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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
一章 新米冒険者
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19話 変異種討伐(2)

 ブレイドヴァイパーが姿を現す。

 その体躯は非常に大きく、部屋の壁の全てを覆ってしまうほど。

 その身は鎧のような鱗に覆われ、見るものに堅牢な要塞を想起させる。

 生半可な攻撃では鱗に弾かれてしまうことだろう。


 そして、大きく伸びた二本の牙。

 毒液の滴るそれを見れば、いかに危険なものなのかが伝わってきた。

 掠りでもすれば、全身を強力な麻痺毒によって冒されることだろう。


 三人はピリピリとした殺気を感じていた。

 目の前にいる魔物は、そこらの魔物とは別格の存在。

 その巨体と毒の牙だけでも脅威だが、ブレイドヴァイパーはその程度の魔物ではない。


 まるで品定めをするかのように、縦に割れた瞳がぎょろぎょろと左右に動く。

 口元から覗く下から、唾液が垂れ落ちていた。

 知性を感じさせる瞳。視線が合ってしまえば、並の人間はそれだけで動けなくなってしまうほどの圧倒的な存在感。

 ブレイドヴァイパーはアイン達を、狩りの対象として見ていた。


「おいおい、マジかよ……」


 マシブが気圧されたように一歩下がる。

 事前にギルドから聞いていた情報よりも、ブレイドヴァイパーは遥かに大きく成長していたのだ。

 であれば、シルバーの冒険者が束になっても勝てなかったというのは仕方のないことだろう。


 ゴールドの冒険者が一人。シルバーの冒険者が一人。そして、ブロンズの冒険者が一人。

 本来であれば、撤退を視野に入れるべき相手だった。

 しかし、部屋の壁を覆うように壁際を移動されてしまい、退路も断たれてしまっている。


「まずいよ、こいつ。あたしの魔法障壁でも耐えきれないなんて、なんて馬鹿力なのよ」

「これを俺が受け止めろって? 冗談じゃねえ。躱すだけでも厳しいってのによ」


 巨体から繰り出される暴力的な一撃。二人にはそれを受け止める術はない。

 毒牙による攻撃と、尻尾の薙ぎ払い。両方を警戒しなければならないのだが、それは至難の業だった。


 だが、この窮地に陥ってなお、アインは笑っていた。


「マシブは尻尾を警戒して! 私はブレイドヴァイパーの正面を持つから、ゾフィーは詠唱を!」


 素早く指示を飛ばすと、アインは槍を構えてブレイドヴァイパーに真正面から向かっていく。

 走りながら魔槍『狼角』を構え、全身の魔力を循環させ始める。


 槍に刻まれた魔紋が赤い光を放ち始め、穂先を覆うように魔力の刃が現れる。

 服やローブに刻まれた魔紋もアインの魔力に反応して赤い光を発していた。


 体中に力が湧き上がってきていた。

 これならば、戦える。

 そう確信して、アインは勢いそのままに槍を突き出す。


「はあああああッ!」


 迎え撃つようにブレイドヴァイパーが大きく口を開く。

 アインの放った一撃を牙で受け流し、お返しとばかりに巨躯を奮わせて突進する。


 だが、アインも技量では負けていない。

 もとより、アインが村で教わっていたのは守りに重きを置いた槍術だ。

 力を得た今ならば、それを十分に活かすことが出来る。


 アインは槍を引き戻すと、身を捻るようにして息を勢いを付けて槍を振るう。

 圧倒的な質量を誇るブレイドヴァイパーの突進を受け流し、隙だらけの腹部に槍を突き立てた。


 だが、その傷も些細なものである。

 ブレイドヴァイパーの巨体に対して、アインの槍では致命打を与えることは難しい。

 だが、自分が脅威であると見せつけることが出来れば、ブレイドヴァイパーの意識を自分に引き付けることが出来る。


 当然、それは命がけの選択だった。

 一度でも下手を打てば、次の瞬間に待っているのは死である。

 マシブのような重装備ならまだしも、アインではブレイドヴァイパーの攻撃を受けたらひとたまりもない。

 それに、わずかでも毒牙をくらってしまったならば、戦闘の継続は厳しくなってしまう。


 だが、アインはこの状況を楽しんでいた。

 生きるか死ぬか、ギリギリの状況。それ故に、生を実感できて面白い。

 この程度であれば、災禍の日には到底及ばない。


 アインが全力でブレイドヴァイパーを引き付けている内に、マシブは巨大な斧を振り下ろして大きな傷を与えていく。

 全体からすれば微々たるものの、繰り返せば致命的な量の出血を招く。

 必死になって戦うが、同時にマシブは自分を情けなく感じていた。


「うおおおおおッ!」


 全力で振り下ろした一撃は、ブレイドヴァイパーの鱗を砕き、さらに肉を断つ。

 巨大な斧の質量を強引に叩きつけたのだから、これを耐えられる魔物など数えるほどしかいないだろう。

 しかし、それは相手が動かないことを前提とした場合である。


 マシブは後方に視線を向ける。

 部屋の中心では、ゾフィーが大魔術を放つために詠唱をしていた。

 そしてその奥では、アインが魔槍『狼角』を手に奮戦している。


 先輩冒険者のつもりでアインを討伐依頼に誘ったというのに、実際には一番危険な場所をアインに任せてしまっている。

 マシブはそんな自分が情けなくて仕方がなかった。

 自分にできるのは、無警戒な後方で斧を振るうだけ。

 そんな状況に耐えろと言われて耐えられるほど、マシブは強い精神を持っていない。


 今は力が無いため仕方がない。

 しかし、今後はどうか。

 自分は今後も、アインの足手まといになってしまうのか。

 それだけは、マシブのプライドが許さなかった。


 マシブは後方に視線を向けていたおかげで、気づく。

 冒険者として積んできた経験が、そのわずかな動作を見逃さなかった。

 一瞬だけ、ブレイドヴァイパーの視線がゾフィーに向けられていたことに。


「チィッ!」


 マシブは斧を捨てて駆けだす。

 アインは経験が浅いためか、ブレイドヴァイパーの狙いに気付けていないようだった。


 ブレイドヴァイパーが高々と頭を持ち上げる。

 アインは牙が振り下ろされると警戒し、槍を構えた。

 しかし、ブレイドヴァイパーはアインの意表を突くようにその脇をすり抜けていく。


「ッ!?」


 すぐに狙いに気付く。

 ブレイドヴァイパーの狙いは自分ではなく、背後にいるゾフィーであることに。

 詠唱によって周囲の魔力濃度が高まっていた。

 詠唱が完成する寸前を狙った不意打ちだった。


 直後、轟音が響く。

 身を挺して、マシブがブレイドヴァイパーの突進を阻んでいた。

 毒牙が鎧ごと脇腹を貫いていたが、マシブは腕を回してブレイドヴァイパーの頭をがっしりと掴む。


「へへっ……。やろうと思えば、出来るじゃねえか」


 マシブは酷い怪我を負っているというのに、あえて笑って見せた。

 理由はわからなかったが、笑みを浮かべたい気分だった。


 そして、ゾフィーの詠唱が完成する。


「その咎を悔いよ――断罪の風ヴィント・ギロティーネ


 巨大な風の刃が、ブレイドヴァイパーの首を切り落とす。

 頭を失った胴体はのたうつ様に暴れていたが、しばらくして動きを止める。

 残された頭は、血に塗れながらも殺気を放ち続けていた。


「これで終わり」


 アインが槍を突き立てると、ようやくブレイドヴァイパーは生命活動を停止した。

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