21話 悪しき力
馬車の周辺では、アイン達によって無力化された盗賊たちが呻いていた。
腕や足を潰されては逃げることも出来ず、彼らは大人しく縄にかけられるしかなかった。
だが、アイン達が駆け付けた頃には手遅れだったらしく、馬車に乗っていた商人は既に息を引き取っていた。
積み荷の商品を庇うように死んでいる様子を見れば、根っからの商人気質なのだろうと思えた。
動ける程度には回復したマシブが、縛られている盗賊たちに尋ねる。
「お前らが最近好き勝手やってる盗賊だよな?」
問いかけるも、答える者はいない。
マシブは背負った斧を手に取ると、それを彼らの目の前に振り下ろした。
「話せば詰め所に差し出すだけで許してやる。話さねえなら、殺す」
巨大な斧を目にして、さすがに黙っていられる者はいなかった。
マシブの問いかけに盗賊たちが怯えながら頷く。
「盗賊にしては随分と派手にやってるじゃねえか。最悪、騎士団に目を付けられるかもしれねえってのによ。それに人数も、ここにいるだけじゃねえな?」
「……ああ、そうだ。アジトには大勢の仲間がいる」
その言葉を聞いて、ゾフィーが興味を示す。
もともと盗賊退治の依頼を受けていたため、ここで情報を得られるなら後々役に立つだろう。
「へえ、結構な数がいるんだ。どれくらい?」
「百人だ。そこらの盗賊とは規模が違う」
百人と聞いて、三人は驚いたように顔を合わせる。
盗賊は、規模が大きくても精々十人から二十人ほどが普通だった。
それ以上の数となると、ならず者の彼らでは統率しきれないからだ。
それに、それだけの数がいれば討伐の依頼を出されても逆に返り討ちにすることもできるだろう。
騎士団に目を付けられてしまうほど好き勝手出来ていた理由が分かり、三人は驚く。
「頭領はどんなやつだ?」
「頭領は……凄く恐ろしい方だ。周辺にあった盗賊団を次々に従えて、今でも規模を拡大している。俺たちも、強引に従えられた」
"強引に"という言葉を使っているものの、彼らはそれを嫌がっているようには見えなかった。
むしろ、頭領に心酔し、畏敬の念を持っているようにさえ見えた。
それがあまりに不自然だったため、マシブは再度尋ねる。
「お前らの頭領は、なんでそれだけの数を従えられたんだ? そんなに腕が立つのか?」
「強いとかいう次元の話じゃない。頭領は、絶対的な存在だ」
まるで何かの宗教のようだった。
盗賊たちは頭領を畏れ、そして敬っている。
三人はその理由が分からなかった。
「その頭領っていうのは、どうやって戦う? 剣か? 弓か?」
「頭領はナイフに特殊な力を付与して戦う。以前、鎖のような魔紋が浮かび上がっているのを見た」
鎖のような魔紋。
アインはその言葉を聞いて、はっとなる。
以前、災禍の日でヴァルターが見せた戦い方も、同様の物だった。
「その頭領って、まさか……」
アインの反応を見て、盗賊たちは頷く。
「頭領は邪神に選ばれし者。黒鎖魔紋を持っておられる偉大な方だ」
その言葉を聞いて、アインは吐き気が込み上げてきた。
自分と同じく黒鎖魔紋を持つ者。
それが、その力を好き放題使って暴れているという。
その力で、きっと多くの人間を殺してきたのだろう。
私利私欲のために、人を殺す。
そんな奴と同じ力が、自分の体の中に流れているのだ。
黒鎖魔紋を持つ者は、ヴァルターのような男だけではない。
マシブとゾフィーも、頭領が黒鎖魔紋を持っていると聞いて驚きの色を見せる。
それはこの世界において禁忌とされる力だ。
見つかってしまえば、教皇庁の人間に報告することが義務付けられている。
それほどまでに危険な力だ。
それを何故、盗賊の頭領が持っているのか。
あるいは、だからこそ盗賊の頭領になったのかもしれないとアインは考える。
少なくとも第一段階は自在に扱える相手なのだから、場合によっては自分も黒鎖魔紋の力を使う必要があるかもしれない。
ヴァルター曰く、黒鎖魔紋の力には三段階あるという。
一段階目は解放と呼ばれる。
己の理性を鎖で縛り、内に秘めた本性を解放させる。
そして、武器に黒い鎖状の魔紋が浮かび上がる。
二段階目は創造と呼ばれる。
理性は完全に封じられ、内に秘めた本性が解放され、膨れ上がり、そして狂う。
邪神の力によって生み出された武器――アインならば血餓の狂槍――を手に戦う。
そして、三段階目は同調と呼ばれる。
これに関してだけ、ヴァルターは何故か語ろうとしなかった。
いずれにせよ、盗賊の頭領を相手にするならば相応の覚悟が必要になるだろう。
アインは自分の右手を見つめる。
皮手袋の内側には、黒鎖魔紋が隠れている。
自分もまた、頭領と同様に悪人なのだろうか。
災禍の日は一人で生きていく分には問題ないかもしれない。
だがもし、偶然自分の近くに人が居合わせてしまったら。その時、自分はどうすればいいのだろうか。
未だ黒鎖魔紋に疼きは感じられない。
それだけ災禍の日は遠いということだろう。
そして、そのことを残念に思ってしまう自分は、やはり真っ当な人間ではないのだろうとアインは考えていた。
ゾフィーは盗賊から必要な情報を全て聞き終えると、マシブに視線を送った。
縄で縛っているとはいえ、これだけの人数をシュミットの街まで運ぶには危険が伴うだろう。
馬車には詰め切れない人数だが、かといって歩いてシュミットの街まで帰るには厳しい。
もし盗賊の仲間が現れでもすれば、自分たちが命を落とす可能性もあるのだ。
とはいえ、ここに放置するというわけにもいかない。
「お前らも散々好き放題やって来たんだ。悪く思うなよ?」
そう言って、マシブは斧を構える。
これから起こることを察した盗賊たちが泣きわめきながら命乞いをするが、そんなことは関係ない。
彼らもまた、多くの命を奪ってきたのだから。
横薙ぎに振るわれた巨大な斧が、盗賊たちの命をまとめて刈り取った。
マシブは不愉快そうに顔をしかめ、斧を背負う。
「さっさと帰ろうぜ。こんな遅いってのに、まだ夕飯も食ってねえんだからよ」
「賛成。ほら、アインも馬車に戻るよ?」
「う、うん……」
街に帰れば、きっとブレイドヴァイパーの討伐報酬と盗賊の討伐報酬を合わせてかなりの額がもらえることだろう。
アインは馬車に乗り込むが、やはり気分は晴れなかった。




