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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
一章 新米冒険者

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20話 覚悟

 ブレイドヴァイパーの素材は持ち帰るだけでも一苦労だった。

 マシブは麻痺毒に冒されてしまったため、アインとゾフィーの二人で牙や鱗を馬車に積み込んでいく。

 並の魔物とは比べ物にならないほどの巨躯だったため、それだけで日が暮れてしまっていた。


「使える分の素材はこれくらいね」


 ゾフィーは素材を積み終えると、ふうと息を吐いた。

 巨大な鱗は戦闘の際に駄目になってしまったものも多いが、残った分は防具を仕立てるのに使えるだろう。


 そして、二本の巨大な毒牙。

 そのままでも剣として使えそうなほど鋭かったが、それぞれがバスタードソードのような大きさだった。

 加工したとして、上手く扱えるようになるには相当な修行が必要だろう。


 ゾフィーはアインに視線を向ける。

 戦闘を終えたアインは、やはり普通の少女にしか見えない。

 麻痺毒が抜けず寝転がっているマシブと会話しているところを見ると、とても先ほどまで戦っていた少女とは思えなかった。


 詠唱の最中、ゾフィーは前方で戦うアインの背中を見ていた。

 勇敢に槍を振るう姿はまさしく冒険者といった様子だった。

 ブレイドヴァイパーの突進さえも受け流す槍捌きは大したもので、あれほど流麗に戦う者は熟練の冒険者でもなかなかいないだろう。

 だが、時間が経つにつれて、アインの槍捌きは徐々に苛烈になっていった。


 あれは、戦闘を楽しんでいた。

 槍術を扱う獣だ。アインの戦う姿を見て、ゾフィーはそう感じた。


 一瞬だけ、アインの表情が見えた。

 笑っていたのだ。自身も体に傷を受けて出血しているというのに、アインは楽しそうに笑っていたのだ。

 槍を突き立てる瞬間に見せた残虐な笑みは、今でも忘れられなかった。


 戦闘などという生ぬるいものではない。

 アインは殺し合うことを楽しんでいたのだ。

 互いの流す血の臭いに酔いながら、命の奪い合いをしていたのだ。


「ゾフィー、そろそろ馬車を出すよ?」

「え? ああ、そうだね。早くギルドに報告に行かなきゃね!」


 ゾフィーは無理やり笑顔を作ると、馬車に乗り込んだ。

 急がなければ盗賊に狙われてしまう危険がある。

 暗闇から奇襲されてしまえば、詠唱の隙があるゾフィーは成す術がない。


 馬を急がせつつ三人はシュミットの街を目指す。

 マシブもしばらく休んで回復したらしく、体を起こして外の様子を窺う。


「こりゃあ随分と暗いな。一応警戒した方がいいか?」


 マシブは横においてある斧に手を伸ばそうとするが、まだ体の感覚が戻り切っていなかった。

 ブレイドヴァイパーの麻痺毒はなかなか抜けない。


「マシブは休んでて。私とゾフィーでどうにかするから」

「……だよな。怪我人は大人しく休ませてもらうぜ」


 マシブは再び横になると、しばらくして寝息を立て始めた。


 相変わらず外は暗かった。

 空を見上げれば、雲が流れて月にかかりそうだった。

 雲によって明かりが遮られた時――遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「助けよう!」

「了解!」


 二人は頷くと、馬車を悲鳴の有った方向に急がせる。

 相手は魔物か盗賊か。いずれにせよ、襲われている人を助けなくてはならない。


 やがて見えてきたのは、盗賊に襲われている商人の馬車だった。

 アインは背負った槍を手に取ると、馬車から飛び降りて駆けだす。


「ゾフィー、援護をお願い!」

「任せて!」


 ゾフィーは杖を翳し上げ、即座に魔術を詠唱する。

 人間が相手ならば、ブレイドヴァイパーの時ほど威力がなくても十分だ。


「切り裂け――暴風刃ヴィント・ホーゼ


 打ち出された風の刃が、馬車に群がる盗賊たちに襲い掛かる。

 腕や足を切り飛ばされて盗賊たちが悲鳴を上げるが、そこにアインが追撃する。


「はあああああッ!」


 素早く駆け抜け、槍を一閃。

 盗賊たちの腕や足を貫き、戦闘を継続できないようにしていく。

 瞬く間に全ての盗賊を制圧すると、アインはゾフィーに向かって手を上げる。


 これで一安心だと、ゾフィーがアインの方に歩み寄ろうとした時、すぐ背後から迫る足音があった。

 ゾフィーは慌てて振り返る。すぐ目の前に盗賊の一人が迫っていた。


 おそらくは見張り役として馬車から離れた位置にいたのだろう。

 ゾフィーは魔法障壁を展開しようとするも、距離が近すぎて間に合わない。

 自身の迂闊さを呪いつつ、死を覚悟した時――。


 漆黒の槍が、盗賊の胸を貫いていた。


「……アイン?」


 視界に映る槍は、確かにアインの魔槍『狼角』だ。

 しかし、おかしい。アインは商人の馬車に駆けていって、かなりの距離が離れていたはずだ。

 その距離を瞬時に詰めることなど人間業ではない。


 それに、アインは人を殺すことを躊躇っていた。

 だというのに、槍は心臓を確実に捉えている。

 自分を助けるために、アインは辛い事をしてくれたのか。


 ゾフィーは感謝を伝えようと、アインの方を振り返る。

 そして、その表情を見て愕然とする。


「私……人を、殺しちゃった……殺しちゃったんだ……」


 アインは泣いていた。

 泣きながら笑っていた。

 命を奪うことの悦びと悲しみが、アインの中で同時に渦巻いていた。


 本来であれば、アインはゾフィーを助けられなかった。

 距離が離れすぎていたのだ。助けるには、手段は一つしかない。

 その覚悟に反応したのか、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが一瞬だけアインに力を与えた。


 力の解放の第一段階。それは、手に持った武器に強大な力を宿す。

 対価として、力を解放している間は理性が外れ、内に秘められた残虐さが表に現れてしまう。

 ゾフィーと助けるために、アインは狂うことを決意したのだ。


 その結果がこれだった。

 アインは初めて、人を殺めてしまった。


 魔物が相手ならば、まだ納得できた。

 冒険者として生きていくためには、命を奪わなければならないのだから。

 しかし、人を殺めるとなると、たとえ相手が盗賊であってもアインは躊躇ってしまっていた。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって、ゾフィーを助けられるだけの力を得られた。躊躇せずに盗賊を殺せるだけの残虐な勇気も得られた。

 心臓を貫く感触も、槍を伝ってきた血の生暖かさも、全てが心地よかった。

 そして、それがたまらなく悲しかった。


 アインのおかげで命を救われたゾフィーも、麻痺毒が抜けず馬車の中で動けずにいたマシブも。

 涙を流し続けるアインに、どう声をかけていいのかわからなかった。

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