞いに隙は無い。
腰に下げられた細身の剣には豪華な装飾が施されており、業物であることが分かった。
「はい、そうです」
「貴女のような少女が……ふむ」
男はアインを観察する。
首に下げられた冒険者カードはブロンズ。本来であれば、その時点で断るはずだった。
しかし、背負った槍と身に纏ったローブは、上等な素材を基に仕立てられた魔道具であることが分かる。
試す価値は十分にあるだろうと考え、男は頷く。
「失礼、自己紹介がまだでしたな。私はウィルハルト・ハーケンシュタイン。スカーレット家の執事兼護衛を務めております」
優雅な所作でお辞儀するウィルハルトを見て、アインは息を漏らす。
これまでのアインにとって、貴族の世界というものは全く縁のないものだった。
「それではアイン殿。詳しい説明をするため、先ずは場所を移しましょう」
ウィルハルトに連れられ、アインは街の中心部にある大きな宿に着く。
いつも泊まっているエレノラの宿とは違い、とても大きくて豪華な宿だった。
一泊するだけでどれだけするのだろうか。
アインは周囲をきょろきょろと眺めつつ、ウィルハルトについていく。
そして、ウィルハルトは目的の部屋の前に着くと、ドアをノックする。
「失礼致します、お嬢様。護衛を引き受けたいという冒険者を連れて参りました」
すると、中から「入りなさい」と返事が聞こえてきた。
部屋に入ると、そこにはアインと同い年くらいの少女がいた。
煌びやかな金髪と陶磁のような白い肌。
瞳は黒水晶のように美しく、鮮やかな赤いドレスも彼女の美しさを引き立てていた。
人形のように作り物めいた美しさに、アインは思わず見惚れてしまう。
「あら、随分と可愛らしい冒険者を連れて来たのね?」
「この者はアインと申します。実力は相応にあるかと思い、お連れ致しました」
「へえ、この子が……」
舐め回すような視線を向けられてアインはたじろぐ。
嗜虐的な瞳がアインを見つめていた。
「お嬢様、どうか程々に。それに名乗りさえまだなのですから」
「あら、そうでしたわ。わたくしとしたことが、面白そうだったからつい」
ウィルハルトに窘められ、少女はこほんと咳払いをする。
「わたくしはスカーレット家第三十八代当主、エミリア・フラウ・スカーレットですわ」
エミリア・フラウ・スカーレット。
十七歳にして伯爵の地位を持つ少女。
この国の歴史を遡ってもほとんどない異例だったが、少女にはそれを認めさせるだけの才覚があった。
「貴女、アインと言ったわね? さっそくで悪いのだけれど、そこのウィルと手合わせをして頂戴」
「今から、ですか?」
「勿論」
そう言って、エミリアは無邪気に笑みを見せる。
護衛として実力を試すという目的もあったが、純粋に見世物として楽しみたいという様子だった。
ウィルハルトに視線を向けると、彼も仕方ないといった様子で肩を竦める。
「それではアイン殿。貴女の実力を試させていただきましょう」
そうして三人は、宿の中庭に移動する。




